沖田修一監督に聞く『南極料理人』のできるまで【映画監督・今泉力哉の『代表作を作りたい』】

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2018年09月28日 21:21  ソーシャルトレンドニュース

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"沖田修一監督に聞く『南極料理人』のできるまで【映画監督・今泉力哉の『代表作を作りたい』】"

『こっぴどい猫』『サッドティー』『知らない、ふたり』などで知られる映画監督の今泉力哉。新作をつくれば東京国際映画祭に呼ばれ、また映画だけでなくテレビドラマや乃木坂46の特典映像も手がけるなど順風満帆にも見えるが……ある日、先輩の映画監督に「今泉はまだ代表作がないよね」と言われてしまう。
長編だけで8本、短編も含めれば30本以上の作品をつくってきた今泉監督。
「俺はまだ代表作がなかったのか……?」「そもそも代表作って何だ?」
煩悶する今泉監督は、これまでに知り合った映画監督たちに連絡を取り、話を聞くことに。先輩から後輩、過去の仲間まで多くの監督と語り合う中で、光の道筋を探す。
第1回のゲストは沖田修一監督。


第1回 映画監督:沖田修一『南極料理人』 前編

今回対談をさせてもらう前から、<沖田さんは今、一番、俳優さんが出たい作品をつくる監督だ>と個人的に思っていたし、実際いろんなところでそういう声を聞いていた。沖田さんの作品を観ていつも思うのは、やはり俳優をとても魅力的に描ける方だということ。これまでも何度かお会いしたり、自分の映画のトークゲストに来ていただいたりしたことはあったが、そんなにいろんなお話を聞いた機会もなかった。ただ、飲みの場でご一緒した際に聞いた話や考え方などにすごく共感したし、興味深さもあって、今回、第1回目のお相手をお願いした。沖田さんは水戸短編映像祭(グランプリ)の先輩にあたり、監督としてももちろん先輩。そして、若手(というにはもうあまりにベテランだけど)監督なのにオリジナルで、山崎努、樹木希林、役所広司などと映画をつくっているという凄さ。対談自体は、それはそれは面白く、勉強になりました。
それでは(とても長いのですが、)ぜひお読みくださいませ。 (今泉力哉)

沖田修一監督の選んだ代表作:『南極料理人』(2009年公開)

1、映画『南極料理人』は元々料理ものの企画だった?


今泉 今日ここに来る前に沖田さんの『南極料理人』を観返してからきたんですけど


沖田修一監督(以下、沖田) おう! すげえな。


今泉 当時も映画館で観たんですけど、あらためて観たらメンバーの豪華さが凄すぎて。役者さんたちへの演出って、どのぐらい放置というか、任せていたのかということが気になりました。長回しとかも意外と多いので。


沖田 あんまり気にならないように、「長回ししてんなー」って見えない感じにはしたんだけどな……こっそりと、いろいろ長回したというか(笑)。


今泉 地中の氷をくり抜いて、堺雅人さんと生瀬勝久さんが機械で測定している間、ずっと2ショット1カットで押し切る時間があるじゃないですか。あの瞬間は、このお二方、演じてて絶対楽しかったろうなあって。役者の一番いい時間というか。あのカットがなんだか一番凄かったですね。


沖田 なんか機械を見てる間ね。


今泉 一定時間機械を見てる間に「びっくりした」とか、たぶんですけどアドリブで言いながら。あらためて魅力的な映画でした。『南極料理人』は元々どういう経緯でつくった映画だったんですか?


沖田 ……今日、とりあえず来てみたんだけど、ほんとにインタビューみたいだね(笑)。


今泉 そこを掘りつつ、他の話もざっくばらんに聞けたらと(笑)。沖田さんの代表作ってやっぱり『南極〜』なんですか?


沖田 今泉くんに、「何か代表作を自分で選んでほしい」って言われて、考えたんだよね。『南極料理人』が代表作っていうのは、少し昔の話しすぎるかなとも思ったんだけど。
代表作って“みんなが一番知ってる”っていうようなことだろうなって思ったから、それなら『南極料理人』かなと。


今泉 『南極料理人』を撮るようになったきっかけってどんな感じだったんですか。


沖田 その前に撮った『このすばらしきせかい』っていう70分くらいの長編映画を池袋のシネマ・ロサで流せるっていうんで上映したら、観た人に『南極料理人』の原作を渡されてね。「これを低予算で、ちっちゃい劇団みたいな感じで、やったらいいと思うんだけど」みたいなこと言われて、ってのが最初。


今泉 始まりはそんな感じだったんですか。


沖田 うん。その時の俺には、そういう商業映画みたいな話、特に何も来てなかったから「いいですね」なんて話をして……。で、その時点でね、違う人が書いた脚本があったんだけど、それは料理がメインの脚本だったの。


今泉 外の世界とかがあんまり描かれないような?


