バイエルン州議会選が日本人にも無関係ではない理由

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2018年10月23日 16:02  ニューズウィーク日本版

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ニューズウィーク日本版

<ドイツの保守王国バイエルンの州議会選で起きた地殻変動――移民問題はヨーロッパの人々にどれだけ深刻な影響を及ぼしているか>


それはまるで「自民保守王国の高知県や島根県で共産党が勝利するくらいの衝撃」とでも表現すれば良いだろうか? 10月14日に行われたドイツ・バイエルン州の州議会選挙の結果のことだ。



詳しい説明をする前にドイツの政治状況をおさらいしてみよう。 戦後のドイツ政治は左派のSPD(社会民主党)と保守派のCDU(キリスト教民主同盟)の二大政党を中心に行われてきた。そこに「自由党」や「緑の党」などがキャスティングボードを担う連立相手として台頭し、近年は二大政党による大連立となっている。長期政権が続くメルケル首相はCDUの所属。近年こそ大連立が続いているが、戦後は二大政党で政権交代しながら国が運営されてきた。そんななかでの今回のバイエルン州議会選挙の結果だ。



実は「バイエルン州」はドイツの中でも特殊な州。「バイエルン王国」に起源を持つ独立性が強い州であり、文化的にもプロイセン王国に起源を持つ他州とは違い、オーストリアなどと文化が近い。ドイツの中でも伝統を重んじ、保守的で安全、経済も堅調で可処分所得が高い州としても知られる。そんなバイエルン州で戦後一貫して過半数を占め、政権を担ってきたのがCSU(キリスト教社会同盟)だった。CDUの姉妹政党でバイエルン州の地域政党、そのCSUが今回初めて単独過半数に届かないという歴史的敗北をしたのだ。



原因として最も大きいのは、国の移民政策といって間違いなさそうだ。ドイツ南部に位置するバイエルン州は地理上の理由でシリア難民の多くがたどり着くドイツの「玄関口」となり、そのことが余計に移民政策への反感を生む結果となった。実際に州都ミュンヘン周辺でも、学校の校庭に仮設住宅が造られて子供達が外で運動できないなど、生活に影響を与える事例が多発した。近所にドイツ語を話さない人々が増え、ストレスを感じる人も増えてしまった。


元々ドイツは人口の約10%が移民を含む外国人であり、トルコの海岸に打ち上げられた移民少年の遺体の写真が出回った際は、多くのドイツ国民は人道的に移民を受け入れることに賛成だった。急激な市民生活の変化が、市民の気持ちを変えてしまったのだ。



そして迎えた今回のバイエルン州議会選挙。ドイツは独立性の強い連邦州から構成されており、各州には大統領もいるので、ただの地方選挙とは違って国政にも大きな影響を与える。メルケル政権にとっても重要な選挙だったのだ。州与党のCSUは大きく議席を落としたものの第1党であることは変わらず、政権を担う。ただし単独過半数に達せず、連立相手を探さなければならなかった。国政で連立を組むSPDはなんと得票率9.6%で第2党の地位を失い、現実的に連立相手にはなれない。


CSUが連立相手に選んだのは、11.6%を得票した「Freien Wählern(自由な有権者)」という保守政党。彼らの主張もさらに保守的で、「ミュンヘン空港の第三滑走路建設停止」を掲げるなど、CSUも連立を組むにあたり政策的にかなり譲歩を強いられることになりそうだ。


EU(ヨーロッパ連合)の誕生、そして国境撤廃をうたう「シェンゲン協定」の発効以後、ヨーロッパでは人の流動性が経済も文化も変化させ、光と影があるとはいえヨーロッパを強くしてきた。そんななか経済が堅調なドイツはヨーロッパを引っ張るブルドーザーとして先頭を歩み、職を求めて多くの外国人が集まってきた。その多様性があるからこそ、ドイツ人の勤勉さと相まって近年のドイツの発展があったわけで、外国人受け入れが厳しくなればこの流れも大きく変わっていく可能性がある。


現にドイツのビザを取得するのが以前より難しくなっている。私の周りにいるドイツ人男性と結婚した日本人女性がドイツに住もうとすると、以前よりも厳しい語学テストに受からなければならなかったりと、日本人にも変化の影響は出ているようだ。



外国からの労働力を受け入れることで経済を強くしてきたドイツ。そしてさまざまな人種が共存することでドイツ人の誇りであるサッカー代表が世界一になったり、文化的な変化を生んだりしてきた。人道的には移民受け入れに反対する人は多くないだろうが、いざ自分の生活に関わってくると不安がある気持ちも私自身理解できる。しかし、人種の融合や文化の融合は世界がインターネットで繋がり狭くなった今の時代には避けて通れない道であるし、むしろ歩んでいくべき道なのかもしれない。



長い争いの歴史、そして悲劇の20世紀を乗り越えてきたヨーロッパが描いた民主主義とキリスト教という共通の価値観を持つ人々の国境の壁を取り払い、かつ、その中で武力で争う悲劇を繰り返さないという理念が逆行することはないだろう。しかし、その理想と理念を「どの人々までと共有できるのか」というジレンマはまだまだ続きそうだ。ヨーロッパのように共通の宗教や制度的価値観を共有していないアジアは何を学ぶことができるのか? 注意深く見ていくことが重要ではないか。


[執筆者]サッシャ


ドイツ人の父と日本人の母の間にドイツ・フランクフルトで生まれ、小学校4年生の時に日本に移住。 独協大学外国語学部卒。現在も定期的に往復し、日本とドイツの架け橋となるべく活動中。FMラジオ局J-WAVE「Step One」ナビゲーター、日本テレビ系列「金曜ロードSHOW!」ナビゲーターのほか、ライブの司会や各種スポーツの実況などで幅広く活躍している。




サッシャ(ラジオDJ)


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