米朝「核合意」の必要十分条件とは

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2018年06月07日 16:02  ニューズウィーク日本版

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ニューズウィーク日本版

<根深い誤解と相互不信が交渉迷走の背景に......トランプと金正恩は会談でどこに妥協点を見いだすのか>


果たして、米朝首脳会談は行われるのか。世界がその行方を見守るなか、会談実現をめぐる駆け引きはまるでジェットコースターのように急激な動きを見せている。3月上旬にドナルド・トランプ米大統領が金正恩(キム・ジョンウン)朝鮮労働党委員長からの首脳会談の申し出を受け入れたこと自体が驚きであったが、4月初めには当時のマイク・ポンペオCIA長官が訪朝し、4月27日の南北首脳会談を経て、米朝首脳会談に向け順調に調整が続いているかのように見えた。


しかし、「非核化を受け入れなければ北朝鮮はリビアの二の舞いになる」というマイク・ペンス米副大統領の発言に北朝鮮側が強く反発して会談の見送りを示唆すると、トランプは5月24日、会談の中止を通告する公開書簡を金に送付。ところがその数時間後には北朝鮮高官が会談に前向きな発言をし、トランプもこれも評価、続いて電撃的に板門店で南北首脳会談が開かれ、その直後に板門店、シンガポール、そしてニューヨークで首脳会談に向けた米朝間の事前調整が始まった。


本稿の脱稿直前に(6月1日)、ワシントンを訪問した金英哲(キム・ヨンチョル)朝鮮労働党中央委員会副委員長がトランプに金の親書を手渡し、トランプが当初の予定どおり6月12日に首脳会談を行うことを発表した。


米朝首脳会談をめぐる駆け引きは、会談の当日まで続くであろう。トランプは会談を数回行うことを示唆しているため、現時点では今後どのような展開があり得るかを予想することよりも、米朝それぞれが会談から何を得ようとしているのかを読み解くことのほうが重要だ。その分析から見えてくるのは、アメリカと北朝鮮の相互不信、そして誤解である。


まず、アメリカ側が求めているのは北朝鮮の非核化だ。正確に言えば、「完全かつ検証可能で不可逆的な非核化(CVID: Complete, Verifiable, and Irreversible Denuclearization)」である。


ただ、アメリカは核兵器に限らず生物・化学兵器を含めた全ての大量破壊兵器およびその運搬手段である弾道ミサイルの破棄も求めており、さらに、既に完成している北朝鮮の核ミサイル戦力を早急に国外に搬出し、開発能力についても関連物資・施設の搬出や破壊を求めていると考えられる。また、日本人拉致問題の解決や北朝鮮国内の人権問題の改善も、米国側にとっては重要な課題である。


一方で、北朝鮮が求めているのは朝鮮半島の非核化である。その中心となるのは、北朝鮮による核ミサイル放棄ではなく、北朝鮮の体制保証だ。いわば「完全かつ検証可能で不可逆的な体制保証(CVIG: Complete, Verifiable, and Irreversible security Guarantee)」こそが、北朝鮮が求めていることであろう。


これまでも、核開発放棄の見返りにアメリカとの国交正常化、米朝不可侵条約の締結、在韓米軍の査察あるいは撤収、さらにはアメリカから韓国への核の傘の提供の取りやめなどを求めてきた。政権が代わっても、その保証が続くことを求めるはずだ。体制保証が満足できる形で得られるまで自衛のために核ミサイル能力を手放さないというのが、北朝鮮の立場である。


5月26日に板門店で南北首脳会談を行った金正恩(左)と韓国の文在寅大統領 The Presidential Blue House-REUTERS


両者で違う「リビア方式」


このように、両者の非核化に対する考え方は180度近く異なっている。果たしてこの溝を首脳会談までに狭め、トップ同士が何らかの形で合意できるところまで行くのであろうか。アメリカ側の考えるCVIDは、北朝鮮が反発したためトランプ大統領が一旦は否定した「リビア方式」を基に行うことになるであろう。


ただし、「リビア方式」の画一的な定義というのは存在しない。ジョン・ボルトン大統領補佐官(国家安全保障担当)と北朝鮮、そしてトランプは、それぞれ異なる「リビア方式」に言及しているのである。


リビアのテロ活動に対してアメリカが科していた経済制裁を緩和させ、国際社会に復帰することを目指したカダフィ政権は03年、ブッシュ政権下のアメリカとイギリスに大量破壊兵器計画を破棄する意思を伝達。9カ月にわたる秘密交渉を経てIAEA(国際原子力機関)の査察を受け入れ、04年に入って米軍がリビアの核開発データや資材、濃縮ウランなどをリビア国外に空輸するなど非核化作業が実行された。


リビアは生物・化学兵器、長距離ミサイルの破棄にも応じ、これと引き換えに、アメリカはリビアとの国交正常化と制裁解除を行った。これが、ボルトンの言う「リビア方式」である。ボルトンは当時、軍縮担当の国務次官として一連のプロセスに深く関与していた。


