モーリー・ロバートソン解説:日本人が中東を理解できない3つの理由

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2018年09月05日 17:31  ニューズウィーク日本版

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ニューズウィーク日本版

<複雑な中東情勢を適切に読み解くには――モーリー・ロバートソンが伝授するイスラム社会を展望する上で押さえておくべきポイント>


中東情勢はとにかく分かりづらい、と嘆く人は多くいる。ただ、なぜそれほど分かりづらいのかについての明快な解説は多くない。モーリー流の中東情勢解説でその「なぜ」を探ると......。


***


編集部:日本人にとって中東情勢はとても複雑で理解が難しいようですが、なぜだと思いますか?


私は大きく3つの理由があると思います。まず、中東メディアの問題。日本に入ってくる中東の情報は英語情報やアラビア語から翻訳された英語情報が中心ですけれど、陰謀論に始まるガセネタが結構ある。もっと言うと中東には信頼できるニュースソースがとても少ない。


というのも、各国政府や紛争を起こしているそれぞれの武装勢力がそれぞれの立場でプロパガンダ満載のニュースを流すからです。シリア紛争が始まって以降はロシアメディアまで「参戦」しています。


実際、シリアのアサド政権や個別の武装勢力、アルカイダ寄りだったり別の原理主義組織寄りだったりますが、そうした組織がお互いに偽情報を含めて膨大なニュースを流し続けている。その相互に矛盾した情報の氾濫が混乱を生み、その混乱に便乗してロシアやアメリカの極右系サイトが陰謀論を流します。


例えば、ノーベル平和賞候補にもなった戦災者救助を行う「ホワイト・ヘルメット」に対する陰謀論などもあります。「アサド政権による化学兵器を使った攻撃はホワイト・ヘルメットの捏造」とか、「ホワイト・ヘルメットはアルカイダのメンバーだ」というアサドの発言を報じているものもあります。これはロシアのメディアですが。


要は、中東全土でプロパガンダ戦争が起きているということでしょう。もっとも、これは最近始まった話ではありません。例えばエジプトでは過去何十年にもわたって、国家管理の下でニュースをゆがめていたことがありました。ただ、ネットがない時代はその広がりも限定的でしたが、オンラインで国内外からニュースを見ることができるようになるとそこに報道の自由をうたってフェイクニュースが流れ始めるわけです。実際の紛争と同じくらい、情報戦でも何が正しくて何が間違いなのか分からなくなります。


2つ目の原因は?


イスラエルですね。ヨーロッパではユダヤ人がナチス政権によって大量虐殺された歴史があり、反ユダヤ言説がいかに取り返しのつかない結果をもたらしたかを身をもって経験しています。そのため欧米メディアはイスラエルを加害者として報じることを著しく躊躇する傾向があります。イスラエルの振る舞いを批判すると反ユダヤ主義者やネオナチの議論に正当性を与えてしまう恐れがあるからです。


加えてイスラエルの保守政党を強く支持する人たちは、批判的な意見を唱えるジャーナリストを時に「anti-Semitic=反ユダヤ的である」と攻撃することもあります。欧米メディアで「反ユダヤ的」とレッテルを貼られるのは致命的なので、パレスチナ問題を報じるときも神経質になります。欧米メディアにとってイスラエルの扱いは、日本でいうと皇室報道ぐらい注意を要するのです。


例えば、イスラエルにもパレスチナとの融和を唱える人がいてデモを起こしたりします。彼らのそうした主張や活動をフラットに報じればいいと思うのですが、それができない。そこに踏み込んでしまうと、「そもそも正統な国ではない。地図から消してしまえ」という、イスラエルの存在自体を根本から否定する考えを持つ人々の意見に同調してしまう恐れがあるからです。


最近ではアメリカの「オルト・ライト」と呼ばれる極右思想に共鳴する人たちが、イスラム原理主義やイランに対抗する駒としてイスラエル右派を応援しています。さらにアメリカの福音派を信じる数多くの人も宗教的な理由でイスラエル右派を支持しています。それらの座布団がどんどんと積み重なっていくなかで、次第にイスラエルが報道上のアンタッチャブルになっていく傾向がある。要するに、とても面倒くさいんですよ。


アメリカからすると、地政学的にイスラエルがこの地域を抑えてくれるので、自分たちが大規模な中東戦争に引きずり込まれずに済む。イスラエルは、アメリカの敵対国に対して日々のスパイ行為や小さな攻撃などを代わりにやってくれていますから。そうした、アメリカとイスラエルの持ちつ持たれつの関係があるので、欧米メディアはイスラエルの極右化した政治家たちが差別的な暴言を放った場合であっても、たたくときには慎重になる。


一方の反イスラエル陣営は、イラン系メディアであれ、アルジャジーラであれ、かなりゆがんだイスラエル批判をします。確かにイスラエルは、ガザとヨルダン川西岸でパレスチナ住民の封じ込めや交通規制、テロに対する過剰報復などを行っていますが、反イスラエルメディアはそこだけを強調してしまう。それが行き過ぎると、そもそもイスラエルには国家としての正統性がないと批判されていると映るので、欧米メディアでは容認できない。


結局、イスラエルの正統性をめぐる問題に関わるので、親イスラエルと反イスラエルの陣営間に妥協の余地はない。この分断がガセネタを含めた報道のゆがみの温床になってしまうのです。


エンドレスな紛争もフェイクニュースの温床 Omar Sanadiki-REUTERS


中東情勢が分かりづらい理由は日本自身にも問題がある?


