「スマホの電磁波で癌になる」は本当か

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2018年10月30日 18:12  ニューズウィーク日本版

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ニューズウィーク日本版

<WHOは「発癌性が疑われる」と警告し、細胞への影響を示す研究も......携帯電話の発する電磁波の危険性とは>


ティファニー・フランツが折り畳み式の携帯電話を初めて手に入れたのは16歳のとき。外出時には毎朝、ブラジャーの左カップに滑り込ませていた。


21歳のある夜、ペンシルベニア州ランカスターの自宅で両親とテレビを見ていたときに、左胸にしこりができているのを感じた。携帯電話のすぐ下の場所だった。


検査の結果、4カ所の癌性腫瘍が見つかった。「どうしてこんなことに?」と、母親は言った。


カリフォルニア州の乳癌専門の外科医ジョン・ウェストにとって、その答えは明らかだ。ウェストは13年、他の5人の医師と共に学術誌ケースリポーツ・イン・メディシンに論文を投稿。フランツを含む4人の若い女性の腫瘍について報告した。全員、携帯電話をブラジャーの内側に入れていた。


「私は確信している」と、ウェストは本誌に語った。「携帯電話との接触と、ヘビーユーザーである若い女性の乳癌との間には何らかの関係がある」


ただし、確たる証拠はない。研究者は長年、厳密な科学的見地から癌と携帯電話の関係性を調べてきたが、十分な成果は出ていない。そのため、ウェストが約60人の乳癌専門医の集まりで自分の仮説を提唱したとき、彼らは単なる偶然だとして取り合わなかった。


「いつか『あのときは笑ったが、彼が正しかった』と言われる日が来ることを願っている」と、ウェストは言う。


証明できないからといって、ウェストが間違っているというわけではない。WHO(世界保健機関)は11年、携帯電話は「発癌性が疑われる」と結論付け、「携帯電話と癌のリスクとの関係を注視」し続けることを推奨した。だが決定的な証拠がないことから、規制当局は慎重な構えを崩していない。


一方で携帯電話の使用頻度は爆発的に増加した。1986年に携帯電話を保有しているアメリカ人は68万1000人だったが、16年には契約数が3億9600万件に達した。今では全世界で50億人が携帯電話を使っている。


体と脳が発達過程にあるティーンエージャーは最もリスクが高いグループだが、同時に最も熱心な携帯ユーザーでもある。ピュー・リサーチセンターの今年の調査によると、13〜17歳の95%がスマートフォンを使っていると回答した(11年の調査では23%だった)。


ヘビーユーザーはリスクが高い


物理学や生物学の常識に従えば、携帯電話が癌を引き起こすことは考えにくい。携帯電話から放射される電磁波は「非電離」、つまり太陽光のX線や紫外線のようにDNAを損傷することはない。携帯電話の電磁波は電子レンジのものと同様だが、その強さは残りもののパスタを温めるのに必要なレベルより低い(研究初期の段階では、携帯電話の電磁波が体の組織を熱する可能性に焦点が当てられ、安全規制はこの懸念を念頭に導入された)。


癌を引き起こす携帯電話の電磁波と、脳または乳癌細胞との相互作用は不明なままだが、保健当局は懸念を抱いている。携帯電話の電磁波は、約35キロ先の基地局に届く強度が必要とされている。つまり、至近距離では信号の強度がかなり高くなるということだ。スマートフォンを耳に付けている場合、電磁波の強度は15センチ離れている場合の1万倍にもなる。


ほとんどのユーザーは携帯電話を耳に押し当てて、つまり脳組織に近い場所で使う。生殖器や消化器に近いウエストポーチやポケットに毎日何時間も入れている。


癌と携帯電話の関係をめぐる研究が決定的な答えを出せない理由の1つは、調査の困難さだ。一般に癌はゆっくりと進行するが、携帯電話は普及してから30年程度。実際にはまだ影響が出ていないのかもしれない。さらに明確な結論を出すには、調査対象を広げ、癌の原因として携帯電話を他の原因と切り分ける必要があるが、この作業は極めて困難だ。


無線通信事業者の業界団体CTIAの広報担当者は、具体的な質問には答えなかったが、一般論としてこんな声明を発表した。「科学的証拠によれば、携帯電話が放出する(電磁波の)エネルギーによる人体への健康リスクは知られていない」。さらに脳腫瘍に関する統計を引用して、「80年代半ばの携帯電話の登場以来、アメリカでは脳腫瘍の割合は減少している」と主張した。