沖田 いや、なんだろ。“なんとかのレシピ”みたいな感じかな(笑)。おいしそうな料理が出てくるような。


今泉 「料理!料理!」みたいな(笑)。元の原作を読んでないんですけど、原作ってそういう感じなんですか? 料理本みたいな。


沖田 違うんだけどね(笑)。でも毎日の朝昼夜の食事みたいなのもちょこちょこ書いてあったりする。原作っていっても、あれをそのままに映画を作るっていう事自体がまずね……。


今泉 これ、だいぶおかしいぞみたいな?


沖田 おかしさにも気づかないんだけどね、まだ(笑)。



今泉 しかもその頃って、あれですよね。飯島奈美さんがフードコーディネーターを担当した『かもめ食堂』とかがヒットしたその時期ですもんね、ちょうど。


沖田 『かもめ食堂』の直後だったの。


今泉 たぶんそういうので『かもめ〜』も当たってたし、料理企画が、ってことだったんじゃないですか。わかんないですけど。


沖田 あー。でもそう考えるとそうだったのかなあ。当時は、今ほど料理モノってなかったと思うんだけどね。


今泉 今、深夜ドラマとかも多いですもんね。とりあえず料理が出てくるマンガ・小説原作もの、多いですよね。


沖田 何かにつけて「メシ」「メシ」(笑)。


今泉 (笑)。でも『南極料理人』をあらためて観てたら、料理をつくっていく描写とかこんなにあったっけ? って思いました。おにぎり握ってるとことか、ラーメンとかすごく美味しそうで。自分でも『知らない、ふたり』って映画でおにぎり握るシーンを撮ったんですけど、おにぎり握るの撮るのって難しくないですか?リアルにやると音がネチャネチャするし。


沖田 飯島さんが言ってたけど、なんかあれ、握り方があるんだよ。実際に飯島さんがやってくれて、堺さんと練習した。で、そういう料理モノっぽい小さめの企画が、気がついたら大きな企画になってたんだよね。俺がそうしたとかの話じゃなくて、もっと大人の人たちが「あれ、この企画おもしれぇな!」みたいな感じになってきて、逆にどんどん予算が上がっていっちゃって。それでたぶん「監督はあいつでいいのか!?」って話になったと思うんだけど(笑)。


今泉 商業デビュー作としては規模が大きいですもんね。あらためて観直してみて、製作委員会の会社の数が多いなっていう。みんなお金を出したい脚本だったんでしょうね。

2、予定よりも撮影まで1年間空いたことがよかった?


沖田 『南極料理人』の話が本格化してきたときに、俺、なんか原作者の西村さんとかに連れられて、すごいロケハンしてたの。北海道中、回ったりして。それで結局、凍った湖の上に基地を建てるみたいな話をしてたんですよ。だけど、どんどん北海道が暖かくなってきて、それが無理だみたいな話になって。「やっぱり撮影1年後にしよう」みたいなこと言われて。「えっ!?」って感じだよね(笑)。「時間1年空いちゃったね」みたいなこと言われたけど、「もう1年ロケハンできるじゃん」みたいな発想に切り替えて。


今泉 ほんとに1年ですか?


沖田 うん、仮に予定してた時期には撮影はできないって言われて。


今泉 それは何年くらいの話なんですか? 200……


沖田 うーんとね、撮影したのがたぶん2008年とかだと思うんだよね。07年か08年か、ちょうど今から10年くらい前。で、その頃、MUSIC ON! TVの10周年だから記念ドラマを作りたいっていう企画があって。それがたまたま巡り巡って僕がやることになって。それで初めて芸能人が出るドラマを、人様からお金が出るものを作ったんですけど、それが由紀さおりさん主演とかだったんですよ、謎の(笑)。


今泉 最初からすごい。


沖田 音楽チャンネルなのに親子モノのドラマをやってるっていうのが面白いよね。しかも由紀さおりさんが演じてて。


今泉 色々おかしい。


沖田 それで「親子モノのすごい地味なやつを作ろう」みたいな感じになって、2本撮ったんですよ。そのときにもう既に芦澤さん(芦澤明子)が『南極料理人』のカメラをやるって決まってたから、芦澤さんと予行練習つって、その2本を。


今泉 すごい。


沖田 映画の前にそこでステップを踏ませてもらった感じだったんだよね。だから1年延期してよかったんだよ(笑)。そのドラマで高良健吾くんとも出会ったし。『南極料理人』の前にちょっと場数を踏んだいうかね。そんな感じで進んでいったから、自分の中では“気がついたらちゃんとした映画の企画をやることになってた”っていう感じだったのよ。

3、セリフのない主人公?商業デビュー作の脚本で気合が入り……


今泉 脚本はどういう感じで進めていったんですか?


