それでも私は辞めません......安倍首相の異例の長期政権が意味するもの

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2018年09月15日 16:22  ニューズウィーク日本版

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ニューズウィーク日本版

<「モリ・カケ」問題も支持率低下も関係なし、異例の長期政権は旧来の日本政治を打破する?>


安倍晋三首相は伝統を好む。教育では伝統的価値観を、宗教では論争の的となる神社が象徴する伝統的な信仰を、軍事の分野ではかつて存在したような軍隊を。ところが、ただ1点においては、過去と決別する明確な意思を示している。すなわち、政治的な自己犠牲だけは払わない、と。


日本の経済界では、自社の未来を揺るがす不祥事が起きたら、経営者はほぼ間違いなく辞任する。自社製エアバッグのリコールが各国で拡大したタカタのように大規模なスキャンダルに見舞われた場合はもちろん、限定的な事件でも多くの場合で辞任は必至。00年には、雪印乳業(現・雪印メグミルク)の工場の1つで製造された製品が集団食中毒を引き起こした事件を受けて、社長が引責辞任した。


日本の政界では、内閣支持率が30%を切ったら退陣に追い込まれてもおかしくない。いい例が在職期間約1年で突然辞任した福田康夫や鳩山由紀夫、菅直人だ。安倍自身も、06年から率いた第1次政権は366日間で終わった。


だが12年に首相の座に返り咲いて以来、長引く2つのスキャンダルにもかかわらず、安倍は退く気配も見せない。今年2月の建国記念の日に当たっては「伝統を守りながら、同時に、変化を恐れず、困難な課題に対しても果敢に挑み、乗り越えていく......その決意を新たにしております」とのメッセージを発表。この言葉が安倍の個人的な野心、そして日本の政治文化を変えてみせるという野望の深度を示している。


「安倍降ろし」が起きない訳


安倍政権に付きまとう2つのスキャンダルは、ある意味では平凡だ。米政界であれば、物事を円滑に進める手法にすぎないと見なされるかもしれない。


その1つが、いわゆる加計学園問題だ。安倍の長年の友人が理事長を務める同学園が昨年、獣医学部の新設を認可された件をめぐって安倍が影響力を行使したとして糾弾されている。


安倍とその側近は、実際には行われた面会を否定した揚げ句、事実を暴かれるという罠にはまった。そうした面会の1つで、首相秘書官が「本件は首相案件」と述べた記録があることも明らかになった。安倍のお粗末な抗弁は、国民にとって到底信じられるものではない。日本経済新聞が今年5月下旬に実施した世論調査では、加計学園問題への関与を否定する安倍の説明に「納得できない」と回答した人の割合が74%に上った。


もう1つのスキャンダルは、学校法人森友学園をめぐるものだ。同学園が運営する幼稚園は教育勅語の導入など非常に昔ながらのカリキュラムを採用し、保守派政治家の一部に受けがいい。


16年、森友学園は開校予定だった小学校の建設用地として、大阪府にある国有地を評価額のわずか14%ほどで取得する契約を結んだ。格安での国有地払い下げが問題視されると、財務省は当初、地下の産業廃棄物などの撤去費用を考慮した正当な値引きだと説明。森友側との交渉記録は破棄したと主張したが、その後に文書が発見された。


これらの記録は国会に提出されたが、一連の流れの中で財務省側が公文書を改ざんする事件も起きた。文書から削除されたものの1つが、森友が開校予定だった小学校の名誉校長に就任していた安倍の妻、昭恵に関する記述だ(昭恵はその後、名誉校長を辞任)。


そんななかで、安倍の支持率は低下を続けた。世論調査によってばらつきがあるものの、内閣支持率は昨年初めの時点で55%前後に達していたが、今年4月には30%前後にまで落ち込んだ。政権関係者の間でほかにもスキャンダルが相次いだことを考えれば、通常なら自民党内で「首相降ろし」の動きが起きたとしてもおかしくない。


戦後の大半を通じて、日本の首相は規則正しいと言いたいほどの頻度で交代を繰り返してきた。現行憲法下の1947年以降、第2次安倍政権が発足するまでの65年間の歴代首相の平均在職期間はわずか約2年。01年に首相に就任した小泉純一郎は06年まで例外的な長期政権を率いたが、その後の6年間には6人の首相が誕生した。


そのせいで、日本は国際社会で明確な「顔」を示せないままだった。G7などの首脳会合に出席するのが毎回のように違う人物ならば、それも当然だ。


この点は首相官邸側も十分に意識している。内閣官房参与の谷口智彦は今年1月号の雑誌「月刊Hanada」への寄稿で日本は「長い闘い(ロング・ゲーム)」に臨んでいると述べた。


バブル経済が崩壊した90年頃から「私たちは総理大臣を、あたかも弊履(へいり)のごとく捨て続け」たと、谷口は記す。だが今や、「『モリ・カケ』ごときで」首相を取り換えるべきではないと、有権者は皆、考えているのだという。


