日馬富士を愛した女性が成し遂げた偉業「僕の相撲人生のすべて」と言われるまで

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2018年09月29日 20:00  週刊女性PRIME

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9月30日に断髪式を行う。元横綱・日馬富士

 9月30日に東京・国技館で、第70代横綱・日馬富士の引退断髪披露大相撲が行われる。関取の引退に伴い、髷(まげ)を落とす儀式だ。

 昨年11月に引退を発表し、現在はモンゴルで学校を創立。教育現場で新しい人生を踏み出している日馬富士の、本当の再スタートの日となる。いろいろと批判もあるだろうが、謝罪をして身を引き、新しい人生を歩み出した日馬富士を温かく送り出したい。

プロの画家ではなく、いちファン

 そんな日馬富士を描いた画文集『第70代横綱日馬富士 相撲道』(藤原書店)が出版された。

 色鉛筆で描かれた日馬富士の絵が120枚。土俵の上で戦う姿はもちろん、稽古に励む様など、どれもこれも力強く、躍動感にあふれた作品集だ。

 足や肩や腕の筋肉の動きも丁寧に描きこまれ、日馬富士という横綱の、小柄だけど鍛え抜かれた身体の美しさが伝わり、見ていて“ほぉ〜”と、ため息が出る。

 描いたのは都内在住の橋本委久子さん。実はプロの画家ではなく、いちファンとして、日馬富士を描き続けてきた。

「日馬富士を描き始めたのは2006年から。最初は毎場所ごとにハガキ大に描いて、日馬富士(の相撲部屋)に送っていたんです。初めの頃はひと場所ごと、3枚ぐらい送ってました。

 でも絵って好き嫌いがあるでしょう? 喜んでもらえてるのかどうか不安だったんですが、あるときテレビで彼のインタビューを見ていたら、彼の部屋に私が送った絵が飾ってあるのを見つけてね。

 元々、私は絵を描いて友達に送ることを中学生ぐらいからしていたんですが、見てくれてるんだ! と、がぜん、張り切りました。封筒に入れて送ったら見てくれないかもしれないから、ハガキですよ、ハガキ(笑い)」

 橋本さんは子どもの頃からの相撲ファン。

 ただ2000年代に入ってからは相撲がつまらなくなったと感じ、また仕事も忙しくてテレビの電源すら入れる機会もなくなっていた。

日馬富士の虜になった瞬間

 ところが2004年のある日、自宅で用事をしながらラジオで大相撲中継のテレビの音声だけを聞いていると、安馬という力士、後の日馬富士の稽古風景の様子が流れ始めた。

 その音に、声に、橋本さんはただならぬものを感じ、慌ててテレビのスイッチを入れて、食い入るように見つめた。

「高砂部屋の朝青龍のところで稽古する安馬の場面で、もう髪の毛はざんばらくしゃくしゃ。ふらふらで立ってるのもやっと。その安馬の顔をのぞき込みながら朝青龍がバーベルを渡して持たせると、安馬はただゆらゆら揺れてるだけなんです。

 限界をとっくに超えている。その様に惚(ほ)れて。私は子どもの頃から相撲の稽古風景をずっと見てきて、それがいかに大変か知ってましたが、彼は命がけ、言葉だけじゃなくて、本当に命がけでやっているんです」

 大相撲の稽古は見ているこちらが苦しくなってくるほど厳しいものだが、その中でも特に厳しい稽古を自らに課すことで知られた日馬富士。

 橋本さんはそれに引きつけられてファンになり、稽古する姿もたくさん描き、今回もそのいくつかが収められている。

「今回、画文集に入れた120枚の絵は全て、日馬富士自身が選んでくれました。打ち合わせをしたときに『僕が全部選びます、やります』って言ってくれて。

 そう言いながら付せんを貼るような手のしぐさをされたから、そんなふうに選ぶんだなと待っていたら、選んだ絵にコメントまで付けてくれ、もちろんそれも画集に入れました。

 戦績も巻末に入れましたが、そこに『金星配給40個で歴代2位』という、横綱としては不名誉なことも書いてありますが、これは日馬富士自身が『そんなに強い横綱ではなかったことも伝えておきたかったから』と言って加えたものです。

 労を惜しまず誠実で丁寧、そして謙虚で正直な人です。画集は夢、稽古、仲間たちといった8つのテーマに分かれていますが、それも日馬富士が考えたものです」

日馬富士とのコラボ作品に

 日馬富士が絵に添えた言葉。「なるほど!」と膝を打つよう。稽古についての言葉など、「そういうものなのか!」と気づかされる。

 横綱の言葉は重い。では、橋本さん、今回の120枚の中で、ご自身で一番好きなのは、稽古風景のものですか?

「いえ、私が特に思い入れあるのは、日馬富士が横綱になった最初の綱打ち(注:土俵入りするときに締める綱を作る作業、及びそのお祝い)のときのものなんです。

 綱を締めてもらって、大きな鏡の前で、まるで女の子が初めてドレスを着たときのように、後ろを向いて鏡をのぞきこみ、ちょこっとお尻を上げてね。微笑むというより、内心の嬉しさが、にじみ出る顔をした場面を描いたものです。それを彼が選んでくれたのが嬉しいです」

 日馬富士のこと、深いところまで理解してるんですねぇ、と言ったら、「そうよ、そう! なんてね。全然違うだろうけど」と笑う橋本さん。

 これまで描いた日馬富士の絵は1200枚! 1枚描くのに最低でも1〜2日、土俵入りの絵は1週間もかかったそうで、かけた総時間は計り知れない。

 自費出版で3冊の画集も作ってきた。それを日馬富士に近しい人が「これで一緒に本を作らないか?」と見せたところ「自分についての本なんて……」と、見る前はあまり乗り気ではなかった日馬富士が「やりましょう!」と即断。

 相撲道についても大いに語り(巻末に掲載されている)、この画文集を橋本さんと一緒に作り上げている。

 日馬富士は「この中に僕の相撲人生がすべて詰まっています」と言ってくれたそう。ファンの熱い、熱い想いがここに結実したのだ。

 ところで、相撲ファンには知られているように、日馬富士自身も絵を描く。彼は油絵が得意。その1枚がこの画文集の1ページ目に掲載されている。富士山を描いたものだ。

「日馬富士はまさに富士山のような人。富士山は今も活火山でしょう? まだマグマを蓄えていて、すそ野は広く、想いも手も遠くまで伸ばす。富士山は彼そのものです。

 この本は、日本でも図書館に置いてほしい、子どもたちに見てほしいと言ってます。彼の願いは相撲を通じて社会を学んでほしいということなんです」

 なお、この画文集は引退断髪披露大相撲の会場でも販売される。日馬富士の直筆サインが入ったものもあるそうだ。

文/和田靜香(わだ・しずか)◎音楽/スー女コラムニスト。作詞家の湯川れい子のアシスタントを経てフリーの音楽ライターに。趣味の大相撲観戦やアルバイト迷走人生などに関するエッセイも多い。主な著書に『ワガママな病人vsつかえない医者』(文春文庫)、『おでんの汁にウツを沈めて〜44歳恐る恐るコンビニ店員デビュー』(幻冬舎文庫)、『東京ロック・バー物語』『スー女のみかた』(シンコーミュージック・エンタテインメント)がある。ちなみに四股名は「和田翔龍(わだしょうりゅう)」。尊敬する“相撲の親方”である、元関脇・若翔洋さんから一文字もらった。

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