姫乃たまが東洋化成に潜入! カッティングエンジニアに聞く、アナログレコードへの思い

3

2018年10月06日 10:02  リアルサウンド

  • 限定公開( 3 )

  • チェックする
  • つぶやく
  • 日記を書く

リアルサウンド

写真

 東洋化成は日本で、アナログレコードの製造と印刷を手がけていて、現在は流通まで一貫して請け負っている世界でも珍しい会社です。「音楽のプロフェッショナルに聞く」第11回目は、アナログレコードの文化を支え続ける東洋化成にお邪魔して、カッティングエンジニアとして働く藤得成さんにお話を伺いました。再びアナログレコードの魅力に注目が集まる中、音楽とレコードを愛しながら働く藤得さんの嬉しさに溢れたインタビューです。(姫乃たま)


(関連:90年代ヒップホップ集中連載1:元CISCOバイヤーが語る、宇田川町が“レコードの聖地”だった頃 


 藤得成さんと初めて会ったのは、とあるレコードを販売しているコンビニ(!)でした。東洋化成でカッティングエンジニアをしていると言うので驚いたのを覚えています。うわあ、レコードの溝を彫ってる人っているんだ……と、考えてみれば当たり前のことでしみじみと驚いたのです。


 東洋化成のカッティングルームにお邪魔すると、藤得さんはレコードを聴いていました。スピーカーのほかに見慣れない機材がたくさんあって、コックピットみたいです。東洋化成はカッティングの際に立会いをさせてもらえると知人のミュージシャンたちから話は聞いていましたが、私は立ち会ったことがなかったので憧れていました。ここで一体、どんなことが行われているのでしょう。


藤得成さん(以下:藤得):ここでお客様からいただいたマスター音源を、アナログレコードのフォーマットに変換して溝を刻んでいます。この辺りの機械はデジタルからアナログに変換するためのアンプたちです。最近はデジタルデータでいただくことがほとんどですが、CDとDATを取り込むための機械もあります。アナログテープ用のオープンリールは、最近また、こだわっている方や、和モノの再発とかで使われていますね。変換する時にマスター音源と音が同じになるように音質を調整するので、そのための機械もあります。で、これでカットします。


ーーおおっ、このカッティングマシンでカッティングができるんですね!


藤得:しかもこれ、カットされた屑をバキュームで吸い込むんですよ。


ーーすごい、歯医者みたいだ……。


藤得:カッティングしたら顕微鏡で確認します。溝と溝がくっつくと針が飛んだりしちゃうので。これはちょっと溝が太めですね。100ミクロンくらいあります。だいたい60から80ミクロンくらいです。


ーーミクロン……? 素人が見ても全然わからない……。普通にうねうねしてるところもありますけど、これは大丈夫なんですか?


藤得:これは大丈夫です。


ーーうー、特殊技能。いまカッティングエンジニアって国内に何人くらいいらっしゃるんでしょう。


藤得:そうですね……6人とか7人とかですかね。


ーーえっ、少ない!!


藤得:僕がいま30歳なんですけど、アダルトな方々が多いのでもしかしたら最年少かもしれないです。東洋化成には私以外に2人いて、カッティング歴40年以上の手塚和巳という者がいま67歳です。


ーー技術が必要な仕事だから、最初は修行みたいなものがあるんですかね?


藤得:そうですね。僕は1年くらい手塚についていました。その後、西谷という者について、自分でもカッティングさせてもらえるようになって、今1年半くらいです。最初の頃は立会いのないカッティングを受けていて、お客さんとあまり会わずにカッティングしたテスト盤を送っていました。


ーーちなみにこれだけ毎日レコードを聴いていても、家で聴きますか?


藤得:聴きますね! レコードは盤面だけじゃなくて、アンプとかカートリッジの組み合わせとかでも全然サウンドが変わるじゃないですか。どれが正解っていうのもないですし、好みに応じてカートリッジを変えるのが楽しくて、いま家にターンテーブルが8台くらいあります。


ーーえっ、ジャズはこれで聴く、とかですか?


