米欧の報復関税合戦で中国が得る「漁夫の利」

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2018年06月11日 11:51  ニューズウィーク日本版

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ニューズウィーク日本版

<EUなどへの追加関税措置の決定で、アメリカは貿易戦争のうえで逆に不利になる>


トランプ米政権は5月末、「貿易上の不正行為」是正のため、カナダやメキシコ、EUから輸入する鉄鋼とアルミニウムに高関税を課すことを決めた。


3月にトランプ米大統領が中国などに対して追加関税を発表したが、この3カ国・地域は一時的に適用を除外されていた。それ以来、ぎりぎりの交渉が続いていたが、そのかいなく鉄鋼に25%、アルミに10%の追加関税が適用されることになった。


そもそも、この関税措置の狙いは世界的な鉄鋼の過剰生産解消にあった。供給がだぶついて安価になった輸入鉄鋼がアメリカなど先進国を席巻する問題が生じていたからだ。その意味で今回の懲罰的関税は、世界の鉄鋼生産の半分を占め、供給過剰を招いた張本人である中国に打撃を与えないという、的外れな措置だ。カナダなど3カ国・地域の生産量は合わせても12%余りにすぎない。


それどころか中国は追加関税が適用される4月になっても、鉄鋼生産を前年比5%近く増加。トランプ政権の保護主義政策が市場に逼迫感を与えたのか、中国の鉄鋼輸出も増えている。この状況を放置したまま、アメリカの緊密な貿易相手国であるカナダなどに強硬な措置を取るようでは、国際協調が欠かせない供給過剰対策が難しくなる。


しかもアメリカの強硬姿勢はEUなどに中国との経済関係強化へと促す可能性があると、ミッキー・カンター元米通商代表は言う。「アメリカが強硬になり制裁まで行うようになれば、アメリカの主要貿易国は中国に近づくしか手がなくなる」


特にEUとの外交関係が困難になるかもしれない。例えば、アメリカのイラン制裁再開にEUは猛反発している。関税問題で米欧関係がさらに悪化すれば、核問題について共通の利益を見いだすのはなおさら難しくなる。


予測不可能から大混乱へ


トランプ政権は「不公正貿易」への対抗策として、冷戦時代の古い法律を持ち出した。国家安全保障の脅威と見なされる輸入品に高関税を課すという法律だ。だが米鉄鋼業界が壊滅したわけではないし、国防に必要な生産量なら自国で十分賄える。それでもあえて関税措置を発動し、同じく安全保障上の脅威を理由として輸入車にさえ高関税を検討しているという。


事態は「予測不可能から大混乱へと転じた」と、国際貿易が専門のドリーン・エデルマン弁護士は指摘する。強硬策は報復の連鎖を招き、貿易戦争に発展しかねない。「滑りやすい危険な坂道に踏み込んでしまった」と、エデルマンは言う。


既にEUは報復関税をかける輸入品として、バーボンウイスキー、たばこ、オートバイなど総額30億ドル余りの候補リストを用意。カナダもトイレットペーパーやボールペンなど、さまざまな日用品の輸入に報復関税をかけると発表。アメリカの関税措置は全く受け入れられない、とトゥルドー首相は表明した。


さらにEUは、中国などで生産された鉄鋼が米関税を避けてヨーロッパに流入する事態を懸念。EU内の産業を保護するために輸入制限する構えだ。保護主義を嫌う国々も、同様に自国本位にならざるを得なくなる。


そうなれば、ただでさえ弱々しい世界貿易の回復に水を差し、景気の先行きも怪しくなる。アメリカは29年の大恐慌後、「高関税措置を試みたが、大失敗だった」と、カンターは言う。


その結果、報復合戦から経済はかえって悪化し、第二次大戦をも招いた。歴史は繰り返すのだろうか。


From Foreign Policy Magazine


<本誌2018年6月12日号掲載>


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キース・ジョンソン


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