ヘンリー王子の結婚で英王室は変わるのか

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2018年05月17日 18:22  ニューズウィーク日本版

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ニューズウィーク日本版

<母親が黒人でアメリカ人のメーガン・マークルとヘンリー王子の結婚は、異人種カップルの子供が急増中の英社会に追い付いた証拠か、それとも......>


4月のある晴れた日、公園で制服姿の少女たちが戯れていた。人種も民族もさまざまだ。中心には混血の美少女がいて、みんなで彼女の髪に花を編み込んでいた。「その髪、ストレートにしたら?」と1人が言った。「メーガンそっくりになるわ」


少女たちは自撮りをし、スマートフォンで花嫁衣装を検索して歓声を上げ、雑誌に載ったメーガン・マークルの写真を食い入るように見つめていた。なにしろメーガンは、女の子が憧れる世界で最もラッキーな女性......。でも、花で飾られた少女の一言で現実に引き戻された。「ばか言わないで。きっと大変なことよ。家族から引き離された混血娘が、一人で王室に入るなんて」


イギリスは今、ヘンリー王子(33)とマークル(36)の結婚で盛り上がっている。2人の出会いは2016年夏。すぐに、王位継承順位5位(現在は6位)の王子が身分不相応な相手を見つけたという噂が飛び交うようになった。離婚歴があって年上で、女優で、社会活動家で、母親は黒人。しかもアメリカ人ですって!


王室は2人の交際を認め、1年後にはめでたく婚約。5月19日にはウィンザー城内のセントジョージ礼拝堂で挙式する。友人や親族に加え、1200人の一般市民が招待された。ご祝儀は無用、ただし慈善団体への寄付が求められた。これぞ新しい時代のロイヤルウエディングというわけだ。


マークルの王室入りは、階級や人種で分断されたイギリス社会がようやく平等で開かれた社会に変わっていく兆しなのだろうか。実を言えば、イギリスで異人種カップルが目につき始めたのは16〜17世紀初めのエリザベス1世の時代。当時の富裕階級では、「エキゾチック」な黒人やインド人の使用人(主に男)を雇うことが流行だった。


私は自著『ミクスト・フィーリングス』で、初期の異人種カップルを描いた。社会に反旗を翻した彼らは苦しめられた。ジャマイカの奴隷農園主エドワード・ロングはイギリスに戻った後の1772年、異人種婚の「悪影響」を警告した。数世代のうちに「イギリス人の血を汚す」と。しかし人種の混合はこの国のDNAを変えた。


現在、イギリスの子供世代で最も増えているのは異人種の両親を持つ子たちだ。国家統計局によると、国内在住者の約10人に1人が異人種と結婚または同居している。


ただしイギリスで多いのは、ジャマイカやバングラデシュ、ナイジェリアよりもアメリカやオーストラリアからの移民だ。白人なら社会にとっての重荷とならず、好ましい存在と考えられてきた。第二次大戦以降も、イギリスの移民受け入れ策は一貫して人種差別的だった。直近の9年間は最悪で、保守党政権は新旧の非白人移民を敵視するような政策を打ち出している。


1953年のエリザベス2世戴冠式 Central Press/GETTY IMAGES


私はイギリスの植民地だったウガンダで生まれ、72年にイギリスのパスポートでこの国に来た。ところが、今や移民は侵入者扱いだ。昔から住んでいる私たちでさえ不安になり、嫌われていると感じている。


英王室のイメージ戦略の一環


より厄介なのは、今でも王室には異人種への悪意や偏見を抱いている人がいることだ。シェークスピアの祝賀イベントで、エリザベス女王の夫であるエディンバラ公フィリップ殿下は私の白人の夫に向き直って尋ねた。「彼女は本当にあなたの妻か?」


昨年12月の女王主催の昼食会にはマークルも出席していたが、ある王族の妻が人種差別的なモチーフのブローチを着けて現れた。今年4月にはヘンリーの父であるチャールズ皇太子が英連邦国民フォーラムで、インド系の両親を持つジャーナリストのアニタ・セティに出身地を尋ねた。「イギリスのマンチェスターです」と彼女が答えると、皇太子は「そんなふうに見えないね」と言った。


