賛否分かれる反応が拡散!? 阿部サダヲ×吉岡里帆『音量を上げろタコ!』は “沼感”を楽しみたい!

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2018年10月20日 08:02  リアルサウンド

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 ロマンスとは、大昔のローマ人が大好きだった空想物語や通俗小説のことを元々は指していたそうです。大昔のローマではラテン語が公用語であり、ラテン語として記録に残すべき価値のないもの、くだらないものという意味もロマンスにはあるとのこと。でも、価値がないって、いったい誰が決めるんでしょうか? くだらないものこそ、サイコーじゃないスか! 脱力コメディ『時効警察』(テレビ朝日系)や『インスタント沼』(09年)、『俺俺』(13年)で知られる三木聡監督のオリジナル新作『音量を上げろタコ! なに歌ってんのか全然わかんねぇんだよ!!』は、そんな由緒正しい“ロマンス”をめぐる映画です。


参考:2017年ブレイク女優・吉岡里帆が打ち出した新たなヒロイン像 強みは“共感できない”ところ?


 物語のヒロインとなるのは、まったく無名のストリートミュージシャン・ふうか(吉岡里帆)。人気アーティストになることを夢見て田舎から上京してきたものの、自分で作ったオリジナル曲は恥ずかしくて、ささやくような小声でしか歌うことができません。自意識は強いけど、恥はかきたくないという面倒くさい女の子です。


 ふうかはとても声が小さく、自己主張しないため、人通りの多い駅前でバンドを従えて歌っていても、ギャラリーはチラ見しただけで彼女の前を通り過ぎる一方です。ふうかのバックで演奏していたバンドメンバーたちさえ去っていきます。バンドリーダー兼ふうかの彼からも別れを告げられますが、ふうかは最後に一緒に入った牛丼屋から彼が出ていくのを見送るだけで、見苦しく彼の足元にすがりつくことすらできないのでした。


 失敗するのは嫌、傷つくのも嫌、でも自分にしか歌えないオリジナルソングを歌いたい。そんな自己矛盾を抱えたふうかの前に、真逆の価値観を持つ男・シン(阿部サダヲ)が現われます。シンはリスクを負い、自分の肉体を痛めつけることを良しとする昔ながらのロックミュージシャンです。まったく相容れないはずの2人が路上で出逢ったことで、物語は動き始めます。これが『音量を上げろタコ!』、略して『音タコ』のあらすじです。物語の定番ともいえる「ボーイ・ミーツ・ガール」の逆、「ガール・ミーツ・ボーイ」、いや「ガール・ミーツ・オッサン」という分かりやすい図式です。


 生きていく上で、まったく役に立たない雑学ばかりを紹介した『トリビアの泉』(フジテレビ系)や深夜の長寿番組『タモリ倶楽部』(テレビ朝日系)など、三木聡監督は数々のお笑い番組を手掛けてきた構成作家出身なこともあって、三木監督作品はストーリーに直接関係のないギャグや豆知識がそこかしこに散りばめてあるのが特徴です。ふうかの伯父さん・ザッパおじさん(松尾スズキ)はちょっと油断すると、すぐに「いいの、いいの、ブライアン・イーノ」「義耳シェルター」など、洋楽好きな人じゃないとさっぱり意味不明な駄洒落を連発します。ちなみにザッパおじさんのザッパは、フランク・ザッパが名前の由来ではなく、大雑把だからザッパおじさんだそうです。くだらないにも程があります。これ、コメディやっている方への最大級の賛辞です。


 作家性の強い映画について語る際に「この監督の世界観が……」みたいな言い方をよくしますが、三木監督の場合は“世界観”ではなく“沼感”と呼びたくなります。沼のうっそうとした雰囲気、ぬめり感があればあるほど“いい沼”です。それこそ、三木監督のオリジナル作である『インスタント沼』や『亀は意外と速く泳ぐ』(05年)、『図鑑に載ってない虫』(07年)はとてもいい沼加減でした。『音タコ』にも目には見えない大きな大きな沼が広がっています。


 ふうかが足を踏み入れ、溺れかかっているのは“自意識”という名のそれは深い深い底なし沼です。足掻けば足掻くほど沼にハマってしまいます。そんなふうかの頭上に、芥川龍之介の短編小説『蜘蛛の糸』のように細〜い救いの糸が垂れ下がってくるではありませんか。その細〜い糸とは、ふうかがばったり出逢ったシンの吐いた「音量を上げろタコ! なに歌ってんのか全然わかんねぇんだよ」やら「やらない理由を探すな」という罵声でした。最初はシンの言葉を素直に受け入れられなかったふうかですが、沼の中で反芻し、自分への罵声を金言へと換えていくのでした。底なし沼でいくら気取っていても、そのままではゆっくりと沈むだけです。沼から抜け出すには、力の限り叫ばなくてはならなかったのです。


 三木監督が新たに用意した“沼”へ、ずっぽりと飛び込んでみせた売れっ子女優の吉岡里帆。今回はストリートミュージシャン役ということで、吉岡里帆はクランクインの半年前からギター演奏の特訓とボイストレーニングに励んだそうです。そんな泥沼の中で懸命にもがく吉岡里帆演じるふうかを見守るのが、パンクバンド「グループ魂」のボーカリストであり、宮藤官九郎脚本作『舞妓Haaaan!!!』(07年)ほか多くのコメディ作品に出演してきた阿部サダヲという組み合せです。沼を抜け出た2人は、勢い余って国外にまで飛び出すことに。クライマックスには、映画史に残るほどの衝撃的な長い長い××シーンまで用意されています。


 冒頭で『音タコ』はロマンスをめぐる物語だと紹介しましたが、ロックをテーマにした映画でもあります。HYDE、あいみょんらがオリジナル曲を提供しているも大きな話題ですが、人気ミュージシャンが参加しているからロックな映画だというわけではありません。スカやレゲエには決まったリズムがあるのに比べ、ロックはとても曖昧な言葉です。ロックはすごく感覚的なもので、100人中99人が興味を示さない、耳を塞ぐ音楽でも、残り1人が「サイコーじゃん!!」と心震わせて立ち上がれば、それがロックなんだと思います。むしろ、100人中100人が「いいね」を押すような音楽は、ロックから離れていくように思います。


 10月12日から公開が始まった『音タコ』のTwitter上のつぶやきを拾ってみると「劇中曲がいい」「主演の2人がいい」という声がある一方、「個人的に合わなかった」「どこが面白いのか分からない」「21世紀最大の駄作」といった手厳しい意見も出ているようです。まぁ、三木監督にしてみれば「ばっちこ〜いッ!!」な心境じゃないでしょうか。構成作家時代は、視聴率を稼ぐことよりも、まだ誰も見たことのないおかしな番組を作ることに情熱を注いできたロックなクリエイターですから。


 99人が興味を示さなくてもいい。「音量を上げろ」「やらない理由を探すな」というシンの言葉にふうかが目覚めたように、たった1人にでもその言葉が心に届けばいい。それって、すごくロマンスだなぁと思います。(長野辰次)


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