シンガポール米朝首脳会談の夢から覚めて

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2018年07月20日 17:42  ニューズウィーク日本版

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ニューズウィーク日本版

<歴史的会談は壮大なトランプ劇場だった? ポンペオ米国務長官の手ぶら帰国が示唆する不都合な行く末>


マイク・ポンペオ米国務長官にとって、北朝鮮との交渉を進展させるというドナルド・トランプ米大統領の宣言を現実化するのは決して簡単なことではなかった。7月6〜7日に平壌を訪問したポンペオには、いくつもの大きな障害があった。


障害の一部は、トランプ政権が自ら招いたものだ。タカ派で有名なジョン・ボルトン大統領補佐官(国家安全保障問題担当)が非核化の期限を1年と発言したことに加えて、北朝鮮が核戦力の隠蔽をもくろんでいるという米当局の報告書が漏洩したことで、ポンペオは極めて困難な立場に立たされていた。


金正恩(キム・ジョンウン)朝鮮労働党委員長は、望むものは仲介者を抜きにトランプ本人から直接、手に入れられると確信している。トランプは米朝首脳会談の後の記者会見で「高額」かつ「挑発的」な戦争ゲーム(米韓合同軍事演習)をやめ、いずれは在韓米軍を撤退させたいと発言していた。


これを受けて、金がトランプを「御しやすい相手」と考えたとしても無理はない。そしてトランプが側近をないがしろにする傾向があり、かつての側近の多くがホワイトハウスを去っていることを考えれば、金にとっては、大きな代償を払ってポンペオに譲歩する理由はない。


覚えているだろうか。レックス・ティラーソン前国務長官が北朝鮮との対話の可能性を模索して、トランプに「時間の無駄」と切り捨てられたことを。北朝鮮への先制攻撃を大統領に進言したH・R・マクマスター前大統領補佐官(国家安全保障問題担当)も事実上、更迭されたことを。また、ジェームズ・マティス国防長官が在韓米軍と米韓合同軍事演習は必要不可欠だと、繰り返し主張していたことを。


金は覚えている。そして彼は、米朝首脳会談前に米側の交渉担当者たちが核兵器や弾道ミサイルの放棄を書面で約束するよう強く求めていたものの、そんな約束を一切書かなくても、トランプはシンガポールで喜々として合意文書に署名してくれたことも覚えているだろう。


アメリカを「些細な問題で煩わせろ」というのが、金ファミリーに伝わる戦略だ。そうすればアメリカはいつまでたっても「完全かつ検証可能で不可逆的な非核化」のような核心の問題に到達できない。少しずつ少しずつ進展させれば、小さな譲歩でさえ高く評価される。


中国からの圧力が消えた


ポンペオにとって5月の平壌訪問は、北朝鮮に拘束されていた3人のアメリカ人の解放が主目的だった。そして今回の訪問では、トランプが誤って「既に果たされた」と述べた2つの約束――朝鮮戦争で死亡した米兵200人の遺骨返還と数多くあるミサイル発射実験場のうち1カ所の解体――の実行を北朝鮮に迫ったが、即時実行との言質を取ることはできなかった。


米朝首脳会談から3週間を経ても北朝鮮は2つの約束を実行に移しておらず、ポンペオが今回の訪問で成し得たのは「手順」に関する実務レベルでの話し合いのみ。これらの事実は、平壌がいまだ合意すらしていない、核物質の放棄や核製造施設の解体などの真に重要な問題については迅速な進展など望めそうにないことを示唆している。


ポンペオにとって最大の問題は、対北制裁の圧力が弱まっていることだ。トランプ政権は北朝鮮に対する厳しい制裁を維持するとしているが、ポンペオ自身、中国が対北制裁を緩和していることを認めている。北朝鮮を交渉のテーブルに着かせた「最大限の圧力」は今や、中国の協力がなくなったことで「最小限の圧力」と化している。


置き去りにされる日本


理論上は今も対北制裁が維持されているが、制裁は中国の積極的な協力があって初めて効力を発揮するもの。今やそれがなくなり、6月には中国国際航空が平壌行きの便の再開を発表し、北朝鮮を訪れる中国人観光客が増えている。北朝鮮から中国に入る出稼ぎ労働者も再び増加し、中朝国境の不動産価格が上昇。北朝鮮は中国への石炭輸出を再開、中国は海上で船から船へ積み荷を移す「瀬取り」で石油を輸出している。さらに中国政府は制裁解除を提案している。


最も重要なのは、3カ月という短期間に3回訪中した金を、習近平(シー・チンピン)国家主席が大々的に温かく歓迎したことで、中国の実業家や闇商人たちに明白な「ゴーサイン」を出したことだ。これで、取引を行う上でのポンペオの交渉力は損なわれた。


最初は戦争に、その後は唐突に北との対話へとジグザグに歩を進めて同盟諸国の不意を突くことで、トランプはアメリカへの信頼を揺るがし、ルールのない自由参加の競争を開始した。


金はこの状況を利用して韓国、中国、ロシア政府と個別に取引を行っており、これらの国々がアメリカに対し要求の軟化とさらなる譲歩を強く求めている。


外交プロセスで置き去りにされ、トランプの在韓米軍撤退発言に衝撃を受けた日本は、アメリカの核の傘なしにどうやって北朝鮮の核搭載ミサイルから身を守るかを考え始めている。マティスとポンペオは、最近の日韓との会談をはじめ、同盟諸国を安心させようと苦心しているが、トランプの行動に照らすとどれもむなしく聞こえる。


北朝鮮がポンペオを「ギャングのような発想の要求」をしていると批判したことを受けて韓国大統領の報道官が述べたように、千里の道も一歩から始まるのは確かだ。だが北朝鮮の核の脅威は地雷原であり、トランプ政権がさらなる「踏み間違い」を回避することができなければ、その旅が成功することはないだろう。


From Foreign Policy Magazine


<本誌2018年7月24日号掲載>


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ダニエル・ラッセル(オバマ政権時代の元米国務次官補)


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  • 動かざること山の如し、鳴かぬなら鳴くまで待とう時鳥、この記者は知らないのかw日本は北なんか放置プレイで良いんだよw
    • イイネ!33
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