「中国排除」を主張したのは金正恩?──北の「三面相」外交

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2018年05月02日 16:51  ニューズウィーク日本版

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ニューズウィーク日本版

南北首脳会談で「中国抜き」の3ヵ国による朝鮮戦争平和協定協議案を提起したのは金正恩らしい。あれだけ中朝首脳会談では蜜月を見せながら、中国への警戒は金正日以来。2日に訪朝する王毅外相の目的の真相でもある。


板門店宣言における「3者または4者」案の怪


4月27日の板門店宣言では、休戦協定を終わらせ終戦協定に転換させて平和体制を創ることに関して「3者または4者」で協議する旨のことが書いてある。


「3者協議」ということは「米朝韓」の間でのみ協議して、その中に休戦協定署名国である「中国」を入れないという意味だ。


「4者協議」案は、言うまでもなく「中国」を入れた「米中朝韓」を指す。


4月26日付のコラム<朝鮮戦争「終戦協定」は中国が不可欠――韓国は仲介の資格しかない>で触れたように、南北首脳会談の前の4月25日、安倍首相と文在寅大統領との電話会談で二人は、「終戦宣言」に関して「最低でも南北と米国の3者による合意が必要だ」と述べたと報道されている。「3者協議」案を二人は容認したわけだ。


しかし、4月27日の南北首脳会談では「3者または4者」と、中国を入れた「4者協議」案も含まれるようにした。


これは「3者協議」案のみにしたら、中国が激怒し、せっかく金正恩委員長が訪中して習近平国家主席と握手し、中朝蜜月をアメリカに見せつけたのに何にもならないと、金正恩が判断したからだろう。だから、「含み」だけを盛り込んでおいた。しかし「3者協議」も可能性として「あり得る」ことを示唆している。


これに関して、「中国排除」を「こっそり」主張したのは金正恩であるらしいことが伝わってきた。


「中国排除」を提案したのは北朝鮮か


4月29日、関西大学の李英和(リ・ヨンファ)教授から連絡があり、韓国の中央日報(韓国版)など複数のメディアが、韓国政府筋の情報として「2007年の南北首脳会談で中国抜きを提案したのは北朝鮮の金正日(キム・ジョンイル)だった」という趣旨のことを書いていると知らせてくれた。中国が北朝鮮を支援するために朝鮮戦争に参戦したのは「中国人民志願軍」としてであって「国家」としてではないから、というのが北朝鮮の理屈らしい。


拙著『習近平vs.トランプ 世界を制するのは誰か』の第3章「北朝鮮問題と中朝関係の真相」で述べたように、朝鮮戦争はあくまでも当時の金日成(キム・イルソン)が(旧)ソ連のスターリンと共謀して起こしたもので、中国の毛沢東は絶対に反対だった。しかし金日成の狡猾な戦術とスターリンの裏切りにより、毛沢東は朝鮮戦争に参戦せざるを得ないところに追い込まれた。


そこで毛沢東は「中国人民解放軍」として北朝鮮に派兵するのではなく、「中国人民志願軍」として派兵することにした。志願軍なら「国家」としてアメリカを相手に戦うということにはならないので、のちのちの米中関係への影響を何とか最小限に食い止めておきたかったようだ。もちろん、第三次世界大戦への発展を避けるという意味合いもあった。


そのため朝鮮戦争の休戦協定は、1953年7月27日午前10時に、まず「朝鮮人民軍代表兼中国人民志願軍(中朝連合司令部)」の代表として南日大将(北朝鮮副首相兼朝鮮人民軍総参謀長)と国連軍代表のウィリアム・ハリソン中将(アメリカ陸軍)により署名されたのちに、同日の午後、国連軍総司令官のマーク・クラーク大将(アメリカ陸軍)、中国人民志願軍と中国人民解放軍の最高司令官であった彭徳懐元帥および朝鮮人民軍最高司令官の金日成首相が署名。これにより休戦協定は最終的に発効した。


ただ彭徳懐は、中朝連合軍の副司令官に朝鮮労働党延安派の朴一禹(パク・イルウ)を任命し、北朝鮮の金日成を中朝連合軍の脇役にしたことなどから、中朝関係の悪化は朝鮮戦争勃発時から既に内在していた。


延安派は金日成の政敵だったため、朝鮮戦争が終わると一人残らず粛清を受けている。


この延安派は筆者が1948年に吉林省の長春で食糧封鎖を受けたときに、二重の包囲網である「チャーズ」の門を守備していた軍隊だ。当時、庶民はこの延安派を「朝鮮八路」と呼んでいた(『チャーズ 中国建国の残火』参照)。


筆者は1950年に北朝鮮に隣接する延吉で朝鮮戦争を実体験しているが、北朝鮮問題にこだわるのは、この延安派(『習近平vs.トランプ 世界を制するのは誰か』のp.110参照)の問題があるからだ。


金政権と、この延安派の根源を知らない限り、中朝関係の真相は分からないし、また今般の南北首脳会談で、なぜ休戦協定から終戦協定への転換過程において「3者協議」という「中国排除論」が出てきたのかも理解できないだろうと思われる。


中朝は新義州経済特別開発区においても衝突


これまで何度も書いてきたように、中国は改革開放後、ともかく北朝鮮に「改革開放をしろ!」とひたすら説得してきた。


金正恩の父親、金正日は改革開放に興味を持ち、その方向に動こうとして、何度も訪中している。


金正日が最初に手掛けたのは北朝鮮と中国遼寧省丹東に隣接する新義州である。2002年9月に新義州の一部を、中国の香港やマカオと同じような「特別行政区」に指定し、経済特別開発区(特区)として改革開放に乗り出そうとした。通貨は米ドル。


