メンタル防衛に必要なのに、職場から消えたものは「雑談」と...

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2018年09月30日 11:42  ニューズウィーク日本版

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ニューズウィーク日本版

<日本の職場でメンタルヘルスに関するニーズが高まっていると明かす、ベテラン産業医。人間関係に関連するさまざまな問題を紹介しているが、なかでも強く納得できるのが「職場の空気の変容」だ>


 私は企業などで働く人たちの健康管理を行う「産業医」を40年務め、今も現役でさまざまな職場で診療を行っています。ただ私の場合、少し変わっているのは専門が精神科であることでしょう。つまり、職場のメンタルヘルス、心と体の問題をいちばんの専門にしていることです。そして、このメンタルヘルスこそ、近年、最も注目度を増してきた医療分野だといえます。(「はじめに」より)


『中高年に効く!メンタル防衛術』(夏目誠著、文春新書)の著者は、自身の立場をこのように説明している。また注目すべきは、メンタルヘルスに関するニーズが高まっている原因として、現在の日本の職場が人手不足であること、そして働き方のさまざまな変化を挙げている点だ。


ひとりあたりの労働密度が上がるなか、企業において、働き手の健康、メンタルの状態が、これまで以上に重要になっているというのである。しかも一般社員ばかりではなく、管理職、経営陣などのメンタルヘルスも極めて大きな課題となっている。


 この40年で、日本の職場は大きく変わりました。仕事の仕方も変わり、働く人たちの意識も大きく変わっています。しかし、その変化に対応できていない部分もたくさん残っており、それが"新しいストレス"を生み出す原因ともなっています。本書はこの40年の日本の職場に対する、私なりの"診断書"でもあります。(「はじめに」より)


そのような立場から本書では、ストレスに関するさまざまな調査を行い、「ひどい嫌がらせ、いじめ、または暴行」「上司とのトラブル」「同僚とのトラブル」「セクシュアルハラスメント」など、人間関係に関連するさまざまな問題を紹介している。


もちろん、そうした事例を確認することも重要だ。しかし個人的には、それ以上に強く納得できた部分がある。それは、「職場の空気の変容」についての記述だ。当然のことながら、職場の空気、人間関係の変化は、メンタルヘルスに大きな影響を与えることになる。だからこそ、まずは「なにがどう変化したのか」を明確にしておくことが大切なのだ。


たとえば、そういう意味で印象的なのは、「会社の変化」として著者がまず「雑談」と「雑用」を挙げていることである。


「かつての職場」をのぞくと、いつも「ワイワイガヤガヤ」していました。あちこちのデスクで電話が鳴り、それに負けじと大きな声で会話が交わされている。煙草の煙もたちこめ、健康に良いとはいえない環境でしたが、賑やかだったのは確かです。しかも、仕事のやり方も、「チームでする」のが主流でした。上下の関係も濃く、互いの仕事の進め方もよくわかる反面、締めつけも強い。「ワイワイガヤガヤ」の内容はといえば、仕事のことばかりではありません。人事の噂、休日のゴルフ自慢、終業後の麻雀や飲み会の相談、なかには違う部署の人までがふらふらと入ってきて、上司の愚痴をこぼしたりします。つまり無駄話、「雑談」です。(65ページより)


これを読んだとき、かつて自分が勤めていた職場の光景を思い出し、懐かしいような、不思議な気持ちになった。もちろん職種や社風によって多少の違いはあるだろうが、たしかに昔の職場にはこのような風景があった。そして、それが人間的な、柔らかな雰囲気に結びついてもいた。


 それに対して、今の職場のイメージを擬音であらわすならば「シーンパチパチ」(パソコンのキーボードを叩く音)です。「チームで仕事をする」から、仕事内容や待遇を上司と面談で決め、個人ベースで進めていくようになりました。個人の仕事目標を決め、その達成度で評価する「目標管理制度」の導入もあり、仕事が個人単位になってきたのです。 隣の人とも、あまり無駄話はしません。今の職場はかつてと比べて、格段に労働密度が上がっています。だらだらと雑談に興じたり、用もなく他の部署を覗きに行ったりする余裕はぐっと減りました。(65〜66ページより)