新夫のヘンリー自身はどうか。05年には仮装パーティーにナチスを模した格好で登場して物議を醸した。アフガニスタンで軍務に就いていた頃、「パキ(パキスタン人に対する蔑称)」「ラグヘッド(ターバン頭)」といった人種差別的な単語を口にする映像も残っている。


EU離脱を1年後に控えたイギリスにとっては、公正で世界に開かれた国というイメージを強調することが極めて重要になっている。王室も、その制度と富と地位を維持するためにイメージチェンジを必要としている。


今回の婚礼は絶好のチャンスだ。現代的で、異人種の両親の下に生まれ、ソーシャルメディアに精通しているマークルは、今のイギリスが必要とし、王室にとってはぜひとも利用したい天からの贈り物だ。


英王室の婚礼は全世界の注目を集める。ただし、そうした結婚の多くは幸せな結末を迎えなかった。なにしろ王室は家族ではない。会社だ。その固有の価値観と期待は、そこに加わる新参者を圧倒する。ダイアナ元妃は典型的な犠牲者だった。アンドルー王子の元妻セーラ・ファーガソンは屈辱的な扱いを受けた。マーガレット王女の夫とアン王女の最初の夫も去った。


私は小さい頃から、王室のことを見てきた。昔に比べたら、彼らもずいぶん進歩したように思える。1931年にエドワード王子(後のエドワード8世)は、離婚歴のあるアメリカ人女性ウォリス・ウォーフィールド・シンプソンと恋に落ちた。ジョージ5世の死後、王子は国王に即位した。だが英政府はシンプソンを国王の妻にふさわしくないと判断し、彼は王位を返上した。


チャールズ皇太子は愛人カミラと再婚 Toby Melville-REUTERS


離婚も階級も障害ではない


エリザベス女王の妹であるマーガレット王女は52年に、戦時の英雄ピーター・タウンゼント大佐と恋に落ちたが、離婚経験者であったため結婚は許されなかった。77年に16歳でチャールズと出会ったダイアナは4年後に壮大な結婚式を挙げたが、チャールズは長年の愛人で既婚者のカミラ・パーカー・ボウルズとの関係を続けた。


ダイアナは王室の慣習と傲慢さを拒み、本能的に人々を平等に扱い、多様な人々を受け入れた。大衆は自分たちの王女としてダイアナを愛したが、頑固な王家は彼女の奔放さを嫌った。誰でも受け入れるダイアナの包容力は王室にとっても利用価値があったのに、彼女の存在と行為を認めることはなかった。


離婚はつらい経験だったが、ダイアナは解放された。彼女はイスラム教徒の男性2人と恋に落ち、そのうちの1人と結婚しそうになった。それが実現していたら、王室はどう対処していただろう。彼らにとって幸いなことに、ダイアナは王室にさらなる試練を与える前に亡くなった。


一方、チャールズは晴れてカミラと結婚した。離婚はもはや罪でも、越えられない一線でもない。階級の境界も消えようとしている。女王の末息子のエドワード王子は、タイヤ販売業者の娘ソフィーと結婚した。


ウィリアム王子と結婚したキャサリン妃は、元客室乗務員とパーティーグッズの会社を経営するビジネスマンの娘だ。そしてマークルの母ドリア・ラグランドはヨガ教師、父トーマス・マークルはテレビの元照明ディレクター。70年前ならマークルは「王子の妻ではなく愛人で終わっただろう」と評したのは、英誌スペクテーターだ。いずれにせよ、近親婚や世襲貴族との見合い婚はもう時代遅れ。今は中産階級の平民が相手でも問題ない。


かつて王室の広報を担当していた人物によれば、ヘンリーは完璧なPRの機会を提供してくれた。「神話を変えなければ王室に未来はないことを彼らは知っている」と、彼女は言う。


しかし弁護士で作家のアフア・ハーシュは、マークルを迎え入れたことで王室が大きく変わるというのは幻想だと考える。「メーガンの王室入りで何世紀にもわたる構造的な不平等が変わるとは思えない」と、ハーシュは言う。「イギリスは、自国にはアメリカのような奴隷制度や人種分離政策、制度化された人種差別はないと自らを欺き、自己満足してきた。しかし植民地では現地の人々を搾取し、有色人種を徹底して差別していた」


