日朝極秘接触リークの背後に日米離間を狙う中国が――米国の対中制裁の抜け道を日本に求める

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2018年09月03日 13:22  ニューズウィーク日本版

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ニューズウィーク日本版

7月の日朝極秘接触をリークしたのは韓国だと鈴木棟一氏が書いているが、その背後に日米離間を狙う中国の影がちらつく。中国は米国の制裁逃れの抜け道を必死で日本に求めている。その証左に露骨な対日懐柔策を見よ!


日朝極秘接触をなぜ米国は不快に思ったのか?


米国のワシントン・ポスト電子版は7月28日、複数の米政府高官の話として、日本の北村内閣情報官と北朝鮮統一戦線部の金聖恵(キム・ソンヘ)統一戦線策略室長が7月にベトナムで極秘に接触したと報じた。複数の米政府高官は、「北朝鮮情勢をめぐり、米政府側は常に最新情報を日本側に提供しているにもかかわらず、日本政府が接触の事実を事前に伝えなかったこと」に不快感を示したという。


特に拉致問題に関して、安倍首相は何度もトランプ大統領にお願いして、6月12日のシンガポールにおける米朝首脳会談で、必ず金正恩委員長に話をしてくれと頼んだ。だからトランプは初めての会談で、金正恩が最も嫌がることを持ち出すのは本意ではなかっただろうが、それでも安倍首相の懇願を聞き入れて、金正恩に拉致問題に関して言ったようだ。


それなのに翌月には、あたかも「トランプの力を信用していないかのように」、日本が直接、北朝鮮と接触し、「おまけにそれをトランプには事前に知らせなかったこと」を8月になってようやく知ったトランプは、きっと激怒したにちがいない。


しかしさすがに「100%共にある」と誓い合った「安倍・トランプ」関係だ。いつものように反射的に「安倍よ、お前は100%俺とともにいると言ったではないか。だから俺に不利になるのにもかかわらず、約束を守って金正恩に拉致問題を提起したのだ。だというのに、この俺様をよくも裏切ったな!」とツイートするわけにはいくまい。


そこで怒りの収まらないトランプが、周辺の米政府高官らに、この事実をリークするよう、仕向けたのではないだろうか。


ここまではワシントン・ポストの情報で想像がつく。


韓国が仲介し、韓国がリーク?


問題は、その「極秘の接触」を誰がアメリカ側に知らせたかだ。


この謎を解き明かしたのが、夕刊フジ「風雲永田町」(5903回)の鈴木棟一氏だ。鈴木氏はおおむね以下のように解説している。


1.そもそも日朝の極秘接触を仲介したのは韓国のCIA(中央情報局)に相当する国家情報院ではないか。


2.したがって、アメリカがこの極秘情報を入手したのも、韓国からではないか。


3.なぜなら、日本の内閣情報調査室(内調)と韓国の国家情報院は関係が深い。


鈴木氏は「風雲永田町」のコラムを約6000回にわたって書き続けてきた永田町関係のベテラン政治評論家だ。日本で、いや世界で、鈴木氏以外に永田町情報を詳細かつ正確に把握している人物はいないだろう。したがってコラムの信憑性は高く、むしろ「証拠は握っている」が、事の重大性に配慮し、敢えて「疑問形」あるいは「譲歩形」にして、抑制的に書いていると感じた。


なぜ韓国はリークしたのか?


それなら、なぜ韓国はリークする必要があったのだろうか?


せっかく極秘で、そしてきっとかなり苦労して日朝を結びつけたはずである。


だというのに、なぜ、明らかに日本を苦境に陥れると分かっている情報を漏らしてしまう必要があったのだろうか?この情報をリークしてしまうことによって、韓国に何かメリットがあるかと言えば、日本との信用を落して損するだけで、表面上は「メリットはない」ように見えるだろう。良識的な論理から言えば、そうなる。


しかし、別の角度から周辺情勢を俯瞰すると、全く別の国際情勢が見えてくる。


まず、日本がどのように困るかと言うと、「日米関係に溝ができてしまう」ことである。


では、「日米関係に溝ができた場合に、喜ぶのは誰か」を考えてみよう。


しかも「韓国に指示できるのは誰か」という束縛条件も外すわけにいかない。


となると、正解は「中国」という線が浮かぶ。


いや、「中国」以外にないだろう。


中国は今、非常にせっぱ詰まった状態で、なんとか「日米離間」を図っている。


なぜか?


その謎解きを試みる。


中国は米国による対中制裁の抜け道を日本に求めている


トランプ政権の中国に対する高関税と禁輸制裁は、激しく燃え上がるばかりだ。その内容は多くのメディアが書いているので、ここでは省略する。


今般の分析で焦点を当てなければならないのは、ザッと分類すれば以下の二点だ。


一、米国が対中輸入品に高関税をかけるターゲットはハイテク製品である。


二、米国は、中国がハイテク製品生産に必要な半導体や半導体製造装置などの電子部品の対中輸出を禁止あるいは規制する。なぜなら、米国が中国から輸入するハイテク製品の90.9%がスマホやパソコンであり、それらには米国の軍事情報を含めた機密情報を奪取する機能が填め込まれており、さまざまなスパイ行為やサイバー攻撃などが可能になっているからだ。


8月10日付のコラム<「BRICS+」でトランプに対抗する習近平――中国製造2025と米中貿易戦争>で述べたように、中国はハイテク製品生産量(輸出量)世界一を誇っているが、実は半導体などのコア技術に相当する「キー・パーツ」は、90%ほどが輸入品である。米日韓あるいは台湾などから輸入している。それを組み立ててハイテク製品を製造し、世界中に売りまくっているというのが現状だ。