沖田 『南極料理人』は、「まあ面白い台本が書けたら進めよう」みたいな感じだったので、俺が書かなかったら動かないだけで、締め切りとかもなくて。


今泉 じゃあ期間的には長かったんですか?書いてる期間。


沖田 すんごい長い期間書いてたの。俺もなんか若い頃だから、というかさ、商業やったるぞって気になったときは、なんか自分の全てをぶつけてやれって思うわけじゃん。その気持ちで、初稿を書いたら主人公の西村が、台詞が一切無い役になっちゃった(笑)。


今泉 「これが映画だ! 主人公はしゃべらないんだ!」みたいな


沖田 そう、料理ですべてを表現するみたいなね。


今泉 一切笑わない人が、最後に笑うみたいな。


沖田 もうね、すんごい偏った台本書いて。そのあと、ちょっとずつ、ちょっとずつ柔らかくなりました(笑)。

4、そして、あの豪華なキャスティングへ


今泉 堺雅人さんとかも、今はみんな知ってますけど、主役は初めてとかですか?


沖田 当時ね、大河ドラマの『篤姫』で人気が出たときだったの。


今泉 その頃かあ。もともと演劇の方ですもんね。東京オレンジ。


沖田 『壁男』っていうのを観てて、それでもともとすごいなと思っていて。「すごいな、この人が出てくれたら間違いないんじゃないか」って思ってて。それがうまいこといったんだよね。


今泉 キャスティングの順番としては、堺さんが最初だったんですか?


沖田 うん、堺さんが一番最初。堺さんが決まって、「あと誰にする?」みたいになって、生瀬さんが決まって……いや、もう忘れちゃったけど(笑)。でも、高良くんとかもまだ『蛇にピアス』とかに出たばっかりで。


今泉 その頃かあ。高良さんも今では月9で主演をやったり、沖田さんの『横道世之介』も主役ですもんね。


沖田 そう、『キツツキと雨』でも役所広司さんの息子の役で出てもらって。その時も面白かった。どんどん高良くんが大きくなっていくなあって思いながら(笑)。高良くん、気づいたら30歳になったって言うからびっくりしちゃって。最初会ったとき、まだ10代だったと思うな。ドラマのときに「なんか若い男の子で誰か知らないか」って言ったらプロフィールもらって。


今泉 すごいですね、その出会いも。高良健吾の最初の印象は“普通に若い子”って感じだったんですか?


沖田 そうそう、プロフィールについてきた写真が上半身裸みたいな写真だったから、すごいなって思って。で、会ったら普通の若者で。


今泉 ありますよね、プロフィール写真のわからなさ(笑)。


沖田 うん、わかんない(笑)。

5、沖田作品における俳優、またその選び方



今泉 沖田さんは、同じ俳優さんとやることが多いじゃないですか。高良健吾さん、古舘寛治さん、黒田大輔さん……。やっぱり、いい演技されると、もう一度やろうって思うんですか?


沖田 うん。できれば同じ人でいいという思いと、違う人ともやってみたいなという思いと。まあ、こっちが勝手に持ってるイメージで考えて「合いそうだな」とか「やってみたいな」って思うだけだからわからないんだけどね。まあ結局、ヒゲのおじさんの役とかあったら古舘さんだなって思っちゃうよね(笑)。実は『キツツキと雨』から古舘さんとはやれてないんだけど。


今泉 黒田さんは?


沖田 黒田くんはね、毎回やってるよ(笑)。毎回出てる。いや、『モヒカン故郷に帰る』だけ出てないかな。


今泉 『南極〜』に守屋文雄さんも出てたんだって気づきました。


沖田 あー、そうそうそう!


今泉 鈴木か西村を、送り出すときに。


沖田 なんでだっけな、なんで、もりやん呼んだんだろ(沖田さんは守屋さんのことを「もりやん」と呼んでいます。)……でも、あのときはほんとにもりやんのこと俳優だと思ってたからね。


今泉 同期でしたっけ?