その後のイギリスはずいぶん寛容になったが、近年はその反動が来ているようだ。4月に政府が、25年前に白人集団に殺された黒人少年スティーブン・ローレンスの追悼記念日を設けると発表すると、激怒する白人がいた。


最近は排他的な政党や政治家が声高に意見を主張し、幅を利かせている。EU離脱に賛成票を投じた国民全員が人種差別主義者だとは言わないが、投票した差別主義者の全員がEU離脱に賛成したとは言えるだろう。


物騒な動きは収まらない。国家警察署長協議会によれば、あの国民投票後にヘイトクライムは49%も増えている。私が話を聞いた離脱派は、有色人種や東欧出身者が国内にいること自体に怒っていた。ある老人は私にこう言い放った。「国を取り戻したい。あんたはイギリス人と結婚しているが、絶対に私たちの仲間にはなれない。私は人種差別主義者ではないが、あんたみたいなパキはこの国にいらない」


彼らにとって、私たち移民や有色人種は全てを盗む泥棒らしい。仕事、住宅、医療に恋人。今度はヘンリーまで奪ったというわけだ。


オックスフォード大学移民観測所が17年に実施した調査によれば、「イギリス人は出身国で移民を明確に区別している」らしい。「オーストラリア人を移住させるべきではない」と答えた人は10%だったが、「ナイジェリア人を移住させるべきではない」とする人は37%に上った。つまり、移民として最も好ましいのはキリスト教国出身の英語を話す白人。最も好ましくないのは、イスラム教国から来た非白人だ。


ささやかれるマークル孤独説


最近は、私も差別を肌で感じている。つばを吐かれ、侮蔑的な言葉をぶつけられる。殺すと脅迫されて、警察の警護を受けるようになった。EU離脱の手続きには議会の承認が必要だと主張して裁判に勝ったガイアナ出身の女性実業家ジーナ・ミラーも、人種差別主義者に命を狙われている。


マークルも憎悪や差別と無縁ではいられない。11月の婚約発表に対する一部の報道は、目に余るほど差別的だった。タブロイド紙デイリー・メールは「奴隷から王室へ」とツイート。ボリス・ジョンソン外相の妹でジャーナリストのレーチェル・ジョンソンは、マークルは英国王室に「エキゾチックな遺伝子を持ち込む」とメール・オン・サンデー紙に書いた。彼女はマークルの母親を「髪をドレッドにした下層出身のアフリカ系」と評したこともある。


差別を監視するラニーミード財団によれば、イギリス白人の25%は特定の人種に対する偏見を抱いている。親戚がイスラム教徒と結婚することに抵抗を感じる白人は50%に上る。国家統計局(ONS)は、大卒の黒人男性は大卒の白人男性に比べて無職になる確率が2倍近いとしている。


それでも悲観するには及ばないと、社会地理学者のダニー・ドーリングは考える。「少数の差別主義者がつけ上がっているだけで、一般の差別意識は今も薄れつつある」。そう語るドーリングは、ロイヤルウエディングのもたらす景気刺激効果にも期待している。国民がEU離脱の経済的打撃の大きさに気付き始めた今、この国に必要なのは観光客と好感度だ。


ではマークルに必要なものは何か。王室は彼女を幸せなプリンセスに仕立てたいようだが、「マークルは孤独を感じている」とみる記者もいる。


ヘンリーとマークルには末永い幸せを祈りたい。でもプリンセスには油断なく、賢く振る舞ってほしい。彼女が入る王室と国家は、見た目ほどフェアでも開かれてもいないのだから。


(著者はジャーナリストで、ウガンダ生まれのイスラム教徒。移民や多様性に関する多くの著書がある)


<本誌2018年5月22日号[最新号]掲載>



ヤスミン・アリバイブラウン(ジャーナリスト、作家)


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  • 英国王位継承権29位のデイヴィナ・ルイスThe Lady Davina Elizabeth Alice Benedikte Lewis令嬢の夫君は離婚歴のあるマオリ族(ニュージーランドの先住民)の出身である。出自と離婚歴は不問になっている
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