日本の地面師詐欺は、アメリカの「タイトル保険」で防げる - 冷泉彰彦 プリンストン発 日本/アメリカ 新時代

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2018年10月18日 16:02  ニューズウィーク日本版

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ニューズウィーク日本版

<アメリカの不動産売買では買主の所有権を保証する「タイトル保険」という制度があり、これに伴う物件調査「タイトル・リポート」と共にリスクを低減する仕組みになっている>


日本の大都市では、地面師詐欺という犯罪行為が増えているようです。例えば、大手の住宅メーカー「積水ハウス」が東京都品川区にある旅館跡の土地をめぐって詐欺にあい、約55億円をだまし取られた事件が話題になっています。


この事件では、63歳の女性が所有者になりすまして演技をしていたとか、空き物件にわざわざ南京錠で施錠して、解錠する行為で正当な所有者という印象を植え付けたなど、まるで映画のような手口が使われたそうです。


この「勝手に施錠して騙す」という手口ですが、鍵はわざわざ「騙した弁護士に持たせておいた」そうです。ということは、解錠するシーンでは、鍵を取り出した弁護士は迫真の演技どころか、「本当に犯行グループが所有者だと信じて」いたわけですから、100%リアルな挙動だったのでしょう。


この「勝手に施錠」した鍵を開けて「勝手に物件を内覧させた」パフォーマンスの前には、14億円の手付金を払っただけで、被害会社の側は、このパフォーマンスが後押ししてさらに40億円以上を振り込む羽目になったわけです。


この事件ですが、地方の経済衰退を横目に、東京など大都市の中心部の地価は高騰していることが背景にあるようです。また、所有者が高齢になったり、健康を崩したりすることで、管理できなくなった高額物件が出てきたという、時代背景も指摘できます。


ですが、こうした問題に加えて、不動産取引と登記における日本の慣行にも問題があるように思います。


まず、原本や印鑑といった「リアルな証拠」に効力をどこまで持たせるのかという問題があります。登記簿も、印鑑証明も、あるいは本人確認用の旅券や健康保険証も、正当に使用されれば便利な「信用の道具」になるわけですが、悪意を持って偽造、あるいは詐取された場合には「信用システムとしての脆弱性」を発揮してしまいます。


つまり、この種の犯罪が横行する現代では、原本や印鑑の「オリジナル」にこだわるよりも、その労力を「第三者の目を入れる」とか「専門家のネットワークによって信用を確認する」といった「システム」を考える時期だと思います。


例えば、アメリカで不動産を購入する場合には「タイトル保険」という保険を買わされます。タイトルというのは所有権のことです。どういうことかというと、仮に不動産を購入した後に、全体もしくは部分について、別の所有者であるとか抵当権者が登場してしまうと、買主は代金を払ったにも関わらず不動産の所有権移転ができなくなるからです。


また、不動産ローンを組んだ場合、アメリカの不動産ローンというのは「ノン・リコース」といって、仮にローンが破綻した場合は担保物件を差し出せば、債務残額は免除されるのが普通です。ということは、過去に遡って所有権に問題があった場合は、その欠損分は買主からローンの貸し手に行くことになります。


そこで、通常の不動産取引の場合には、「買主のリスク」に対処する「タイトル保険」と「ローン貸主のリスク」に対する「タイトル保険」の双方を同時に付保することが普通です。その保険料は、「一回払い」で「住宅一軒で1000ドル(12万円)前後」というのが相場(州によっても、そして価格によって変動します)であり、「買主」のための保険料は、「売主」が負担し、「ローン貸主」のための保険はローンを借りる「買主」が負担するのが普通です。


こうした保険料は、売買契約と住宅ローン契約の一連の決済の中に含めて清算することになっていて、売買に立ち会う弁護士などが全体を取りまとめて手続きをしてくれるのが通例です。個人の住宅購入だけでなく、法人による大型の物件購入の場合は保険も大型になりますが、基本は同じことです。


日本の場合は、とりあえず法務局による国営の登記制度がある以上は、それを疑うことを前提とした「タイトル保険」という商品を作るのは難しいかもしれません。ですが、アメリカの「タイトル保険」というのは、単に保険によって損害のリスクを回避するだけではなく、保険会社がこの「タイトル保険」の保険料を算定するために「タイトル・レポート」という対象物件に関する所有権と担保設定の「可能性」に関する詳細な報告書を作る、そこに重要な点があります。


この「タイトル・レポート」作成のために、調査員と調査体制が存在し、また専門の弁護士が活動しているのです。そのノウハウに関しては、日本でも何らかの形で、学んで導入することはできると思います。


とは言え、今回の品川区の物件については、時価100億円という物件が約60億で入手できるという商談であったわけで、その信ぴょう性についてはキチンと手間暇とコストをかけるのがプロの仕事のはずです。そのリスク評価が必要だという部分は、「タイトル保険」とか「タイトル・レポート」といった制度のない日本でも、まったく同じだと思います。


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