たしかにそのとおりで、気がつけば職場からは無駄話が減った。数年前、華々しい実績を打ち出しているある会社の人に「すごい会社ですね」と話したところ、「オフィスは毎日お通夜状態ですけどね」という返事が帰ってきたことを思い出す。つまり残念ながら、いまはそれが"普通"なのだ。


だが、業務とは直接関係がなく、一見無駄で非効率的に見える「雑談」は、意外と侮れないものなのだと著者は言う。事実、うつ病になってしまった人に話を聞くと、「誰にも悩みを相談できなかった」という答えが返ってくることが少なくないそうだ。それが、ガス抜きの場としての「雑談」がなくなったことの弊害であることは想像に難くない。


しかも、過剰なストレス状態にある社員は、なかなか自分が異常な状態にあることに気づけないものである。それどころか部署ぐるみで「自覚なき過労サイクル」に入っていることもあり、そういう場合にはさらに気づきが遅れる。しかしそんなとき、他の部署からやってきて「疲れすぎじゃないのか」などと声をかける「雑談おじさん」が、重要な役割を果たすことがあるというのだ。


「雑用」「社員が行う軽作業」が消えたのは重大な変化


そしてもうひとつ、日本の職場から姿を消しつつあるのが「雑用」で、雑用が消えたことは精神科医にとって由々しき事態でもあるのだそうだ。


 メンタルに不調を訴え、しばらく業務を離れた社員が、職場復帰を果たします。その際、医師として、元の仕事量にいきなり戻すのは負担が重すぎる、少しずつ職場に復帰させたい、と助言することがあります。 そんなとき、かつてならば軽作業という業務がありました。ファイルの整理をしたり、社に届いた郵便物を仕分けしたりといった、自分のペースで進められ、心身の負担の軽い仕事です。ところが、これも労働密度が高度になり、アウトソーシングされたり、OA化が進んだりして、「社員が行う軽作業」がどんどんなくなっているのです。職場に「契約、登録、請負、派遣社員」などの非正規社員が増加していき、いまでは実に勤労者の4割を占めています(かれら非正規社員の労働環境も深刻な問題です)。特に近年は人手不足もあって、社員に「雑用」をさせておく余裕がない、というのが、会社側の実情になっています。(67〜68ページより)


加えて、「その人が休むとほかの人には手が出しにくい」仕事が増えており、代替がきかなくなっていることも問題。そのため、体調が悪かったり、気分がすぐれなくてもなかなか休めず、やがて本格的なメンタル不調に陥ってしまうというのである。


「それほど大袈裟に考えることでもない」と感じる人もいるだろうか。しかし、こうした傾向は、ここ10年から20年の間に日本の職場に起きた「重大な変化」だと著者は指摘している。


その背景にあるのは、グローバル競争の進展。中国や東南アジアなどの安い労働力との競争を迫られるなか、業績の伸びが期待できない分野(労働力)は整理されることとなり、より利益の上がる分野への集中が起こるというわけだ。さらに少子化による人手不足の深刻化もあいまって、日本の職場が急速に「余裕」を失っていったということである。


は、そのように変質した社会のなかで、今後のビジネスパーソンはなにを意識すべきなのだろうか。この問いに答えるにあたり、著者は社会の構造の変化を強調している。


 かつての日本企業では、「休むことなく、コツコツ働く」ことが美徳だとされてきました。これは端的にいえば工業型社会の労働モデルだといえます。毎日、工場に出てきて、多少調子が悪くても、ベルトコンベアを止めずに作業できれば問題ないといったイメージです。 それに対して、現在はサービス業型社会、すなわち消費者に対して高い付加価値を提供することで利益を生むという産業モデルなのです。そこで働き手に求められるのは、知的生産を含む高い労働密度になっています。そうした社会では、「休みなくコツコツ働く」よりも、「十分な休息をとって、高いパフォーマンスで価値を生み出す」ほうがニーズにかなっているのです。「休むのも仕事のうち」。これこそが現代の日本の職場にふさわしいスローガンだと思います。(110〜111ページより)


