日本の災害で、早めの避難指示を妨げるもの - 冷泉彰彦 プリンストン発 日本/アメリカ 新時代

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2018年07月24日 17:42  ニューズウィーク日本版

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ニューズウィーク日本版

<アメリカでは災害が予測されると、強制力が強い「避難命令」が出される。警察や州兵が避難を強制するが、そこでは日本のような「上下関係」は存在しない>


アメリカで最大の自然災害といえば、大西洋で発達して東海岸からフロリダ半島、そしてメキシコ湾岸を襲うハリケーンではないかと思います。ハリケーンが接近しますと、通常は気象情報にしたがって上陸予測時刻の2日前ぐらいから「非常事態宣言」が出され、例えば標高が低く高潮被害の予想される地域などでは「マンデタリー(強制的)」な避難命令が出ます。


その結果として、毎年のように家族全員と家財道具を乗せた自動車が殺到して、高速道路が大渋滞になるシーンがテレビで報じられます。もちろんどんな時も、事前の避難がうまくいくわけではなく、2005年の「ハリケーンカトリーナ」の場合は、フロリダを抜けてメキシコ湾に入ってから、あそこまで急速に発達するということは予想できず、避難体制の不備から大きな被害を出してしまいました。


そうした失敗例はあるのですが、少なくとも接近が予想された時点で、例えば風や雨がまだ来る前に、避難指示が出されて、大規模な人口が移動するという点では、非常事態宣言や避難命令の体制は機能していると言えます。


そうした習慣に慣れてしまうと、日本の気象災害において、大雪の予報が出ていて交通の混乱が予想されても出勤するとか、豪雨の予報が出ていても「実際に避難が難しいぐらいの大雨」にならないと避難命令が出ないという実態は「もどかしく」見えてしまいます。


台風のようにコースも速度もある程度把握ができていて、災害の発生時刻も予想できる場合でも、避難指示が「事前に」、つまり天候が安定していて安全に避難ができるタイミングで出ることは少ないようです。


では、アメリカの場合はどうして「事前の避難」が機能しているのでしょうか?


強制避難命令というのは、英語では「マンデタリー・エヴァキュエーション」で、文字通り「強制」です。ですから、危険な地域では地元の警察や州兵が動員されて、避難の徹底が行われることになります。この「強制(マンデタリー)」というのは非常に強い言葉です。ですが、上から下に力で押さえつけるというニュアンスはありません。


あくまで機能として警察や州兵は危険地域を巡回しながら「避難を強制」していくのです。では、例外は全く認められないのかというと、必ずしもそうではなく、通信やエネルギーの拠点を管理するエンジニアが「業務上残る」と言えば、それを認めて風雨が強まった後は、その人たちの安否を気遣う行動が取られます。


また、アメリカには「ハリケーン・パーティ」と言って、若い男性のグループなどが「プランク(悪ふざけ)」としてわざわざハリケーンの風雨の中で酒を飲んで騒ぐというカルチャーがあります。避難対象地域の中でも比較的穏やかなエリアなどでは、そうした行為が「見て見ぬふり」になることもあります。ただし、悪質な場合は身柄拘束や逮捕ということもあり、その判断は現場に委ねられています。


ですから、「強制避難命令」を「出す方」も「受ける方」も実に事務的で、妙な張り合いもなく、万事が淡々と進むのです。もっと言えば、そこに「上下関係がない」ということが重要です。


日本の場合は、これは言葉の問題になりますが、避難「勧告」にしても「指示」にしても、言葉としてどうしても「権威や権力がある支配者(お上)」が「被支配者(庶民)」に対して一方的に発するものというニュアンスが伴います。


そうすると、江戸時代からの伝統カルチャーである「へそ曲がりの反権力」という感情が邪魔をして、人々が避難をためらうとか、仮に事前避難を実施したとして、災害がなく「空振り」に終わった場合には、猛烈な非難を覚悟しなくてはならないということになるわけです。


問題は、言葉に付随してしまう「上下のニュアンス」ということで、ここをどうクリアしていくのかが成否を分けるのではないかと思います。昨今は危機感を伝えるために「命に関わる」とか「10年に一度の」といった形容を工夫するようになっていますが、どうしても「上下のニュアンス」からは自由になれないようで、「10年に一度と言われても昨年もそうだった」などという「反発」が出てしまうわけです。


危機感を「対等なニュアンス」でしっかり伝える方法として「顔の見える個人」が訴えるという方法があります。アメリカの場合、通常は州知事がテレビ演説して非常事態宣言や避難命令を出します。


ではアメリカの場合は万事うまく行っているのかというと、そうでもなく、ニューヨークでは前任のブルームバーク市長の時代に、ハリケーンの高潮について大規模な避難命令を出したにも関わらず、ハリケーンの進路がずれて「空振り」に終わったことがありました。この時は、市長には批判が集中しました。ちなみにその後、やはり高潮被害が予想された際には、今度は市長の代わりにクオモ知事が宣言役を引き受けて「オオカミ少年現象」を回避、この時は実際に被害が出て「避難しておいて良かった」となったこともありました。


日本政府は、今回の西日本豪雨における災害を受けて、今後は避難指示のタイミングを繰り上げることを検討するとしています。必要なことだと思いますが、これを成功させるには、「言語表現を工夫して上から下というニュアンスを避ける」とか「顔の見えるリーダーが直接訴えかける」といった方法論を試行して行くことが必要ではないかと思います。


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  • 本来なら危機のリーダーシップを担うはずの地方行政に危機管理能力が無いのが最大の原因。自衛隊には出動要請前に自主的に行動するのを容認すべきw!
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