他方で、北朝鮮が見るところの「リビア方式」はこれとは異なる。11年、リビアでは「アラブの春」のあおりを受けて民主化運動が高まった。カダフィ政権が平和的に民主化を求めていた市民のデモを武力で弾圧すると、オバマ政権は国連安保理で人道的介入を可能とする決議案を主導し、NATO軍がリビア軍に対する空爆を開始。同10月には欧米の支援を受けた反政府武装勢力がリビアを制圧し、ムアマル・カダフィ大佐は殺害された。これが、北朝鮮の頭にある「リビア方式」の結末だ。


北朝鮮は、カダフィ政権が核開発を放棄したことがNATO軍の介入を招いたとの教訓を引き出し、カダフィ政権の二の舞いを避けるためにも核武装は必要と、自らの核開発を正当化している。ブッシュ政権がリビアと国交正常化したにもかかわらず、オバマ政権になって内戦に介入したため、北朝鮮はアメリカの政策の一貫性にも強い猜疑心を持っていると考えられる。


米朝首脳会談開催をめぐる迷走は、以上のような非核化と体制保証に対する考え方の違いに加えて、根深い相互不信も大きな原因である。


そもそも米朝間に信頼関係がないことに加えて、5月半ばからは不信感をあおる出来事が相次いだ。5月16日、米韓の合同軍事演習「マックス・サンダー」に反発した北朝鮮が態度を硬化させた。北朝鮮からすれば、3月に「例年どおり」の米韓合同演習の実施に理解を示したにもかかわらず、前年まで投入されてこなかった最新鋭のF22ステルス戦闘機と核搭載可能なB52戦略爆撃機が投入されることが米韓による挑発に見えたからだ(B52は実際には投入されなかった)。


一方の米側は、北朝鮮が「マックス・サンダー」に反発した背景に中国の存在を感じ取った。3月下旬の中朝首脳会談は事前にアメリカ側に知らされていたが、5月初めの中朝会談については知らされていなかったからだ。


対話継続のポイントは


北朝鮮は4月20日にICBM(大陸間弾道ミサイル)の発射実験の停止と核実験の停止、そして北部の核実験場の閉鎖を発表し、5月24日には実際に海外メディアを招いて豊渓里(プンゲリ)の核実験場を爆破した。北朝鮮はこれらの措置についてもアメリカからの見返りを期待していたが、米側は応じなかった。


米側は実験場が既に使えない状態にあった可能性を指摘し、また当初実験場の閉鎖に報道陣に加えて専門家を招くとしていたにもかかわらず、実際には北朝鮮が専門家を招かず検証可能な形で行わなかったことに不信を強めた。


トランプが会談中止を発表したのは5月24日であったが、その数日前にシンガポールで予定されていた実務者協議に北朝鮮側が現れず、アメリカ側の不信感がさらに増し、会談の延期が検討されるようになっていた。


しかし、米朝とも首脳会談を行うことにはそれぞれ利益を見いだしている。アメリカにとっては、非核化に成功すれば大きな成果になるし、そうでなくても北朝鮮の真意を見定める機会となる。


筆者がトランプ政権関係者に取材したところによれば、トランプが会談をキャンセルしたのも、実際は会談を実現するための駆け引きの一環だったという。キャンセルを通告した結果、北朝鮮がどう出てくるかはいちかばちかのギャンブルであったというが、金正恩宛ての公開書簡にも、会談を実現したいとの強い意向が表れていた。


結果として北朝鮮側が歩み寄る態度を見せ始めたが、北朝鮮にとっても、取引可能なトランプの登場は千載一遇のチャンスである。米大統領と対等な立場で会うだけで、北朝鮮の指導者の国際的な地位が強まる。さらに体制保証を確実なものにできれば、三代にわたる金一族の悲願が達成されることになる。


これが、トランプが会談中止を表明してもなお、両者が会談実現に向けた事前調整を続けている理由だ。今後の展開については、現時点で予想することは困難である。会談は予定どおり6月12日に行われる見通しだが、延長または延期される可能性もある。また、1度では終わらず、2度、3度行われるかもしれない。もちろん、途中で会談が決裂する可能性も、排除はできない。トランプは、6月12日には何も署名しないと述べている。


果たして、米朝の対話が続くなかで非核化は達成されるのか。現時点では、非核化よりも、朝鮮戦争の終結に向けた動きが先に進む可能性が高い。確かなことは、米朝双方が譲歩をしなければ非核化に関する合意は結べないということだ。アメリカが求める非核化、そして北朝鮮が求める体制保証、それぞれのプロセスは複雑で時間もかかる。


両者が最初の会談後も引き続き対話の意思を維持していけるかどうかは、まずは目に見える形で両者が満足できる短期的な成果を生み出せるかどうかに懸かっている。


<本誌2018年6月12日号[最新号]掲載>


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小谷哲男(明海大学外国語学部准教授・日本国際問題研究所主任研究員)


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