藤得:クラシックはこれとか、ロックはこれとか(笑)。カートリッジはもっとあります。自分だけの世界になれるじゃないですか。趣味が高じて、ジュークボックスまで買っちゃいました。


ーーえ、自宅にジュークボックスある人っています?!


藤得:(笑)。


 「レコードの日」(註:毎年11月3日に東洋化成が主催しているイベント。東洋化成プレスの参加アーティストのレコードが一斉に販売されるので、つまりとーってもたくさんのカッティング作業があります)が近づいていて、この後も立会いがあるそうなのでカッティングルームを後にして、藤得さんとプレス工場に向かいました。


藤得:カッティングで溝をつくるので、そこで音が決まるのは確かなんですけど、レコードはそれ以降の工程も結構あるので、カッティングはレコード化するための第一歩って感じです。レコード自体は塩化ビニールで出来ているんですけど、カッティングはラッカーという柔らかい材質の盤に施すんです。


ーーカッティングからプレスの間にも工程があるんですか?


藤得:はい。ラッカー盤はすごく傷つきやすいのと、それだけだとレコードの複製ができないんですよ。プレス作業って、塩化ビニールを上下から圧迫して両面に溝を刻むんですけど、ラッカー盤でやるとレコードの溝が山になっちゃうじゃないですか。


ーーほんとだ。それでは聴けない。


藤得:そこで電鋳メッキっていう工程があるんですけど、ラッカー盤に金属を乗っけるんです。500オングストロームくらい。


ーー500オングストローム……?!


藤得:すごい薄く乗せるのを何回か繰り返して、それをベリベリっと剥がします。その剥がしたやつが「マスター盤」になるんですけど、溝が山になるじゃないですか。すると今度は音が心配なので、また溝がある「マザー盤」を作って確認して、もう一回メッキで山の盤を作って、それが「スタンパー盤」っていうプレスの機械に装着する盤になります。


ーーえっえっ、そんなに工程が?


藤得:僕、なんか面倒くさいものが好きで、もしかしたらそこがこの仕事の魅力かもしれません。


 プレス工場は社内の一室にあるので、扉を開けるとオフィスからいきなり工場になって少し驚きました。


藤得:これがレコードの元です(真っ黒な塩化ビニールの塊を見せながら)。


ーーうわあ、なんとも言えない見た目です。


藤得:これ全体に100トンくらいの圧力をかけて、プレスします。ラベルも、この機械で一緒に圧着させます。


ーー100トン。


藤得:プレスしたばかりのレコードは熱々なので、冷やして固めます。円盤からはみ出した部分は冷やして固めた後にカットして袋に詰めておきます。


ーー再利用するんですか?


藤得:昔は再利用してたんですけど、何回も練ると異物が混ざったり、硬くなったりするので、最近はピュアな材料だけで作っています。


ーー実はこのレコードが、あの曲のレコードのプレス時にはみ出した材料で出来ていた……っていうのもロマンがありますけど、そういう事情があるんですね。そういえばピクチャー盤はどうやって作っているんですか?


藤得:あれはまた作り方が違って、スタッフが一枚一枚手作業でやっているので……かなりアナログです。中に紙が入っていて、紙に直接溝を作るわけにはいかないので、薄いシートに溝を作って挟んで製造しています。シートの間に埃などが入っていないか確認しながら、中の紙の水分が出て曇らないように乾燥機にかけるんです。乾燥もやりすぎると変色してしまうので……見ます。アナログです。


ーー目で見て確認するんですね。


藤得:ピクチャー盤に限らず、一見問題がなくても音はわからないので、200枚に一枚抜き打ちで音に異常がないか確認しています。そのための試聴室があるので行ってみましょう。


 これまであまり取材されたことがないという試聴室に連れて行ってもらいました。藤得さんは以前、試聴もされていたそうです。


藤得:中で女性スタッフが聴いていますね。この部屋はすごくいいカートリッジとかスピーカーを使っているわけじゃないんです。音質というよりも異常がないかをひたすら聴いて確認しています。


ーーわー、この仕事を藤得さんもされてたんですね。


藤得:僕、最初はプレスされたレコードを袋に詰めて、ジャケットに入れるアルバイトをしてたんですよ。


ーーわあ、それはすごく感動しそう!


