私たちは今“メジャーBL”の破壊力にやられている! 腐女子を解放する『おっさんずラブ』の革命

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2018年05月25日 06:02  リアルサウンド

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 最終回まで残すところ、あと2話となった『おっさんずラブ』(テレビ朝日系)。実はリアルタイムの視聴率ではヒットしているとは言えないのだが、Twitterやpixivを中心にネットでは大盛り上がりだ。吉田鋼太郎が演じるキャラ名で開設された公式Instagram「武蔵の部屋」は39万6000人(5月23日現在)のフォロワーがいるほど。BL(ボーイズラブ)が好きな女性たち、いわゆる “腐女子”がネット上で「尊い」、「(すばらしすぎて)ムリ」、「課金させてください」と最大級の萌えを表明している。


参考:田中圭×林遣都、2人のデートに騒然 『おっさんずラブ』予測不可能な展開に


 とある不動産会社の営業所で、スキだらけの天然系男子・春田(田中圭)をめぐり、“できる”部長・黒澤(吉田鋼太郎)と“できる”後輩・牧(林遣都)が三角関係を展開してきたこのドラマ。この3人だけでなく、武川主任(眞島秀和)も牧の元カレだと判明し、男同士の四角関係に発展している。さらに、部長に離婚を切り出された元妻・蝶子(大塚寧々)には新入社員の男子がアタック中という、どう見てもラブ線多すぎの職場。バブル期のトレンディドラマ並みにあちこちで恋の花が咲いている。


 つまり、30年前にトレンディドラマが「男×女」でやっていたことを「男×男」でやる。黒澤部長の「好きです!」という熱い告白も、年下のイケメンである牧からの強引なキスも、主人公が女性ならいくらでも連続ドラマが見せてきた展開だ。例えば、現在も『花のち晴れ〜花男 Next Season〜』(TBS系)で杉咲花演じるヒロイン、音が同級生の晴(平野紫耀)と婚約者の天馬(中川大志)の2人から思いを寄せられ、「どっちを選ぶ?」と迫られているように。そんなありきたりともいえるラブストーリーのパターンが、こんなにも新鮮に映るとは。そう、男同士ならね。


 しかし、BLに面識のない層には新鮮に見えるこの物語も、“腐女子”から見れば、王道中の王道といえる。『おっさんずラブ』は、BLコミックや漫画で言えばサラリーマンものというジャンルで、さらに嗜好別には春田と牧のカップリングなら「ヘタレ攻(春田)×健気受(牧)」というところ。逆の牧春だとしたら、「健気攻(スパダリ要素あり)×ノンケ受」か。ちなみに筆者は春牧派だが、最も支持が多いのは牧春派らしい。また、『おっさんずラブ』というタイトルを象徴する黒澤部長を番組PRのとおり“ヒロイン”と見るなら「おじさん受」になり、それも立派なというか一定ニーズのあるBLの嗜好である。


 腐女子たちからすれば、先行して放送された単発ドラマ版や連ドラスタート時は「えっ、こんな私たちのためのような企画を地上波でやってくれるの?」「本当にBLのことを分かって作っているの?」という戸惑いの方が大きかったかもしれない。しかし、その半信半疑な気持ちもすぐ歓喜に変わった。腐女子心を知り尽くし、萌えを散りばめた脚本(脚本家は男性!)とポップで楽しい演出、そして、連続ドラマの常連である第一線の俳優たちが男同士の恋に苦悩するキャラクターの細かい心理まで表現し、これまでのマイナーなBL実写作品に比べれば引き込む力が半端ない。ドラマという映像作品も漫画や小説と同じ二次元媒体ではあるのだが、そこは実在する三次元の役者が演じているがゆえに破壊力ばつぐん。「こ、これが連続ドラマクオリティか…」と萌えを発動しすぎて放送終了後は放心状態になってしまう腐女子が続出しているのも当然だろう。


 これまでドラマでは、ここまで全面的に腐女子をターゲットにした作品はなく、実写に萌えるタイプの腐女子は、たまに突然変異のように生まれる男男関係エピソードを見逃さないようにキャッチするしか、楽しむ方法はなかった。それも『相棒』(テレビ朝日系)の「ピルイーター」、大河ドラマ『平清盛』(NHK)で平重盛が藤原頼長に襲われる回、『MOZU』シリーズ(TBS系)で長谷川博己と吉田鋼太郎が演じたホモセクシャルを思わせる関係など、数えるほどしかない。古くは1993年の『同窓会』(日本テレビ系)というTOKIOメンバーが同性愛者を演じた衝撃作もあるのだが、公式に設定として同性愛カップルと発表されたのはやはり1月クールの『隣の家族は青く見える』(フジテレビ系)が最初と言っていいのではないだろうか。眞島秀和演じる渉と北村匠海演じる朔は、ドラマ発男性カップルとして空前の“わたさく”旋風を巻き起こした。それに続いて、やはりドラマオリジナルである『おっさんずラブ』が4月クールに満を持して登場したのだ。


 まるで突然の規制緩和。もう腐女子は自宅でもこそこそとBL漫画を読むのではなく、家族と一緒にBLドラマを見られるようになったのだろうか。職場でも堂々と「『おっさんずラブ』、面白いよね。キュンキュンするよね」と同僚たちと盛り上がっていいのだろうか。そうだとすれば、これは腐女子の解放である。


 しかし、BLが地上波ドラマというメジャーシーンに進出したと考えると、心配になってくるのは、『おっさんずラブ』のようなドラマが、実際に同性愛者である人からはどう見えるのだろうということだ。本作のキャラクターは、もともと女好きの春田はもちろん、無駄にダンディな黒澤部長や、ノンケのことを「あっちの人間」と言う同性愛者の牧と武川にしても、女性の恋愛対象となりうる男性ばかり。LGBTを描くというより、優先されているのはBLのお約束的な設定であり、リアリティに欠けると言えるかもしれない。


 女性のキャラクターも、「好きになるのに、男も女も関係ない」と明るく言ってのける春田の幼馴染ちず(内田理央)、30年連れ添った黒澤が部下の男を好きになって離婚されてもその恋を応援する妻・蝶子など、現実の女性に比べて理解がありすぎる。『隣の家族はー』で男性カップルを理解不能と言った主婦のように、すんなりとは受け入れられない女性がいる方がリアルではないだろうか。『おっさんずラブ』の女性は、やはりBLコミックによく登場する腐女子の投影に近いと思える。


 腐女子が萌えの対象として男同士の恋愛物語を楽しむのは、リアルに男男交際している人にとっては不愉快なのか、そうではないのか。BL的なドラマを放送するならば、また受け手として楽しむにも、ここは一考すべきポイント。しかし、当然ながらBL好きに現実の男性カップルを否定する人はいない。腐女子にとって都合良く考えるなら、妄想の産物であるBLや『おっさんずラブ』のようなドラマにも、差別や偏見をなくしていく効果があるのかも!?(小田慶子)


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