公文書の改ざんは「ごとき」という言葉で片付けられる問題ではないはずだが、いずれにしても、そもそも安倍は辞任の必要を感じていない。理由の1つは、体調だ。07年に退陣したのは潰瘍性大腸炎で体調を崩していたせいだと本人が語っているが、09年に日本で発売された治療薬のおかげで今では症状が改善している。


これまでの首相より支配権を固めていることも大きい。党内の妥協の産物でしかないこともあった過去のリーダーとは対照的に、安倍は自民党内の実力者として長らく君臨している。


経済、自由貿易、憲法改正


さらに、近年の前任者らに比べて多くの成功を収めているとの主張もできる。「政権が長期間継続しているという事実だけで、安倍は国際問題で日本の存在感を増すことに成功している」と、テンプル大学ジャパンキャンパスのジェームズ・ブラウン准教授(政治学)は言う。「頻繁過ぎる交代のせいで、日本の首相と関係を築いても意味がないと思われていた時代とは違う」


第2次政権発足以来、安倍が国内外で数多くの成果を出しているのは確かだ。ニュートラル状態だった日本経済はアベノミクスによって、少なくともローギアか、セカンドギアに入った。デフレの影響で97年から停滞傾向にあった名目GDPは政権発足からこれまでに約12%上昇。失業率が2.4%に低下する一方で、高齢化に伴う人口減少にもかかわらず労働力は5%増加した。労働力人口に占める女性の割合は10%増え、25歳以上の労働力率は今やアメリカを上回る。


安倍政権の下、日本は自由貿易の旗手となった。アメリカが離脱表明した後のTPP(環太平洋経済連携協定)の交渉では、残る11カ国での署名に向けて主導的役割を果たした。EUとの経済連携協定(EPA)にも署名。合わせると世界のGDPの3割を占める日本とEUの協定は、1対1の自由貿易協定としては過去最大規模のものとなる。かつて貿易障壁で知られ、リンゴからスキー板まであらゆるものの輸入に抵抗していたあの日本がだ。


だが安倍が続投したがる理由はほかにある。周知のとおり、憲法改正の実現は彼の夢だ。日本国憲法は改正されていない世界で最も古い憲法と言われるが、安倍は昨年、その憲法を改正して自衛隊の存在を明記したいと述べている。だがさまざまなスキャンダルに見舞われ、この目標の実現は遠ざかっているように見える。


20年の東京五輪まで続投したいという思いも安倍にはある。ちなみに19年11月まで首相の座にいられれば、桂太郎を超えて史上最も通算在職日数の長い首相となる。


前述の谷口に言わせれば、スキャンダルが明らかになった後の昨年10月の衆院選でも安倍の続投が難なく固まったことから、有権者はスキャンダルを大して重視していない。「有権者はおしなべて、現下の局面には政治の安定が何より大切だと思っている」と彼は書いている。


一方、元外交官で政治評論家の沼田貞昭は、スキャンダルに対する政府の対応は国民の政府に対する信頼を損ねたと指摘する。「リーダーが責任を取るのを人々は見たがっていると思う」


加計学園の理事長との面会などの問題で安倍や関係者の発言の矛盾が明らかになっているなか、政治的状況が急変する可能性も消えてはいない。


沼田によれば、国民にとって大事なのはリーダーが権力を傲慢なやり方で行使しているかどうかだ。「国民にとっては、総理、内閣、および官僚たちから成る政府を信頼できると感じることが重要である」と彼は書いている。


党内にもライバルはおらず


だが現時点で安倍の命運を握っているのは有権者ではない。安倍は21年10月まで衆院選を行う必要がない。


その一方で、首相であり続けるためには自民党総裁の座を手放すわけにいかない。過去のほぼ全ての首相交代劇の舞台だった自民党だが、安倍の下でこれまで禁じられていた連続3選を認める党則改正を行っている。9月の総裁選でも、党内には知名度が高い特筆すべきライバルもいない。安倍より支持を集められそうなのは小泉進次郎くらいのものだが、37歳という若さではまともな総裁候補たり得ない。


長期政権であること、そして国際舞台での存在感が現時点で安倍にプラスになっているのは明らかだ。だがもし彼が総裁選に負けるようなことがあれば、比較的知名度の低い人物が首相の座に祭り上げられるという、どこかで見たような光景がまた繰り返されることになる。東京五輪までに2人以上の首相が生まれることにもなりかねない。


だがもし安倍が旧来の型を打破することができたのなら、未来の首相たちにとってはスキャンダルを生き延びるお手本となるだろう。任期は最後まで全うするのが当たり前、という心構えで首相に就任する時代が来るかもしれない。


From Foreign Policy Magazine


<本誌2018年9月11日号「特集:『嫌われ力』が世界を回す」より転載>




ウィリアム・スポサト(ジャーナリスト)


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