オーストリアは永世中立、でもロシアが好き

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2018年04月14日 16:22  ニューズウィーク日本版

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ニューズウィーク日本版

<ロシア外交官追放を親ロ派の極右政党が加わる連立政権は断固拒否。オーストリア独自の中立政策の思惑とは>


戦いはほかの者に任せよ、幸いなるオーストリア、なんじは結婚せよ――ハプスブルク家はこの「家訓」を守り、結婚政策によって隆盛を極めた。


第一次大戦後に共和制に移行してからのオーストリアはもちろん、政略結婚を外交政策のツールとすることをやめた。だがこの国の外交は今も多くの面で、帝政時代を継承している。ヨーロッパにおける最近の国際的危機への態度がいい例だ。


EU首脳は3月22〜23日に開催された欧州理事会で、ロシアの元情報部員セルゲイ・スクリパリとその娘が神経剤によって襲撃された事件を強く非難した。同月4日に英ソールズベリーで起きた事件の黒幕はロシアとみられている。


欧州理事会は「共通の治安を深刻に脅かされたわれわれは、無条件にイギリスと連帯する」と表明した。その後、EU加盟国18カ国を含む20以上の国がロシア外交官の国外追放を発表。ロシア側も対抗措置として、欧米各国の外交官に国外退去を命じた。


そんななか、イギリスとの連帯に留保を付けたのがEU加盟国のオーストリアだ。中道右派の国民党と極右の自由党による連立政権はこれまでのところ、ロシア外交官の追放といった措置を取ることを拒否している。


そうした対応は親ロシアの自由党の差し金だと、一部の専門家は即座に批判した。だが、オーストリアのセバスティアン・クルツ首相とカリン・クナイスル外相は直ちに反論。東西の「橋渡し役」という伝統的な中立姿勢に基づく決断であり、「ロシアとの対話の手段」を維持する意図があると述べた。


そんな発言は言い逃れにすぎない? いや、早まらずに真剣に受け止めてみるべきだ。オーストリアの曖昧な態度はいら立たしくはあっても、疑わしいとは言えない。


オーストリアは数十年来、ロシアと良好な関係を維持してきた。その大きな要因は第二次大戦直後の歴史にある。


終戦から10年間、オーストリアはイギリス、アメリカ、フランス、ソ連によって分割統治された。主権回復が認められたのは55年。中立国であり続け、外国軍駐留や軍事同盟への加盟を禁じるという条件付きだった。


「どっちつかず」の問題点


その結果として、オーストリアは55年10月に憲法で「永世中立」を宣言した。NATOにも加盟していないが、立場は明らかに欧米寄りで、冷戦当時にはオーストリアの情報機関はアメリカと協力関係にあった。


中立という在り方をさらに推し進めたのは70年代のことだ。当時のブルーノ・クライスキー首相は「積極中立」政策を掲げ、ソ連などの独裁国家と2国間および多国間の枠組みで積極的に関わった。おかげで首都ウィーンは外交ハブ化し、現在も欧州安保協力機構(OSCE)やOPEC、国連の国際原子力機関(IAEA)などが本部を置く。


クライスキーは積極中立のカギはソ連との良好な関係にあると考えた。今でも、ロシアとの友好関係は中立維持の重要な手段と見なされている。実際、オーストリアの政界では「中立」は「良好な対ロ関係」とほぼ同義。ロシアとの協力は、自由党に限らず党派を超えて広く支持され、東西間の政治状況に左右されることもない。


14年にロシアがクリミア半島を併合した後、ウラジーミル・プーチン大統領の公式訪問を初めて受け入れたEU加盟国はオーストリアだった。ウクライナ問題を受けたEUの経済制裁にもかかわらず、オーストリアの対ロシア直接投資額は昨年、70億ドル相当に達した。ロシアで操業中のオーストリア企業は700社を超える。


一方、ロシアにとってオーストリアは大人気の旅行先で、昨年には33万8000人以上のロシア人観光客が訪れた。さらにロシア産ガスのお得意様でもあり、オーストリア東部には欧州トップクラスのガス供給施設が存在する。プーチン自身、オーストリアびいきとされ、同国の山岳地帯で何度も休暇を過ごしている。


しかしオーストリアの中立政策、なかでもロシアとの緊密な関係には問題点もある。


シンクタンクのヨーロッパ外交評議会が昨年に行った研究が示すように、どっちつかずの姿勢はオーストリア国内で反米感情をあおる結果になっている。「オーストリアの全政党に認められる反米感情が、特に安全保障問題でロシアへの共感を生む環境の醸成につながっている」と、研究は指摘する。


中立主義は国際法の軽視も生みかねない。オーストリアの政界やビジネス界では、ロシアとの関係強化のためならウクライナ問題に目をつぶって構わないと考える向きが強い。


さらに中立という建前があるせいで、その裏で危ない路線転換が起きていても見えにくい。


自由党とロシアの関係は懸念すべきものだ。ロシア人から資金提供を受けているとの臆測が絶えない自由党は欧州で初めて、ロシアの与党・統一ロシアと協力合意を結んだ極右政党。党員はロシア政府の招きでクリミアなどに選挙監視団として赴き、選挙の「合法性」を裏書きする役目を果たしている。


一方で、オーストリアは95年にEUに加盟した段階で、実際には中立でなくなったという批判もある。国外でのビジネス権益が危うそうなときや、安全保障責任の拡大を回避したいときに都合よく中立を振りかざすだけ。オーストリアは「安全保障政策のたかり屋」だ......。そうした不満もあって、欧州各国はロシアをめぐるオーストリアの最近の態度を問題視しているのかもしれない。


愚かな調停役になるのか


ロシア外交官を追放しないとして「オーストリアがとりわけ非難されているが、同様のEU加盟国はほかにもある」。オーストリアの政治学者、ゲアハルト・マンゴットはそう指摘する。「EU内の大国はオーストリアがロシアと特別な関係を築こうとしているのではないかと疑い、妨害しようとしている」


それでも、中立な仲介者であろうとするオーストリアの態度は、究極的には思慮と戦後史に基づいている。重視されるのは対ロ関係よりも、地政学的な緩衝国という自国観。現政権はEU崩壊のための陰謀など描いてはいないし、オーストリア政府はロシアの手先でもない。


外交は多くの場合、小国にとって危機のさなかで自国の声を伝える唯一の手段となる。クルツは以前からウィーンでの米ロ首脳会談の開催を提唱。ロシアは3月29日、スクリパリの事件に絡んでオーストリアの仲介を受け入れる可能性があると発表した。


ただし、伝統は不注意の言い訳にはならない。オーストリアの政治家たちは肝に銘じるべきだ。善意の調停者はたちまち、「プーチンに利用される愚か者」に転じかねないことを。


From Foreign Policy Magazine


<本誌2018年4月17日号掲載>



フランツシュテファン・ガディ(ディプロマット誌シニアエディター)


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  • ハプスブルク家といえばマリア・テレジア、そしてその娘のマリー・アントワネット。
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