スポーツ賭博解禁に揺れるアメリカ、野球界には根強い抵抗 - 冷泉彰彦 プリンストン発 日本/アメリカ 新時代

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2018年05月31日 19:12  ニューズウィーク日本版

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ニューズウィーク日本版

<連邦最高裁で全米のスポーツ賭博を解禁する判決が――八百長疑惑の痛い過去がある野球をはじめ不祥事に見舞われたくないプロスポーツ界はほとんど反対していた>


2018年5月14日に、アメリカの連邦最高裁はスポーツ賭博を一部の例外を除いて全面的に禁止していた「PASPA法(1992年制定)」に対する違憲判決を下しました。これにより、同法は事実上効力停止の状態となり、全米各州はスポーツ賭博認可のための州法制定の作業に入っています。


この判決ですが、そもそもはニュージャージー州で2017年まで知事だった、クリス・クリスティ(共和党)が「スポーツ賭博をビジネスとして解禁したい」という意向を強く持っていたのが発端です。賭博場を開設する動きに出たニュージャージー州と、これに反発した全国学生スポーツ連盟の訴訟が最終的に最高裁まで持ち込まれたのでした。


ちなみに、クリスティは任期満了で退任しており、訴訟の一方の当事者は新任のビル・マーフィ知事に引き継がれましたが、民主党とは言え、ビジネス界(ゴールドマン・サックス)出身ということもあって、マーフィは訴訟を引き継いで勝訴に至った格好です。


その背景には、州内のギャンブル都市であるアトランティック・シティーが斜陽となり、トランプ・グループのホテル・カジノなども撤退する中で、ギャンブル産業を盛り返して雇用を確保したいという計算がありました。この点においては、民主党の州政の立場も同じということです。


一方で、最高裁がどうして違憲判決を出して、結果的に「スポーツ賭博の解禁」へ向けた強権を振るったのかというと、こちらは諸説があります。一つは、他でもないカジノ経営者だったトランプ大統領に悪く言えば迎合、よく言えば敬意を払ったという可能性があります。


もう少し複雑な見方としては、アメリカでは左派は連邦の統制、右派は州の独立独歩という政治志向が強かったのですが、保守派の判事はこれを「右派思想による連邦からの統制」というトレンドに変えようと考えているという説です。つまり、各州が勝手に「トランプに反抗して移民を保護」したり、「勝手に強目の銃規制をしたり」という動きに対して、連邦レベルでダメ出しをしようとしているのではないか、という可能性も指摘されています。


もう1つ、トランプ政権下で、ある程度右派的政策(スポーツ賭博解禁というのは規制緩和ですから立派な右派的政策です)を実現しておいて、その一方で肝心の勝負所に来たら政権に鉄槌を下すような判決を出して、最高裁の歴史的な権威を維持しようというバランス感覚ではないかという説もあります。


それはともかく、判決を受けて各州では、具体的な法律や規制の検討に入っているのですが、スポーツ界は困惑しています。まず、直接の訴訟当事者として敗訴した、全国学生スポーツ連盟(NCAA)は、特に大学のバスケットボールが心配だとしています。近年、大学のバスケットボール選手権は「マーチ・マッドネス(3月の熱狂)」と言われて、人気が過熱しています。ですから当然こうした大会は賭博の対象になるわけですが、万が一にも競技者が賭博をしたり、まして八百長疑惑などが発生したりすれば、一瞬のうちに人気が吹っ飛ぶ可能性があるからです。


プロスポーツ界も、ほとんどのスポーツが反対しました。とりわけ野球界には根強い抵抗があります。1919年に発生した「ワールドシリーズ八百長疑惑(ブラックソックス事件)」や、1989年に史上最高の打者と言われたピート・ローズが永久追放になった事件は、前者については事実関係に疑念が残り、後者については本人が後年に罪を認めて謝罪し、部分的な名誉回復もされました。


ですが、どちらも多くの野球ファンを落胆させ、競技そのものへの信頼が大きく揺らいだのは間違いありません。とにかく、そうした「痛い経験」をしているだけに、慎重の上にも慎重にというのが野球界のホンネであると言えます。


例えば、ニューヨーク州議会は、参考人に前ヤンキース監督のジョー・ジラルディを呼んで意見を聞くことになっていますが、そのジラルディは「最高裁判決が下った以上は、早く良い制度を作っていただくしかない。自分としては、議会にそうお願いするしかないが、野球人としては競技のクリーンさ(integrity)を保証する制度でなくてはダメだと思っています」と述べています。


賭博の対象スポーツの競技者が疑念を持たれて、結果的にスポーツに対する信頼や人気に影響が出ては大変です。そうした不祥事をどのように防止するのか、各州レベルではレギュレーションの詳細づくりに頭を痛めています。


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