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解放後も少年兵を苦しめ続ける心の傷と偏見

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2018年06月25日 11:32  ニューズウィーク日本版

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ニューズウィーク日本版

<民兵組織によって内戦に駆り出された子供たち――武装解除後も腐敗や偏見が彼らへの支援を阻む>


5年前、11歳のハッサン(仮名)は中央アフリカ共和国中部の町カガ・バンドロの自宅付近で父親を民兵に殺された。悲しみに暮れ怒りに燃える少数派イスラム系住民の少年は、公正な法の裁きなど信じることができなかった。彼が信じたものはただ一つ――カラシニコフ(AK47自動小銃)だ。


ハッサンはイスラム教徒主導の反政府勢力セレカに加わった。セレカは13年に国の大部分を制圧、これにキリスト教系民兵組織「反バラカ」が報復し、中央アフリカは内戦状態に陥った。


ハッサンの初仕事はテロ実行部隊の指揮官の護衛だった。3カ月後には補佐官に昇進、子供10人を含む50人の部下を率いることになった。「最初は怖かった」と、ハッサンは言う。「でもじきに怖いと思わなくなった。銃を持つことに慣れた」


少年兵の調達役も任され、ささやかな見返りを受け取ることもあった。「仕事は好きだった。特別な休暇にはたばことカネをもらった」


だが内戦激化に伴い、物資は不足し、敵も味方も死者数が増加。夜はたいてい林の中で眠った。護衛の際は自分の命令に逆らった民間人を撃った。「血をたくさん見た」と、ハッサンは言う。「町を襲った後は満足だった。でもすぐに敵が戻ってくるかもしれないと気付いて怖くなった」


流血は今も続く。内戦は16年前半に一時小康状態になったが、後半から再び激化。イスラム系の反政府勢力は分裂して、鉱物資源と貿易ルートの争奪戦を繰り広げている。


国連主導のタスクフォースが元少年兵の社会復帰に苦戦する一方、民兵組織は少年兵を増やして戦力強化を図っている。今年3月、ウルスラ・ミュラー国連人道問題担当事務次長は「16〜17年、武装集団による子供の募集・使用は50%増加した」と指摘。内戦も激化する一方だ。


武装解除も腐敗の温床に


ユニセフ(国連児童基金)によれば、数千人の子供が戦闘、調理、伝令、物資の運搬などに使われているという。「子供たちは内戦再燃の最大の犠牲者だ」と、ユニセフ西部・中部アフリカ地域事務所のマリー・ピエール・ポワリエ代表は言う。


04年以降、欧米諸国と国際機関は反乱を鎮圧し、民兵組織に戦闘員の動員解除と社会復帰への協力を促すべく、複数の武装解除プログラムに出資。武装解除に応じた戦闘員(子供も含む)に教育支援や職業訓練、雇用などを約束している。だが国連の統計によれば、14年以降に民兵組織から解放された1万2500人近い子供のうち、3分の1以上(約4500人)が今も援助を待っている。


武装解除プログラムは国連による平和構築の取り組みのカギだが、問題もある。交渉中に民兵組織の指揮官が国際NPOから支給品を奪い取ろうとしたり、戦闘員ではない子供や親戚を戦闘員と偽って見返りを得ようとするケースもあるという。


中央アフリカに詳しい米エール大学のルイーザ・ロンバード助教は、一部の武装解除プログラムを「腐敗の巣窟」と呼ぶ。担当者がカネでポストを売り、援助金が使途不明になっているのだ。ロンバードによれば、中央アフリカでは多くの人が「反乱はかつてないほど実を結んでいると考えている」。武装解除は民兵が「給与などさまざまな恩恵を受け取る最良の道」に思えるせいだ。


狩猟用の手製の銃を差し出し、洗練された武器は手元に残すケースもあるという。04〜07年に行われた同国最大規模の取り組みでは戦闘員約7500人が動員解除されたが、引き渡された銃はわずか417丁。それすら保管できず、お粗末なデータベースでは適切な追跡もできなかった。武器の定義も曖昧で、担当者が銃の代わりに軍帽などを受け取った例もあった。


地域が元少年兵を拒絶


国連中央アフリカ多面的統合安定化ミッション(MINUSCA)のケネス・グラック事務次長は「過去に問題のある慣行が数多く存在した」ことを認め、過ちを繰り返さないと主張した。


少年兵の社会復帰も容易ではない。全員が心に傷を負い、再出発のチャンスに抵抗する子供も多い。薬物乱用は珍しくなく、問題を複雑にする。「武装組織の子供たちは会ったときにこちらを見たがらない」と、カガ・バンドロで子供たちの保護活動をする男性は言う。「彼らは林の中でさまざまな光景を目にし、残虐で攻撃的になる。それでも彼らと向き合えば、自分たちの身に起きたことは間違っていると理解する」


次のハードルは家に帰ることだ。地元の指導者や支援活動家は子供たちが地域に溶け込みやすいよう働き掛けや取り組みを行うが、元少年兵という烙印のせいでコミュニティーが受け入れを拒む可能性がある。


ハッサンの今後は分からない。昨年9月に解放された元少年兵74人のうち、ハッサンを含む数十人が5カ月後にカガ・バンドロ郊外に集まった。内戦で受けた心の傷にどう向き合うか、ユニセフの活動家と話し合うためだ。


子供たちは靴を脱いでマンゴーの木陰で毛布の上にあぐらをかいていた。ハッサンは黒のスポーツウエアを着て無表情で座っていた。所持金はなくユニセフからの配給で暮らし、難民キャンプなどで暮らす家族とは今も離れ離れだ。


それでも内戦を乗り越えるとハッサンは心に決めている。新しい技能を身に付け、仕立て屋か修理工になるのが夢だ。「新しい人生を始めるんだ」




[2018.6.26号掲載]


ジャック・ロシュ


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