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オードリー若林が「自分探し」の先に辿り着いた境地とは

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2018年10月20日 18:02  新刊JP

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新刊JP

写真『ナナメの夕暮れ』(文藝春秋刊)
『ナナメの夕暮れ』(文藝春秋刊)
自分がよくわからないから「自分探し」をずっとやってきた――こうエッセイで書きつづるのは、お笑いコンビ・オードリーの若林正恭さんだ。

『完全版 社会人大学人見知り学部 卒業見込』『表参道のセレブ犬とカバーニャ要塞の野良犬』に続く3作目となる『ナナメの夕暮れ』(文藝春秋刊)。本作は、雑誌『ダ・ヴィンチ』での連載に、大幅に書き下ろしエッセイを加えた一冊だ。

セーターの毛がチクチクするのが我慢できなかった幼稚園時代、学ランの第一ボタンをしめると苦しいのに、なぜしめないといけないのか疑問に感じていた高校時代。疑問を持ってしまう人は「自分探し」と「社会探し」をしなければ、「行き辛さ」は解消されない。

「ぼくはずっと毎日を楽しんで生きている人に憧れてきた」と若林さんは言う。その筆頭が、相方の春日俊彰さんだ。しかし、「そういう人間になることは諦めたし、飽きた」という若林さんは、「自分探し」の答えと「日々を楽しむこと」をたぐり寄せる。その過程が本書では語られている。

考え方の変化も読みとれる。8年前の連載第1回目には「好きなことを仕事にしたから、趣味なんていらない」と書いていたが、今は「絶望に対するセイフティネットとして、趣味は必要である」と確信しているという。
ゴルフ、プロレス観戦、一人旅といった新しい趣味を持ったことやDJ機器の購入も考え方が変わったからだ。
これは若林さんの父が亡くなる間際に病室で「ありがとな」と母と握手している姿を見たためだという。このとき、人間は内ではなく外に向かって生きた方が良いということを全身で理解した。そして、自意識を守るために誰かが楽しんでいる姿や挑戦している姿を冷笑する陰鬱な青年期を過ごしてきたからこそ、今年40歳になった若林さんは、今こそ世界を肯定する姿を晒さないとダメだな、と思ったのだそうだ。

また、30代前半の頃は、個室居酒屋で女の子と二人で飲みに行くこともあったが、女の子と話すことがつまらなかったという。「飯なんてなんでもいいと思っていること」「表参道とか六本木を歩くと吐き気がすること」「イルミネーションに感動したことがないこと」を思っていないふりをして、「真っ当な消費者であり、常識を持ち合わせた身軽な30代」を演じているのが苦痛で仕方なかったからだ。
だが、30代半ば頃に小説家の西加奈子さんと加藤千恵さんと出会う。彼女たちは若林さんの正直な話を笑いながら受け入れてくれたのだ。自分の価値観を受け入れてくれる異性が少数でもいるにはいる、と思えるようになり、以前より女性が苦手ではなくなったという。

こういった身の周りの出来事や自意識と真っ向から向き合いながら、若林さんは「自分探し」の答えをたぐり寄せていく。人見知りを自覚している人、鬱屈とした日々を送っている人にとっては心のよりどころになるような一冊だ。

(T・N/新刊JP編集部)

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