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【今週はこれを読め! エンタメ編】死に装束を縫う"終末の洋裁教室"〜蛭田亜紗子『エンディングドレス』

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2018年06月27日 19:12  BOOK STAND

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写真『エンディングドレス』蛭田 亜紗子 ポプラ社
『エンディングドレス』蛭田 亜紗子 ポプラ社
 かけがえのない家族は、同時に日常の一部でもある。好きで結婚した夫や妻も、元気に生まれてきてくれるだけでいいと願った我が子も、ともに暮らす中でアラも見えてくればあれこれと注文をつけたくなるような存在になっていく。それはまったくもってふつうのことだし、微笑ましくもある。その日常が何の問題もなく続いている限りは。

 主人公の真嶋麻緒は32歳。読み始めてすぐ、だんなさんが亡くなったのかなとなんとなくわかる。そして麻緒自身も命を絶とうとしていることも。首を吊るつもりでロープを買いに行った店で、麻緒はある裁縫教室の張り紙を見つける。それは死に装束を自分で縫う生徒を募集するための案内だった。教室の説明会に参加してみると、麻緒以外の生徒はみんな年配の女性たちばかり。最高齢の千代子にいたっては92歳とのこと。他のは奥様然としたしのぶと、元ダンサーのリュウ。そして年齢の読めない講師・小針先生と、女性だけの「終末の洋裁教室」が始まった。先生によると、毎月ひとつの課題を出してそれに沿った服を仕上げ、全員の上達を確認しながら"死に装束=エンディングドレス"に取りかかる予定とのこと。予想していた以上に時間がかかることに戸惑いを覚えながらも、最初の課題について書かれた一筆箋(説明会の後に配られた封筒に入っていたもの。家に帰ってから開封するよう先生から指示されていた)に目を通す麻緒。そこにはたった一行、「はたちのときにいちばん気に入っていた服はなんですか?」と書かれていた...。

 なぜ麻緒の夫だった弦一郎は亡くなったのか。なぜ麻緒は弦一郎の後を追って死のうと思い詰めているのか。いくつかの疑問に対しては少しずつ答えが与えられる。弦一郎と出会ってから彼が亡くなった後に麻緒が下したさまざまな決断の中には、共感できるものもあるしそうでないものもあった。しかし、麻緒がすべて自分の責任であると覚悟して決めたことに、部外者がとやかく言えることはないだろうと思う。"もしあのとき別の道を選んでいたら"と後悔しても、その時点に戻って選び直すことはできない。弦一郎と出会ったことも、恋に落ちたことも、なかったことにはできないのだ。

 それはもちろん、麻緒だけに限ったことではない。千代子もしのぶもリュウも、そして小針先生も過去のつらい記憶を抱えて生きている。そしてきっと、我々読者すべてに当てはまることでもある。自分がつらいだけではない、周りをも傷つけてきたことだってあったかもしれない。図らずもしのぶさんが口にした「いまのわたしはとってもしあわせ。でもそれは、たくさんの身近な人を裏切って傷つけた上に成り立っているのよね」という言葉に、はっとさせられる。まったく身に覚えのないことで他人から恨みを買う場合もあるし、そういったことにまで四六時中すまなく感じるというのも違う気がするけれど、"申し訳ないことをした"という自覚があるならせめてその気持ちを忘れずにいるというのが誠実さだとも思える。少なくとも弦一郎は、麻緒の選択を受け入れたに違いない。彼は亡くなる瞬間まで、彼女の幸せを願っていただろうから。

 本書でもうひとつ印象的なのは、洋裁に関する描写である。私も器用だった祖母にきちんと習っておくべきだったと後悔しているのがお裁縫。型紙に合わせて布を裁ったり、ひとつひとつのパーツを縫い合わせて完成に近づいていったりする様子に、祖母の手仕事を思い出した。ものを作ることは心を癒やすことにもつながる。数えで12歳のときに両親と死別し私の母が2歳になる前に夫にも死なれた祖母にとって、裁縫は生計を立てる手段でもあったが、精神的にも支えとなっていたのならいいけれど。麻緒や教室の面々、そして先生にとっても、縫い物は自分と向き合うために必要な作業だったのではないか。彼女たちが再生していく姿に勇気づけられる読者は多いことだろう。

 著者の蛭田亜紗子さんは、2008年第7回「女による女のためのR-18 文学賞」大賞を受賞し、2010年に『自縄自縛の私』でデビュー。2か月ほど前、当コーナーで最近の小説すばる新人賞の充実ぶりについて触れさせていただいたが、「女による女のためのR-18 文学賞」の受賞者リストも最初期からすごい。このところ、初めて作品を読んだ著者について「この方、何で出てこられた作家かな?」とプロフィールを確認すると、立て続けに「女による女のためのR-18 文学賞」出身者が続いたことがあり、「あなたも? あら、あなたも!」とびっくりしたものだ。蛭田さんのTwitterを拝読したところ、『エンディングドレス』には「洋裁愛をぎちぎちに詰め込みました」と書かれていた。なるほど、描写がいきいきと目に浮かぶようだったのもうなづける。せっかく買ったのに家に帰って着てみたらいまいちだったブラウス、何年も放ってあったけどワンピースに作り替えてみようか。久しぶりに祖母のことをゆっくり思い出せるかも。

(松井ゆかり)



『エンディングドレス』
著者:蛭田 亜紗子
出版社:ポプラ社
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