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自己実現か社会貢献か、物質主義か非物質主義か──古い「転職」観は捨てよ

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2018年07月30日 17:42  ニューズウィーク日本版

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ニューズウィーク日本版

<かつて転職がタブーだった日本だが、欧米でも長らく垂直的職業移動は難しかった。いま転職をどう考えるべきか>


日本が高度成長への助走をはじめた1960年代以降、サラリーマンにとって、会社はわが家と同様な存在になってきた。「モーレツ社員」「会社人間」等の言葉が世間に出回ってきたのは丁度この頃である。家族のために、身を捨てて働く――まさに「忠臣蔵」の忠臣のごとく、日本のサラリーマンは企業のために献身していたのである。


その根底には、経営者は「親」であり、従業員は「子」であるという<温情主義的経営>(paternalistic management)の価値観が存続していたことがある。それを支えていたのが「終身雇用」という雇用慣行であった。いったん、その会社に身を委ねてしまえば、一生、会社のために尽くすという「運命共同体的な精神」が経営者にも従業員にも共有されていたのである。


この時代、「転職」はタブーであり、「ころがる石には苔がつかない」といった言葉に代表されるように、転職する人間は社会のはずれ者か、外資に魂を売った人間か、といったような見方をされていた。


ドイツでは10歳で選択、階級移動は欧米では難しい


「転職」という言葉は比較的新しい言葉であり、「勤め先(会社)あるいは雇用主を変えること」を意味している(渡辺深『転職のすすめ』講談社現代新書、1999年)。


これに対して欧米では、「転職」に相当する言葉(社会学用語)としては「職業移動」(occupational mobility)がある。これは「職種や職位などによって規定される、職業上の位置の変化」であり、(1)経済的・社会的水準の変化を伴わない<水平的職業移動>と、(2)経済的・社会的水準の変化を伴う<垂直的職業移動>がある、とされている(濱嶋朗他編『社会学小事典』有斐閣、1997年)。


同じ職種間の移動や異なる職種間の移動、つまり、ブルーカラー層内での職種の移動(水平的移動)とブルーカラー層からホワイトカラー層への移動(垂直的移動)の2種類があるということだ。


これは日本では珍しいことではないが、欧米のように伝統的な階級社会では、ブルーカラー層からホワイトカラー層への職業移動はきわめて難しいのが実態だ。


英国の「鉄の女」といわれた、故サッチャー女史の生家は食糧雑貨商(父親は地元の名士で、市長まで務めた)だが、オックスフォード大学を卒業後、企業の研究員を経て、弁護士になり、国会議員になって、首相まで上りつめ、貴族(一代貴族)となった希有な例だ。


ドイツでは、若者は基礎学校(日本の小学校に相当し4年制−10歳まで)を終えると、(1)技術系の中等学校(基幹学校・実科学校と呼ばれる)か、(2)ギムナジウム(大学進学のための学校)、のいずれかの進学選択をすることによって、将来の所属階層、すなわち、下流階級か上流階級ないし中流階級か、という人生選択の道が決められるのである。


日本も第二次世界大戦以前は、貴族・官僚・経営者等が社会の上流階級で、農業従事・商人・労働者等は下流階級であった。同じ職種間の移動は可能であったが、下流階級から上流階級への移動はきわめて困難であった。


戦後の民主主義社会になり、経済的にも安定した高度成長期になると職業移動は安定化したが、経済のグローバル化が進展し、世界的にも景気が後退期に入る1990年代になると、サラリーマンの「転職率」(労働者に占める転職者の割合)が従来の3〜4%前後から、5%以上へと次第に高くなってきた。


この背景には、高学歴化や自発的な職業選択、より報酬の高い職業を求める経済的な欲求の高まりなどがあげられる。


筆者の友人の中にも、より高い生活保障給を求めて、日本の企業から外資系の企業へ転身したり、日本の大手企業から外国の大手企業へ移ったりしていく者もいた。もちろん、まずは卓越した語学力が必要であり、その分野のエキスパートとしての能力がなければこうした転職は不可能だ。


