【今週はこれを読め! エンタメ編】救われ救う短編集〜小嶋陽太郎『放課後ひとり同盟』

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2018年05月09日 17:12  BOOK STAND

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『放課後ひとり同盟』小嶋 陽太郎 集英社
崩壊しそうな家庭に息が詰まりそうで、空に向かって足を蹴り上げ続ける。心と体の性別が一致せず、タールのような黒い液体が湧いてくる気がする。家庭に自分の居場所を見つけられず、実の母や義理の妹や飼い犬にまで反発を感じずにいられない。自分を助けてくれた同級生に似た女の子を探しながら生きている。兄や友だちの体の中に渦巻く黒いぐるぐるが見えてしまう。すべて『放課後ひとり同盟』に収録された5つの短編における、悩める登場人物たちのことだ。

 人は人によって傷つけられる。しかし人はまた、人によって助けられることもあるのだ。"他人の力になりましょう""相手の立場に立って考えなさい"みたいなことは、小学生くらいの頃は毎日のように言われるし、少し大きくなると当たり前すぎて逆に注意されることはなくなってくるけど、心から理解して実践できている人間は少ない。本書の主人公たちは、周りからの無理解やからかいによって傷ついている。こういった他人を貶める行為というのはもう、どんなに他の人間が注意しても道徳の教科書が整備されても、完全になくすことはたぶんできないだろう。それでも主人公たちの前には、彼らを思いやったり助けを出したりする人々が現れることに安堵する。例えば、「空に跳び蹴り」のコタケさんのような。「ストーリーテラー」の吉成さんのような。

 もちろん、現実の世界ではそうそう小説に出てくるような救世主が登場するとは限らないけれども、自分が誰かの力になることなら勇気を出せさえすれば可能だ。そうはいってもその一歩を踏み出すことが難しいわけだが、この短編集を読むとそれがどれだけ尊いことかがひしひしと胸に迫ってくる。最終話「僕とじょうぎとぐるぐると」を読むと特にそう感じる。「僕と」のサキは、「怒る泣く笑う女子」の主人公で男に生まれたけれども女子の心を持つ三崎の、3人いるうちの真ん中の弟だ。三崎の弟たちはほんとうに素晴らしい少年たちで、中でもこの真ん中の弟の聡明さは感動もの。いずれの短編においても彼を含む主人公たちはみな他の誰かによって救われるのだが、三崎の弟は自らも他者を助ける存在となっていく。『放課後ひとり同盟』というタイトルが示す通り、本書は友だちと一緒にいても孤独感を完全には払拭できない子らの物語である。でも、ひとりひとりが自分の足で立つことができてこそ、他人を慮る人間になれるのではないだろうか。ひとりになることを恐れなければ、ひとりではなくなる。

 収録作品のほとんどが家族の物語でもある。「怒る泣く」「ぐるぐる」に登場する三崎家の母親は、長男(心は娘だが)の心のありようを受け入れられずにいる。それによって三崎は深く傷ついているのだけれども、私は三崎母の気持ちもわかる気がするのだ。若い頃の苦労は買ってでもしろとか人間は傷つくことで強くなれるとかいうもの言いは頭ではわかっていても、我が子にはできることならつらい思いをさせたくないというのが親の心情であろう。LGBT的な概念はだいぶ認知されるようになってきたとはいえまだまだ偏見も根強い中、もともとの性別通りに生きられればそれに越したことはないと考えるのも愛情から出たものではあるのだ。とはいえ、子の立場からすればつらいことであるのは間違いない。それでも、よその事情などおかまいなしに好き勝手なことを言ってくる外野とは違って、お互いへの思いやりがあっての行き違いであれば、きっと理解し合えると思う。必ずやまた三崎家は元に戻れると信じている。

 本書は、新進気鋭の作家・小嶋陽太郎の初短編集。ファンにとっても待望の一冊で、「小嶋陽太郎って、長編だけじゃなくて短編もいいね!」と、読者のみなさまに気づいていただける機会が訪れたことをうれしく思う。世の中に数え切れないほどいるであろう主人公たちと同じ境遇にいる人たちに、小嶋さんの本が読まれることを願ってやまない。そして、彼らのもとに三崎弟のような理解者が現れますように。あるいは、彼ら自身が三崎弟のように誰かの理解者になれますように。

(松井ゆかり)


『放課後ひとり同盟』
著者:小嶋 陽太郎
出版社:集英社
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