藤得:そう! サンタさんになった気分です。僕もレコードを買って取り出した時、嬉しいから。レコードが傷ついてないか一枚一枚確認しながら、手作業でやってたんだって感動しました。


ーーそういえばカッティングルームで何を聴いてたんですか?


藤得:僕が高校生の時に初めて買ったレコードを……。今日何話そうかなと思いながら昨日家で聴き始めたら止まらなくなって朝までやってました(笑)。The Walker Brothersの『太陽はもう輝かない』は、神保町の(ディスク)ユニオンが細い路地にあった頃にジャケ買いしたんです。大人の人たちがレコードさくさく探してて、格好いいと思いました。『太陽はもう輝かない』ってタイトルもヤバいし、高校生の頃マッシュルームカットだったから、これ良さそうと思って(笑)。


ーーいまと真逆の髪型だ!


藤得:パンクとかモッズとかが好きで。いまの髪型は大学入った時くらいに小林旭さんがめちゃくちゃ好きで、床屋さんにジャケット持ってって「こういう髪型にしてください!」ってお願いしました(笑)。当時はこれまたアナログなんですけど、おじさんからもらったフィルムカメラをやっていて、大学の写真学科に通ってたんです。でもバンドとかやってて全然大学行ってなくて、中退しちゃったんですよ。出版社で編集の仕事をやったりもしたんですけど、もしかしたら写真じゃないかもしれない、と思い始めた頃にその会社との契約が満了して。


ーーそれで前から好きだったレコードの東洋化成に……!


藤得:いや、築地の市場で働きながら、専門学校にも通い始めたんです。レコードも好きなんですけど、オーディオ機器も好きだったので、スピーカーとかアンプを作りたいと思って、電子工学の専門学校に入学したら、みんなロボット工学とかやりたいから音響コースが全然人気がなくて。熱心に出席してるのはほとんど僕ひとりだったので、先生に色々教えてもらえて知識もつきました。趣味でオーディオ機器を作りながら秋葉原の電子部品屋さんでバイトして、お客さんと情報交換したり、貴重な体験でした。


ーーその頃を考えると、いま働いてるカッティングルームって本当に夢みたいですね。いままでカッティングして思い出深かったレコードはありますか?


藤得:そうですね。片面に50曲入ってて、両面で100曲、というジングル集をやったことがあって。先輩にも「100曲は初めて見た」って言われました。ちゃんと見ていないと溝が繋がっちゃうので緊張しました。あとは、最初に立会いさせてもらった時も嬉しかったです。東洋化成の営業の人がやってるバンドのレコードだったんですけど(笑)。


ーーすごい! 営業さんまでみんな本当にレコード好きな人たちが働いているんですね。


藤得:印刷の人もみんな音楽好きで聴いてたりやってたり、仕事ではあるけど、好きだからこそよりよくしようっていう意識がありますね。最近はレコードのオーダーが増えて、若い従業員も増えているし、中心で働いている50、60代の職人から技術も継承され始めています。「レコードの日」も年々タイトル数が増えているし、10月6、7、8日にレコードのイベントがあります。DJの方やレコード屋さんに声をかけて、活版印刷さんにも協力していただいて、遊びに来た人がその場でジャケットも印刷できるようなイベントになると思ってます。今は音楽性も変わってきて、昔はなかったようなデジタルの音楽も生まれてきているので、時代に合わせてレコードも新しいものを作っていかないといけない。まずはとにかくレコードの存在が広まったらいいな、と思っています。


 カッティングルームに戻っていく藤得さんと別れて、取材に付き添ってくれた営業部の社員さんたちにお礼をしました。1人はなんと今年、20年ぶりにレコード営業部に新卒として入社したという社員さんで、彼女は目を輝かせて「音楽が好きです」と話してくれました。


    ニュース設定