なぜイタリアはテロと無縁なのか

2

2018年05月24日 16:22  ニューズウィーク日本版

  • チェックする
  • つぶやく
  • 日記を書く

ニューズウィーク日本版

<長年にわたるマフィアとの攻防が過激派のテロ対策に生かされているというが、警察の手柄だと胸を張れない事情も>


イタリア政府に難民認定を申請していたガンビア人が4月、ナポリで逮捕された。この男はテロ組織ISIS(自称イスラム国)に忠誠を誓う動画をメッセージアプリで配信。無差別に通行人をはねる自動車テロを計画していた疑いも持たれている。


この1件が示すように、イタリアにも相当数の過激派が潜入している。にもかかわらず、なぜか重大なテロは起きていない。フランス、ドイツ、イギリスなど他の欧州主要国でテロが相次いでいるのとは対照的だ。


この現象には、安全保障の専門家らも首をかしげている。


政府が万全のテロ対策を取っているからだ――多くのイタリア人はそう胸を張るだろう。だが実情はもっと複雑で、自慢できるような状況ではなさそうだ。


当然ながら、この国の治安当局もテロ封じ込めの努力はしている。ミラノに本部を置くイタリア政策研究所(ISPI)によると、18年1月から3月半ばまでにテロを企てた疑いで国外に追放された外国人は少なくとも27人に上る。


イタリア警察の公安部は3月末から4月初めにかけて一連の手入れを行い、複数の容疑者を逮捕した。ナポリにある「偽造書類工場」と呼ばれる施設も捜査の対象になった。警察によれば、ここで作製された偽造書類は欧州各地に潜むISISのメンバーに提供されていたという。


イタリアの警察は長年、組織犯罪と戦い、極左の「赤い旅団」やネオファシスト・グループなど国内のテロ組織に手を焼いてきた経験も持つ。テロ防止に成功しているのはそのおかげだとの見方もある。


英経済誌エコノミストはこれを「マフィア効果」と名付けた。60年代末から80年代半ばにかけてテロが相次いだ、いわゆる「鉛の時代」に、イタリアの警察と情報機関はマフィアとテロ組織の活動を監視するスキルを徹底的に磨いたというのだ。


組織犯罪を取り締まりやすい法律も整備されている。治安当局による通信傍受が「広範囲にわたって」認められているため、過激派の動きを監視しやすいと、ISPIの上級研究員アルトゥーロ・バルベリは指摘する。


また、フランスやベルギー、イギリスと違って、イタリア在住の過激派の多くは市民権を持たないため、疑わしいとなれば簡単に国外に追放できる。イタリアは植民地が少なかったため、イスラム教徒が多数を占める国から難民がどっと流入するようになったのはここ数年のこと。独立機関の調査によると、イタリアに住む約250万人のイスラム教徒のうち、市民権を取得している人は40%にすぎない。


攻撃の足場として利用


イタリア当局は「疑わしきは追放せよ」という方針を取っていると、安全保障と国際関係の専門家フランチェスコ・ストラッツァリは言う。「市民権があれば、おいそれとは逮捕できないが、非市民なら些細な理由で追放できる」


とはいえ、警察の取り締まりが万全だからテロが起きないと結論付けるのは早い。テロリストがイタリアを足場にして、近隣諸国で大規模な攻撃を成功させた事例はいくつもあるからだ。


17年6月にロンドン橋で通行人を次々に車ではねた3人組の1人、ユセフ・ザグバはモロッコ系イタリア人で、16年まで家族と共にボローニャに住んでいた。彼は16年3月、ボローニャの空港でトルコ行きの飛行機に乗ろうとして警察に止められた。シリアでISISに加わる疑いが持たれたからだ。しかし証拠不十分で逮捕には至らず、イタリア国籍を持つため国外追放処分にもならなかった。


16年12月にベルリンのクリスマスマーケットにトラックで突入したチュニジア人アニス・アムリも、11年に祖国からイタリアに渡り、放火などの罪で4年間イタリアの刑務所で服役した経歴がある。イタリア当局は、この間に過激思想に染まったものとみている。彼は15年にドイツに不法入国し、犯行後イタリアに逃れたが、事件の4日後にミラノ郊外で警官に射殺された。


15年11月のパリ同時多発テロの実行犯の1人であるサラ・アブデスラムは、ナポリの「偽造書類工場」で作製された偽造書類を所持していた。この施設は16年3月にブリュッセルで起きた連続テロの実行犯にも偽造書類を提供していたと、イタリア当局はみている。


16年7月に南仏のニースで花火見物客の群れにトラックが突っ込んだ事件の実行犯モハメド・ラフエジブフレルもたびたびイタリアを訪れており、イタリアの過激派とつながりがあったとみられている。


後方基地では暴れない


どうやらイタリアの過激派は国内では息を潜め、他国での攻撃に加担しているようだ。なぜか。考えられるのは、国内の監視が厳しいため、犯行を国外に限定しているということだ。イタリア当局は国内のテロ対策には熱心でも、国際的な連携によるテロ封じ込めには消極的だ。


もちろん、疑わしい人物を近隣諸国に知らせる義務は果たしている。ザグバの情報も、EUの安全保障データベースであるシェンゲン情報システムに入力されていた。だが、それだけではイギリス当局が警戒するには不十分だった。テロ事件後、ロンドン警視庁は「警察も情報機関も(ザグバを)監視していなかった」と認めている。


もう1つ、イタリアは過激派にとって魅力的なターゲットではないという事情もありそうだ。イタリアは国際社会であまり存在感を発揮していないと、ストラッツァリは指摘する。ISISが標的としてローマを名指しするとき、狙いはカトリックの総本山である法王庁であって、イタリアの首都を指しているわけではない。


何よりイタリアには、テロ攻撃の拠点として好都合な条件がそろっている。地理的には昔からアラブ世界から西欧に入る玄関口だった。しかもマフィアの本拠地であるため、書類偽造のプロ集団がいる。


そのため国際テロ組織は、イタリアを他国で攻撃を行うための「停泊場所、兵站拠点」にしてきたと、ストラッツァリは言う。「(イタリアはテロの)前線ではなく、後方基地だ。後方基地で暴れるバカはいない」


From Foreign Policy Magazine


<本誌2018年5月29日号[最新号]掲載>



アンナ・モミリアーノ


このニュースに関するつぶやき

  • イタリアマフィアの力は絶大だ。彼らの恩恵でテロが無いと言うのは当たっている。だからと言ってイタリアは安心して旅行出来る国ではない。小さい犯罪は毎日ある。イタリアに旅行なさる方、皆さん気を引き締めて!!
    • イイネ!6
    • コメント 2件

つぶやき一覧へ(1件)

前日のランキングへ

ニュース設定