赤十字の人道支援がアサドを救う

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2018年04月11日 18:22  ニューズウィーク日本版

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ニューズウィーク日本版

<人道危機が深刻化するシリア・東グータで活動する支援団体が、政権と取引せざるを得ないジレンマ>


夜中、1台の四輪駆動車がコンクリート壁に囲まれたシリア国境の検問所を抜け、レバノンに入った。後部座席にいるのは赤十字国際委員会(ICRC)のペーター・マウラー総裁だ。


シリアの首都ダマスカス近郊の東グータは焦土と化しているが、彼はその地域をほんの数時間前に訪問してきたばかり。いま人道危機が最も深刻化しているこの場所を行き来できる外国人はごくわずかだ。


スイス外務長官の経験があるだけに、マウラーは慎重に言葉を選ぶ。彼は10日間にわたるイラン・イラク・シリア歴訪を終えたところだ。視察についてのインタビューを首都ベイルートへの道中で行った。


「今回は、総裁就任後の6年間で五本の指に入るほどつらい訪問だった」と彼は言う。ナイジェリアからアフガニスタンまで、数多くの修羅場を見てきた人物が言うのだから、相当に悲惨だったのだろう。


シリア政府軍のやり方は2年前に北部アレッポを攻撃したときと同じだ。住民を包囲し、空爆と砲撃で消耗させる。塩素ガスやナパーム弾を使用した疑いもある。住民1万人以上が避難を余儀なくされるなど、政府軍はダマスカス周辺の反政府勢力の一掃に近づいている。


東グータの住民は砲撃を避けるために地下で過ごしているという。人々の健康状態は悪く、増える一方の死体の処理にも苦労している。「会う人、会う人、水はあるかと聞いてくる」。食料どころか、水さえないのだ。


マウラーは日々、難題に直面している。最近も東グータへの医療支援に苦戦した。シリア政府は小麦粉などの食料の定期的な配給は許可しているが、救急箱やインスリンなどの基礎的な医薬品の搬入は妨害する。


マウラーは反政府勢力からの批判とも戦っている。赤十字は組織の原則を捨ててシリア政府と取引し、バシャル・アサド大統領の権力維持に手を貸しているという批判だ。3月18日にアサド自らが運転する車が、短時間だがICRCの車両の後ろについて東グータに入る映像が広まり、批判に拍車が掛かった。


ICRCがアサドを護衛している証拠だと、反政府勢力側は非難した。これに対しICRCは、これは多数の車両がひしめくダマスカスの公道でたまたま近くを走っているところを撮影されたものだと反論。そもそもICRCはその日に東グータで支援活動を行っていないと弁明に追われた。


だがICRCへの批判がやむことはなかった。「犯罪者アサドはグータに入った。負傷してもグータから出られない子供がいるというのに」


赤新月社とアサドの関係


反政府勢力が支援団体に疑いの目を向けるのには理由がある。支援団体がアサドの怒りを買わないようにしていることが救援物資の配給にゆがみを生じさせ、アサドの延命を助けているとの批判は以前からある。


国連の支援組織は反政府勢力が掌握している地域の市民に対する人道支援に二の足を踏んでいるとか、国連人道問題調整事務所はアサド政権の要請を受けて、国連への報告書から政府軍に包囲された地域に関する記述を削除したとも言われる。


マウラーに言わせれば、国際支援にこうしたジレンマは付き物だ。政治的中立を守るのがICRCの基本原則。しかし人道支援の基礎となるジュネーブ条約や国連の決議は、常に主権国家の優越を認めている。


「最初は必ず相手国の政府と接触し、交渉して私たちに何ができるかを探る」とマウラーは言う。そのせいで救援物資の配布に「ある種の不均衡」が生じることは認めた。だが、シリア政府に対しては一貫して物資の届く範囲を広げるよう迫っていると強調した。


ICRCは過去1年間にシリア全土で300万人に食料を届け、100万人以上に医療サービスを提供した。東グータだけでも食料や飲み水、衛生用品を何万もの人々に届けた。シリア政府の了解なしでは不可能だっただろう。「結果に満足してはいないが、力関係の現実は無視できない」とマウラーは言う。


その「現実」には、現地での受け皿となっているシリア・アラブ赤新月社(SARC)の幹部たちも含まれる。SARCの現場スタッフはよくやっているし、その政治的見解もさまざまだが、トップの面々はアサド政権との関係が深い。前総裁のアブドルラーマン・アル・アッタルはアサドのいとこラミ・マクルーフと密接な関係を保っていたという。


マクルーフは政権派の民兵組織に資金を出している実業家だ。08年の米国務省公電には、マクルーフが制裁違反となる旅客機のリース契約を結ぶため、アッタルを「隠れみの」に使った形跡ありと記されている。


「共犯者」とでも協力する


たぶん疑惑はマウラーも承知している。それでもシリアで活動するには政権側の人物との協力が不可欠なのか。それともICRCの原則を貫くためならシリア政府との関係を犠牲にする覚悟があるのか?


難しい問題だ、とマウラーは言う。SARCとシリア政府の関係は合法的なものだし、彼らは国際赤十字・赤新月社の原則を守って活動している。だからICRCが彼らとの関係を断つ気配はない。「よりよい支援と保護をシリア国民に提供する機会のほうが、運営幹部に政府寄りの人物がいるリスクよりも重い」とマウラーは言う。「それが私の変わらぬ判断だ」


ICRCにとって最大の資金拠出国であるアメリカとの関係はどうか。マウラーによれば、トランプ政権が資金を断つ兆しはない。そして世界各地の紛争に首を突っ込む超大国アメリカとの関係は「極めて良好」だと言う。しかし、そう良好ではない関係があったのも事実だ。


そろそろ彼の宿泊先に車が到着という頃合いで、07年のICRCの報告書について聞いてみた。キューバのグアンタナモ米軍基地に、CIAのブラックサイト(テロ容疑者を拘束する秘密施設)経由で送られてきた人々が拘束されていると指摘した報告書だ。


ブラックサイトで水責めなどの陰惨な拷問が行われていたのは周知の事実。ちなみに次期CIA長官に指名されたジーナ・ハスペルは、以前にタイでそうした施設を管理していた。


マウラーは言葉を濁した。あの報告書はICRCが公表したのではなく、誰かがリークしたものだからだ。「私たちは収容所内で活動を可能にするためなら、秘密を伏せておく」


では一般論として、拷問に関与した者が政府の要職に就くことにICRCは反対するか?「それは私たちの決められる問題ではない」とマウラーは苦笑した。「もちろんICRCは拷問に反対しているがね」


相手がシリアでもアメリカでも、マウラーの戦略は変わらない。人々の苦しみを救うために、その苦しみをもたらす共犯者とでも協力するのだ。


From Foreign Policy Magazine



[2018.4.10号掲載]


デービッド・ケナー(フォーリン・ポリシー誌)


このニュースに関するつぶやき

  • 結果的に反体制派から睨まれたとしても、だからと言って現在のシリアの現状の中で「何もしない」という訳には行きませんでしょうし、そこは痛し痒しの部分ですよね。
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