北朝鮮で「改革開放」を起こせるか? - 冷泉彰彦 プリンストン発 日本/アメリカ 新時代

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2018年04月24日 14:51  ニューズウィーク日本版

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ニューズウィーク日本版

<南北、米朝の首脳会談で和平が進んだとしても、国内で人権侵害が続く今の北朝鮮で改革開放を進めるのは相当に困難>


北朝鮮危機に関しては、中朝会談が終わり、南北会談から米朝会談へという流れができています。現在のところ、まだまだ「落とし穴」はありそうですが、とりあえず「核実験場は放棄、長距離ミサイルも放棄」という話が流れ始めました。同時に、とりあえず軍事オプションは回避、北の政権交代はなしという「ある種の」現状維持が図られるというのも、漠然とした合意になりつつあると考えられます。


一部には、南北朝鮮が急速に再統一に向かうという説もあるようです。その場合、1990年の東西ドイツ再統一という先例を意識せざるを得ません。つまり豊かな西ドイツが経済の破綻した東ドイツを吸収合併して、しかも旧東ドイツの住民全員に先進国並みの生活水準を保障した先例が重くのしかかっています。


現在の韓国にそこまでの経済力はないことから、このドイツの先例を意識するのであれば、急速な再統一には慎重になるでしょう。もちろん、文在寅政権というのは韓国の左派で、韓国の中では再統一に積極的な立場に属します。ですが、仮に半島全体における歴史的な激変という事実に直面したときには、経済的な問題を意識して慎重になることは予想されます。


仮に南北が再統一に慎重となり、中朝会談に続いて米朝会談も成功したとします。そして噂されているように、核放棄については何らかの見返りが用意され、その上で、核放棄と見返りについては数年をかけて段階的に行う、従ってIAEA(国際原子力機関)の査察も数年後になる、それまでは「6者会合」を再開して段階的なステップを踏み、その「遅れも含めて」6カ国で確認しながら進める、そんな「穏やかな(そして残念ながら失敗の可能性を残した)解決」が合意されたとしましょう。


その場合、北朝鮮で「改革開放」は起きるのでしょうか? この点に関しては、2011年に健康を害していた最晩年の金正日が訪中して、胡錦濤主席(当時)に「自分の死後も北朝鮮を支援するよう託した」とされる際に、胡錦濤は「経済と社会の改革開放を行えば、政治革命なしで国家の繁栄を実現できる」という、実際の経済特区などに案内しながら説得したという説があります。


この胡錦濤の説得に対して、金正日は「それは無理」だと断ったというのです。理由は「経済活動を自由にすれば、結局は体制崩壊につながる」というのですが、それでは今回の核危機解決にあたってはどうなのでしょうか?


一つの考え方は、2011年当時と比較すると、現在は「西側の自由と民主主義」には相対的に魅力がなくなっているという指摘です。例えば、中国の多くの人は「結局は愚かな指導者や、愚かな孤立を選択するような民主主義の限界」を知ることにより、共産党の指導をより積極的に選択するようになったという説があります。


もちろん、そこには建前と本音の乖離というのは残るのですが、それでも、2011年と比較すると確かに「アメリカやイギリスなどの自由と民主主義」が色あせて見えるのは事実でしょう。もしそうであれば、北朝鮮にとっては社会の激変を起こさずに経済の改革開放を進める条件は整ったとも言えます。


では、仮に核危機が終わり、北朝鮮が政治体制はそのままで、経済の開放を進め、中国や韓国などと積極的な経済交流をして、「まともな経済活動で徐々に反映していく」という可能性はあるのでしょうか。もちろん、そうなるのが理想です。政治体制は大きく変えないままで、中国と同じようにベトナムも経済成長の軌道に乗っていますし、北朝鮮にもできないはずはありません。


ですが、北朝鮮社会は、例えば1976年の統一後のベトナムとは違った問題があります。ベトナムの場合、確かに「北」による侵攻を恐れて「南」からは大量の難民が「ボートピープル」として主に香港経由で流出しました。ですが、実際のところは、統一後に旧南ベトナムの支配階層や資産家への報復的な粛清というのはほとんど行われませんでした。


ベトナム統一後の「暗い歴史」としては、大人数の兵士を失業させられないなかで、カンボジアへの介入や、中越紛争など無用の流血を起こしたことですが、少なくとも国内には後に「シコリ」を残すような流血や対立は起こさずに済んだのです。ボートピープルとして国を捨てた人々の中には、やがて本国に帰った人も多く、そうした人々は歓迎されています。また、そのような人材が経済成長を後押ししている部分は大きいと思います。


このベトナムの例と比較して、北朝鮮の場合は余りにも悲惨な人権侵害が続いています。ですから、急速に改革開放ができない「国内のシコリ」は深刻なものがあると考えられます。


似たような例として、全島に戒厳令を施行し続けた台湾の蒋介石政権があり、かなり残虐な弾圧などが行われました。ですが、この場合は、独裁者の死とともに長男の蒋経国が急速に「開かれた社会」を実現していきました。ですが、蒋経国の場合は父親の存命中にも隠密的に「やがて台湾を自由な社会に」という信念のもとで周到に準備を続けていたのです。現在の北朝鮮には、蒋経国に当たるような見識のある人物は果たしているのでしょうか。


そう考えると、北朝鮮を「開かれた社会」にするのは大変に難しいと考えざるを得ません。また、改革開放ができないのであれば、経済成長にも限界が来ます。そうなると、再び核開発なり武器の闇取引などに手を染めて「アングラ経済」で生きていくしかなくなる可能性があるわけです。


そうさせてはならない一方で、「準備不足の再統一」という無謀な判断もまた全員を不幸にしかねません。北朝鮮という国を緩衝国家として「現状維持」させるのは、その中間、つまり国際法違反を繰り返す無法な鎖国国家でもないし、韓国との拙速な再統一を進めるのでもない「ある種の均衡」を実現することを意味します。それは、どのような国家、あるいは社会の在り方なのか、果たして何らかのビジョンが見えてくるのか、今回の一連の首脳会談で注目していく必要がありそうです。


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