沖田 うん、大学の。入学は俺の方が1年早いんだけど、俺が1年留年して、もりやんとかと同じ代で卒業したわけだから、まあ、同期っちゃ同期。


今泉 守屋さん、この時からいたんだ! って、ちょっと面白かったです。当時はほとんど役者さんのことわからずに観てたんで。それこそ古舘さんのことも初めて知った映画が『南極料理人』かもしれません。でも錚々たる人がズラリ揃ってますよね。


沖田 選んだ時点で、やることはやったというか(笑)。


今泉 キャスティングでもう終わりみたいな。


沖田 終わりみたいなもん(笑)。


今泉 皆さん楽しそうでしたね。


沖田 でもやっぱさ、あの人達に演出をつけるってこと自体が、まずおかしなことだなって思うわけ、俺は。謙遜するわけじゃなくて「俺なんか」じゃん。生瀬さんの舞台とか普通に観てきてるしさ、「シティボーイズ」のきたろうさんも、俺からしたら神様みたいな人だよ。だから演出できなくなったんだよね、最後。なんか物が言えなくなっちゃって、自分が言うことでこの面白さがなくなるんじゃないか? っていう、いろんな怖さを抱えてしまって。


今泉 答えが1個になっちゃうっていうか。


沖田 なんかわかんないんだけど。それで黒田くんにしか物が言えなくなったんだよね(笑)。黒田くんにだけちょこちょこ言ってたら、「おい、なんで今日黒田にしか言わねえんだ!」みたいになって(笑)。


今泉 みんな欲しがるから。それは誰に言われたんですか?


沖田 それは生瀬さんとか。プロデューサーは、台本を気に入ってくれてるから、やっぱり「沖田は初監督だけど、監督とキャストとで相撲とらせてあげよう」みたいな気持ちでいてくれてたんだけど。当時のこっちは、もうそんな余裕はないからね。超怖かった。俳優がみんなモンスターに見えたよ(笑)。

6、ベテラン俳優と沖田さん


今泉 やりたい人とかは、毎回言ってるんですか?


沖田 言うねえ。やりたい人がもしいれば、だけどね。この役でやりたい、みたいなレベルまで言います。


今泉 沖田さんが『南極〜』という最初の商業作品で、すごい人とやってるじゃないですか。その後も『キツツキ〜』で役所広司さんとか、『モヒカン〜』で柄本明さんとか。どんな感じなんですか? 芝居は俳優さんに任せてるのか。細かな指示をしているのか。


沖田 結局のところ、撮影の時に具体でどうしたらいいのかっていう、その話ができればいいんだよね。恐縮しながら「嫌だと思ってるかな?こんなこと言うとダメかな?」とか、気は使いながらではあるけど。


今泉 やっぱり、気は使うんですね。


沖田 まあ、人によっては「俺こんなにズケズケ言ってるけど、どうなんだろう?」って思うときもある(笑)。


今泉 言いながらリアルタイムで思うんですね(笑)。


沖田 最新作(映画『モリのいる場所』主演:山崎努)で山崎さんとやってるときとかも、途中から俺すごいいろいろ言ってて。目の前の山崎さんを見て「あれ……俺ヤバイかな!?」って思ったりする瞬間もあったりして(笑)。


今泉 映画やテレビで今までたくさん見てきた方ほど、冷静になっちゃうと、何も言えなくなっちゃいますよね。


沖田 ほんとにそう。


今泉 それこそ綺麗な人とかもそうなんですけど、普通だったら緊張しちゃうみたいなときとかも、カメラがあるから一緒にやれますよね。没入しちゃえばいいけど、あんまり気にしだすとね。相手があの山崎努だ、と意識しちゃうと……。


沖田 たまに、ただのファンになることがあるのね。


今泉 ヤバイですよね。だって山崎努、樹木希林ですからね。そんなバケモン2人みたいな。本当にすごいですよ、沖田さん。


沖田 それ書いてくださいよ!


今泉 はは。


沖田 例えば現場中に「ああ、もうちょっと右から来てもらったほうがいいかもしれないですねー」みたいなこと言うじゃん。そしたら山崎さんが「あっ、了解了解」って言うんだよ。
でも少し考えると「この人、桜の木の下を日本刀持って走ってた人だよなー」とか「あれっ!? あの『天国と地獄』の人だよな、この人黒澤明さんとかとやってる人なだよな」って思うとさ。「俺、なんで『右から来てください』とか言ってんだろう」って(笑)。そういうのってない?


今泉 かなりありますね。自分の方が圧倒的に経験が少ないことの方が多いですからね。


沖田 でもさ、そういう俺のひとことを山崎さんが「はいはい」って聞いてくれたりするんだよね、かっこいいなって思うよ。

(中編に続く)

(文:今泉力哉)


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