そのとき、金正日は、早くから個人的に親しくしていた楊斌(よう・ひん)というオランダ籍中国人を特区長官に任命している。拙著『チャイナ・ジャッジ 毛沢東になれなかった男』のp.153前後に詳述したように、楊斌は1963年の南京生まれで、5歳の時に孤児になり、1985年にオランダへ留学。90年に「欧亜グループ」という企業を起こして大財閥となる。遼寧省の瀋陽などを中心に、葡萄酒作りのための「オランダ村」も経営し、中国全土に経営拠点を広げていた。北朝鮮は北欧に根を張っているのでオランダで接触があったものと思うが、楊斌自身、何度も訪朝している。金正日は新義州特区で葡萄園を創りたいということを口実にして、楊斌を新義州特区の長官に任命した。


問題は、この任命に当たり、北京とは如何なる相談もしていなかったことにある。


北朝鮮の言い分としては、楊斌はオランダ籍なので北京に相談する必要はないという理屈であるが、北京は激怒。楊斌は逮捕されるのを直感して急いで新義州に逃げようとしたが、中国政府の動きの方が早かった。新義州に逃れる前に収賄容疑で逮捕してしまったのである。


この楊斌を大連に呼んで政敵を倒そうとしていたのが薄熙来で、そのために『チャイナ・ジャッジ 毛沢東になれなかった男』で楊斌と新義州特区に関して取り上げた次第だ。


習近平政権になってからも新義州特区で問題が


こうして新義州特区は発案と同時に頓挫してしまったのだが、のちに金正恩に粛清された張成沢(チャン・ソンテク)は改革開放推進派だったので、胡錦濤時代の2012年に再度、新義州特区の開発に着手していた。しかし、金正男(キム・ジョンナム)を金正日の跡継ぎになどと胡錦濤に進言していたことを盗聴されたことから、張成沢は2013年に残虐な形で処刑された。


これにより新義州特区開発もまた頓挫したが、2015年10月に、当時のチャイナ・セブンの一人であった劉雲山が朝鮮労働党建党70周年記念閲兵式のために訪朝。再度、新義州特区開発が進められようとしていた。国連制裁に中国が賛同して、さまざまな形で北朝鮮制裁に参加するものだから、人民元が流布している北朝鮮の市場においては、なんとか人民元を獲得したいと考えたようだ。しかし北朝鮮の度重なる核実験やミサイル発射を受けて、習近平政権と金正恩政権は悪化の一途を辿っていた。


それも複雑で、人民元が流布するということは、すなわち中国経済に呑みこまれることを意味する。金正恩は、それを警戒している。


中国経済に呑みこまれたくない北朝鮮


とても信じられないとは思うが、習近平とあそこまで親密にしてアメリカを牽制しようとしている金正恩だが、それでも一方では、「中国排除」を狙っているのは事実のようだ。


その証左の一つが「3者協議」を提案したのが北朝鮮側であるということと、もう一つは「在韓米軍の駐屯」を必ずしも否定しないことにある。


なぜか――?


中国に呑みこまれたくないからだ。


在韓米軍はたしかに北朝鮮にとっては直接の敵対的存在だが、韓国と仲良くなってしまえば、特段の害はない。それよりも、在韓米軍がいる方が中国に対して大きな抑圧となり、中国を牽制することができる。中国を「のさばらせたくない」と思っているのは、実は北朝鮮なのである。


中国は社会主義国家における改革開放を強化して北朝鮮とも「紅い団結」を組み、自国における一党支配体制を維持しようと必死だが、その裏で金正恩は、したたかに動いている。つまり、中朝首脳会談の裏でも、やはり「中国は1000年の宿敵」という位置づけは、ひょっとしたら変わっていないのかもしれない。李英和教授も、この見解を支持している。


いざとなったら軍事的には中国を頼りにしているくせに、経済的には中国に呑みこまれたくはない。金正恩はしたたかな「三面相」外交を展開しようとしているとみなすべきだろう。


王毅外相の訪朝目的


その意味で、2日の王毅外相による訪朝は、「そんな」北朝鮮を説得し、もし「中国排除」などをもくろむのであれば、「容赦はしない!」ことを告げに行くためだったことは間違いない。その前の水面下の交渉で、金正恩は降参して「3者協議」を放棄し、「4者協議」になったようだが、これは日本にとっては「とんでもないチャンス!」となる可能性を秘めている。


日本には又とない「絶好のチャンス!」


北朝鮮はしたがって、韓国やアメリカとだけでなく、日本とも経済関係を強化しようと考えていると見るべきなのかもしれない。


あの「紅い中国」の強権的発展を抑え込む手段が、実は「北朝鮮の存在」だとすれば、これは日本にとっては又とない「絶好のチャンス!」であり、アメリカもまた大歓迎するだろう。


核兵器の完全撤廃も重要だが、北朝鮮の経済発展の潜在力と「北朝鮮の存在そのもの」を、日本はしたたかな外交で深慮しなければならないのではないだろうか。


[執筆者]遠藤 誉


1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。東京福祉大学国際交流センター長、筑波大学名誉教授、理学博士。中国社会科学院社会科学研究所客員研究員・教授などを歴任。著書に『習近平vs.トランプ 世界を制するのは誰か』(飛鳥新社)『毛沢東 日本軍と共謀した男』(中文版も)『チャイナ・セブン <紅い皇帝>習近平』『チャイナ・ナイン 中国を動かす9人の男たち』『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』など多数。


※当記事はYahoo!ニュース 個人からの転載です。


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遠藤誉(東京福祉大学国際交流センター長)


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