だとすれば、気になるのは「休み方」だが、疲労回復において鍵を握るのは「質の高い睡眠」。しかも、より重要なのは睡眠時間ではなく、「眠りの深さ」なのだそうだ。


睡眠の深さは「1度から4度」までの4段階に分けられ、「1、2度」が「浅い眠り」で、「3、4度」が「深い眠り」。よって、短時間の眠りで生活ができる人は、眠りが深く睡眠効率がよいというのだ。6時間未満の睡眠でも十分な人は、「短時間睡眠者」と呼ばれる。


一方、9時間以上の睡眠が必要な人が「長時間睡眠者」。たとえば適正な睡眠期間が約9時間だという人は、7時間程度の睡眠では仕事も調子に乗らず、ボーッとしてしまうこともあるとか。このように最適とされる睡眠時間は人によってそれぞれ違うので、あまり時間にこだわらないほうがいいというのだ。


 睡眠のポイントは、眠ってから4時間の睡眠を大事にすることです。なぜなら「3、4度」の深い眠りはこの間に出るからです。そのあとの睡眠は「おまけの眠り」ともわれています。とくに明け方はうつらうつらの状態が続き、ちょっとしたことで目覚めやすいのですが、眠りの質から言えば、あまり重要ではありません。『隠れ疲労』などの著書で知られる、疲労医学の研究者、梶本修身大阪市立大学大学院特任教授は、睡眠の質を上げる方法として、1.決まった時間に起きる、2.軽い運動を日々の生活の中に取り入れる、3.40度以下のぬるま湯で半身浴をする、4.寝る1時間前にリラックスタイムを設ける、などを挙げています。反対に、眠りの質を下げるのは、就寝前にスマートフォンをいじる、コーヒー・タバコ・酒などを摂取する、などです。(113ページより)


産業医は同じ会社を長く担当することも多いため、患者を長いスパンで診ることができる。たとえば「うつ状態」で長く会社を休んだあと、「どのように職場復帰したか」「その後の健康状態はどうだったか」といった経過観察が可能だということだ。そして「うつ状態」になってしまった患者のその後を見ていくと、しっかり休んだ人のほうが再発しにくいことがわかるという。


一方、数日でも仕事から離れて、睡眠もとれるようになると、本人は気が楽になるもの。そのためすっかり回復したと思って無理して出社した結果、しばらくしてしんどくなってしまうパターンが多いのだそうだ。


そのため、中途半端に復職を焦ることなく、専門家の指導のもとで十分に休み、薬を服用し、リハビリもきちんと行うことが大切。「そのほうが長い人生においてプラスだと思います」という著者のことばには、大きな説得力がある。


『中高年に効く!メンタル防衛術』


 夏目 誠 著


 文春新書


[筆者]


印南敦史


1962年生まれ。東京都出身。作家、書評家。広告代理店勤務時代にライターとして活動開始。現在は他に「ライフハッカー[日本版]」「東洋経済オンライン」「WEBRONZA」「サライ.jp」「WANI BOOKOUT」などで連載を持つほか、「ダ・ヴィンチ」などにも寄稿。新刊『読んでも読んでも忘れてしまう人のための読書術』(星海社新書)をはじめ、ベストセラーとなった『遅読家のための読書術――情報洪水でも疲れない「フロー・リーディング」の習慣』(ダイヤモンド社)、『世界一やさしい読書習慣定着メソッド』(大和書房)、『人と会っても疲れない コミュ障のための聴き方・話し方』(日本実業出版社)など著作多数。




印南敦史(作家、書評家)


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