3つ目の原因がそれです。これだけ情報ソースがゆがんでいるわけですから、本来は丁寧にニュースを吟味し検証する必要があります。ところが、中東情勢について日本国内でコメントする人たちが、自身のイデオロギーに沿った報道を良いとこ取りして大声で叫んでしまうようなことも見受けられる。


例えば、何が何でもアメリカが悪くてアサドが正しいと思い込む「反米派」がいたりします。あるいは人道主義的な見地から「とにかく市民を殺害するのをやめてほしい」との思いでいろいろなニュースを検索して回るうちにロシア系メディアの日本語記事をまとめて読んだ結果、プロパガンダを丸のみする人もいる。あるいは立派な肩書を持った学者が書いた記事が真実なのだ、と検証を放棄する人もいる。


日本で中東情勢を分かりづらくしているもう1つの理由は、経済報道に偏向していることです。ろくに政治的背景も解説せずに「で、石油の値段はいくらになる?」という話題に終始する。「日本はイランとの政治的な対立を避け、安定的に石油を買えばいい」と軽く考える人がいるけれど、それは多分直近でアメリカの経済制裁にぶつかります。また、イランを都合の良い「産油国」、つまりリソース(資源)と捉える報道は一般的ですが、イラン国内の人権抑圧、特に女性への圧迫は報道でほとんど議論されません。2018年の今、経済と政治と人道はセットで議論されるべきです。


中東報道の軸があまりにも日本中心過ぎます。ゆがんだフィルターを何層も通ってから情報が入ってくるので、現地にある、あの複雑だけど知れば知るほど面白いムスリムのあるがままの姿などに興味を持たせる環境がない。だから日本は中東に関心が持てなくなるのだと思います。


また、イスラム原理主義組織によるテロを恐れてか、中東情勢は「触らぬ神にたたりなし」となってしまっている側面もうかがえます。日本でのシリア難民の受け入れに関する議論についても、相手のけんかに巻き込まれて敵の勢力からにらまれることを嫌がって避けているきらいがあります。日本政府も外面を気にしてお金は出しますが、介入したくないという姿勢が出ている。国がそうだから、日本の大手メディアも積極的に報じない印象があります。結局、中東やイスラムについては日本政府も及び腰なので、メディアも「日本の問題じゃない。だけど石油はよろしく」となっているのでしょう。


今後の中東情勢を展望する上で押さえておくべきポイントは?


女性ですね。「アラブの春」で彼女らが声を上げたのは大きな異変でした。いま特に注目しているのはサウジアラビアにおける女性の運転解禁です。単に運転できるようになったとか男女同権という問題ではなくて、解禁による経済効果が見込まれている点がポイントです。つまり、イスラム社会でも実利価値が宗教価値を上回っていくかもしれないということ。


ムスリム女性は、今も戒律でいろいろな行為が禁止されています。必ずしも具体的に何をするなと書かれていないこともありますが、宗教的解釈で御法度になっているものがたくさんあり、それが男尊女卑の温床になっています。女性の運転が解禁されると、まず女性が外に出やすくなります。そして車を買ったり、車で出掛けて買い物をしたりしてお金が動き始める。経済が回るわけです。


こうして、女性が運転すると経済が潤うという既成事実が積み重なると、女性に関する宗教的解釈も現実社会に合わせて変えていかざるを得なくなる。そうなると、戒律の解釈はうやむやになり戒律自体が方便になる。例えば、チュニジア出身のインテリの民主活動家に取材したことがあるのですが、彼は普通にお酒を飲むんですね。


精神面では宗教心があつくても、現実社会では欧米型の民主主義がいいし、女性の運転で経済もよくなるみたいに実利を取る。それはそれ、これはこれと考え方のすみ分けが生まれる。


イスラム原理主義者はそれを堕落だといって締め付けを試みるだろうけど、貧困と格差がそもそも人々を原理主義へと押しやる原動力なので、女性の社会参加が増えて貧困と格差が徐々に解消されれば、その分、原理主義者の声は届きづらくなります。実利優先で経済発展して、自分たちもステークホルダーになれて決定権を持てば、かつて最終的な心のよりどころだった宗教熱もクールダウンするでしょう。その傾向が若者の間で高まって経済効果を生めば、原理主義にすがる人が相対的に少なくなるのではないでしょうか。


ですから、女性の今後の躍進が中東社会に大きな違いを生むということです。そして、経済発展が進めば民主化要求が強まると思う。これまで貧困と信仰心をツールに独裁政権を維持してきた中東諸国は多いけれど、そうした手法は通用しなくなるでしょう。


<本誌2018年8月14&21日号「特集:奇才モーリー・ロバートソンの国際情勢入門」から転載>




[2018.8.14号掲載]


モーリー・ロバートソン


このニュースに関するつぶやき

  • 中近東の情勢って複雑すぎて、何が正しいことなのかすら理解するの難しいよね。ってかほとんどの欧米の人も何気に自分の国の事情で理解してるつもりになってるだけだと思う。
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