ただ高い報酬を求めるのではなく、「人生四毛作」で転職を


一般に「転職」には、(1)仕事志向的(物質主義的)〜金を稼ぐために転職する、(2)自己実現志向的(非物質主義的)〜個人としての生きがいのある仕事(自己実現)を求めて転職する、(3)中間志向的(物質主義的+非物質主義的)〜世の中に役に立つべく、社会的使命をもった仕事(有給の非営利組織等)に転職する、といったようなパターンがみられる。


「転職」といえば、より高い労働対価を求めて転職するのが基本であるが、報酬は低くでも生きがいのある仕事をしたいという、上記(2)のパターンが増えてきたのが最近の傾向である。


これまで日本人の職業意識においては「一社一生」という考え方が一般的であったが、今日では、人生は一回きりだから、自分のやりたい仕事をしようという人たちが増えていることは確かだ。大手企業のサラリーマンから、農業や漁業といった第一次産業への転身を図る人も最近では見かけるようになった。


いろいろな職業経験を経て、最終的に、自分のやりたい仕事をするというのがサラリーマンの理想である。「転職」はそのためのチャンスであり、修行でもある。こうした目的を達成していくためには、思いつきでやってもうまくいかない。


自らのライフデザイン(人生設計)を最初の就職時からきちんと決めておくことが大切だ。筆者は「人生四毛作」論を提唱している。就職時の22歳から定年時の60歳までの約40年間を10年ごとに区切って、「転職」することで、経験を積み重ね、最終的には自分のやりたい仕事をやるように目標設定することだ。


最初の10年間(22〜32歳)は「基礎能力養成期間」、次の10年間(32〜42歳)は「能力展開期間」、40代からの10年間(42〜52歳)は「成熟期」であり、次の離陸のための準備期間である。最後の10年間(実際には、52〜60歳の8年間)は「離陸期」、次の人生のための戦略的ネットワーク拡大期間となる。


これは長期的なキャリア形成のためのプランである。こうした準備期間を怠ったために、早期退職し、起業や転職に失敗した例を数多く筆者は見てきた。


「転職」は単に高い報酬を得るための職業移動ではなく、自らの潜在能力を発見し、それを発展させていくための機会であるともに、有能な人材とネットワークを形成し、拡大していくための就業機会なのである。


自分の能力、すなわち「顕在能力」(現在の実力)を客観的に分析し、その長所・欠点を把握した上で、「潜在能力」(将来伸びる可能性のある期待値的な実力)を転職によって見出し、高めていくことで、自らの人生目標を達成することが可能となる。


転職はあくまでも手段であり、目的ではないことを忘れてはならない。


[筆者]


松野 弘


博士(人間科学)。千葉大学客員教授。早稲田大学スポーツビジネス研究所・スポーツCSR研究会会長。大学未来総合研究所所長、現代社会総合研究所所長。日本大学文理学部教授、大学院総合社会情報研究科教授、千葉大学大学院人文社会科学研究科教授、千葉商科大学人間社会学部教授を歴任。『現代社会論』『現代環境思想論』(以上、ミネルヴァ書房)、『大学教授の資格』(NTT出版)、『環境思想とは何か』(ちくま新書)、『大学生のための知的勉強術』(講談社現代新書)など著作多数。




松野 弘(千葉大学客員教授、現代社会総合研究所所長)


このニュースに関するつぶやき

  • こんだけ技術が進歩してるのに自分に向いてる仕事が何か判定できないもんなのかね。
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  • 自称君……その発言は、以前の【起業】の話と矛盾が生じる。しかも【職業選択の自由】は法で定められていることだ。発言する毎に矛盾が生じるんだから、もう止めたら?
    • イイネ!7
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