このままでは中国は永遠に「組み立てプラットホーム」から抜け出せない後進国になってしまう。だから2015年から「中国製造(メイド・イン・チャイナ)2025」という国家計画を打ち立て、2025年までにはキー・パーツの70%を中国国産にして自給自足を図るという戦略で中国はいま動いている。そうしなければ、「習近平新時代の中国の特色ある社会主義思想」による一党支配体制を維持することもできない。なぜなら習近平政権の政権スローガンである「中華民族の偉大なる復興」による「中国の夢」を叶えることができないからだ。


しかしトランプは、この「中国製造2025」を実現させまいと、中国のハイテク分野に猛烈な攻撃をかけているのである。なぜなら、これが実現すれば、中国はハイテク分野において量的だけではなく質的にもアメリカを凌駕してしまうからだ。中国は、「トランプは中国の社会主義体制を崩壊させようとしている」と解釈している。


だから国運をかけてトランプの対中制裁と戦い、中国が受けるダメージを回避するために「日本に抜け道を求めようとしている」のである。


露骨な対日懐柔策――日米離間を図る中国


最近の日中の動向を、その視点で見まわしてみていただきたい。


中国は今年5月に李克強首相を訪日させた。輪番制により東京で開催される日中韓首脳会談に参加するためではあるが、このとき中国の鐘山商務部長が同行していたことを見逃してはならない。世耕経産大臣と会談したことを、中国政府の通信社「新華社」電子版の新華網は大きく伝えている。「鐘山・世耕」会談では、(米国の一国主義に反対して)「多国間貿易を推進する」ことを誓ったと、中央テレビ局CCTVも繰り返し伝えた。


鐘山は第19回党大会(2017年10月18日〜10月24日)が終わった11月21日にも訪日し、日中経済協会の宗岡会長や日本経団連の榊原会長らと会い、日中経済協力の重要性に関して話し合った。中華人民共和国商務部のウェブサイトが詳細を伝えた。


安倍首相自身、10月に予定されている訪中に胸を膨らませ、遠くない将来に実現するであろう習近平国家主席の訪日を、大きな政治業績の一つにしようと構えている。


先月の8月31日には麻生太郎財務大臣が中国のチャイナ・セブン党内序列ナンバー7の韓正国務院副総理(財務担当)と会談し、米国を念頭に「保護主義に反対する」と意気投合した。麻生氏は「今までの中で一番雰囲気が良かった」と嬉しそうに語ったばかりだ。CCTVがその笑顔を「戦利品のごとく」大写しにした。


自民党の二階俊博幹事長も負けていない。8月31日に北京の中南海で、王岐山国家副主席と会談し、満面の笑みで王岐山の訪日を呼びかけ、安倍首相訪中の花道を飾ろうとしている。


このような「日中友好真っ盛り」の雰囲気を、中国が必死になって「戦略的に」創り出そうとしているのは、ほかでもない、米国の対中制裁の抜け道を日本に求めているからだ。つまり、国運をかけて日米離間を目論んでいる。


韓国はなぜ中国の指示に従うのか?


だから韓国にリークせよと持ちかけた。


中韓で情報を共有しているだろうことは、まず前提として、なぜ韓国は中国の指示に従わねばならないのかを最後に考察する。


一つ目は例のTHAADの韓国配備に関する中国の報復措置の解除は、まだ完全には実行されていない。この経済報復を完全解除してくれないと、中国への輸出に依存している韓国経済は立ち行かない。


そこに、この半導体問題。


もし中国が韓国からの輸入を増やさずに、日本あるいは台湾からの輸入を増やしてアメリカによる制裁の悪影響を回避するとすれば、韓国経済はさらなる打撃を受ける。だから中国は対日懐柔をする一方で、韓国が「日米離間」のために動いてくれれば、決して韓国を見捨てないと「すごむ」ことが中国にはできる。


ダメ押しのためもあって、まもなく中国外交の最高位にいる楊潔チ中共中央政治局委員が訪韓する。第19回党大会以来、これで3度目となる。


以上より、日朝極秘接触をリークした韓国の背後には、実は日米離間を狙う中国がいたであろうことが、推察できるのである。


安倍首相は「トランプと100%共にいる」と言い続けることができるのか?


トランプはやがて日本も米国と同じく対中制裁をせよと言ってくるだろう。中国はその前に何としても日本を中国側に惹きつけておこうと必死だ。


中国の戦略に嵌ってしまった安倍政権は、果たして「SinzoとTrumpは100%共にいる」と誓い続けることができるだろうか?トランプの対中制裁要求を受け容れるのか、それともアメリカに抵抗するのか?受け容れたら、対中輸出に大きく依存する日本の半導体業界は壊滅的打撃を受けるだろう。日本全体の輸出総額の第二位が半導体等電子製品であることを考えると、日本経済全体に与えるダメージは計り知れない。


ワシントン・ポストは同報道で、トランプが安倍首相に真珠湾攻撃を持ち出し、安倍首相が黙っていたと書いている。日米の今後を示すものとして、あまりに示唆的だ。


[執筆者]遠藤 誉


1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。東京福祉大学国際交流センター長、筑波大学名誉教授、理学博士。中国社会科学院社会科学研究所客員研究員・教授などを歴任。著書に『習近平vs.トランプ 世界を制するのは誰か』(飛鳥新社)『毛沢東 日本軍と共謀した男』(中文版も)『チャイナ・セブン <紅い皇帝>習近平』『チャイナ・ナイン 中国を動かす9人の男たち』『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』など多数。


※当記事はYahoo!ニュース 個人からの転載です。


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遠藤誉(東京福祉大学国際交流センター長)


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