この引用自体は正しい。ただし、通話時の携帯電話に近い部位、つまり前頭葉、側頭葉と小脳の腫瘍発生率は増加している。学術誌ワールド・ニューロサージェリーに掲載された12年の研究によれば、カリフォルニア州では92〜06年の間に、これらの領域で特に致死性の高い癌が増加した(脳の他の領域では減少していた)。


学術誌「労働・環境医学」に発表された14年のフランスの研究では、良性・悪性の脳腫瘍を発症した447人と対照群の被験者グループを比較した。その結果、全体的には脳腫瘍と携帯電話との間に関連は認められなかったが、一生のうちに携帯電話を896時間以上使用するヘビーユーザーは腫瘍発症率が高かった。


ただし、このカテゴリーに当てはまったのは37人だけで、関連があると結論付けるにはサンプル数が少な過ぎる。それに病気と行動の関係についての多くの研究と同様、この調査も携帯電話の使用時間を被験者の自己申告に頼っているため、信頼性に問題がある。


雄だけ腫瘍が増える理由は?


携帯電話と癌の因果関係はひとまず脇に置き、この種の電磁波が癌性腫瘍を生み出す可能性があるかどうかに焦点を絞った研究もある。米保健福祉省の一部門であるNTP(毒物調査プログラム)の研究者はシカゴのコンクリートの地下室で、携帯電話と同じ無線周波数の電磁波を3000匹以上のラットやマウスに照射した。


この研究の狙いは、携帯電話の電磁波が実験動物の腫瘍を誘発する可能性を調べること――それによって、無害とされる電磁波と細胞との相互作用を生み出す何らかのメカニズムがあるかどうかを確認することだった。


研究者は、一般的な携帯電話ユーザーよりも長時間、電磁波をラットとマウスに照射することにした。電磁波を10分間浴びせた後、10分間の休憩を取るというプロセスを1日9時間続けたのだ。大半の携帯電話のユーザーが浴びるものよりも高い強度の電磁波も照射してみた。最低レベルでも、携帯電話ユーザーの最大許容量にほぼ相当する体重1キロ当たり1.5ワットだ。


米連邦通信委員会(FCC)が定める携帯電話ユーザーの最大許容量は同1.6ワット。このレベルの電磁波は携帯電話が基地局との接続を確立しようとするときにしか発生しない。「通常の通話時に放出されるエネルギーは、この最大許容量よりずっと小さい」と、NTPの上級研究員ジョン・ブッカーは今年の記者会見で言った。


実験動物への照射量を大幅に引き上げるテストも行った。ラットには体重1キロ当たり6ワットまで、マウスには同10ワットまで上げてみた。さらに実験動物の全身、つまり脳、心臓、肝臓、消化器といった全ての臓器に高レベルの電磁波を照射した。


2年間にわたる照射の影響は顕著だった。最も強い電磁波を浴びた雄には浴びていない対照群と比べて6%も多く心臓に悪性腫瘍ができた(理由は不明だが、雌のラットではこうした差は出なかった)。その上、発症する割合は電磁波が強ければ強いほど高くなった。例えば体重1キロ当たりの照射量が1.5ワットだった場合の腫瘍数が4だったのに対し、6ワットでは11だったのだ。つまり、電磁波が大きな発症要因だったことが推定される。


ブッカーは、この結果をそのまま人間に当てはめることはできないと言う。それでも長時間にわたって強い電磁波を浴びると動物の細胞に何かが起こることが示されたのは確かだ。ブッカーは「電磁波を浴びた場合、人間の健康に何らかのリスクを与える可能性があることを、この研究は立証した」と語った。


電磁波の影響を受けた細胞の種類も懸念材料だ。腫瘍ができたのは神経細胞を囲むシュワン細胞だった。実験で腫瘍が発生したのはラットの心臓のシュワン細胞だけだったが、この細胞は携帯電話の電磁波を浴びやすい頭部などの部位を含め、全身に存在する。


先行する複数の疫学研究では、携帯電話を頻繁に使っているとシュワン細胞に珍しい種類の脳腫瘍が発生する確率が高くなるとの結果が出ている。また、3月にラマツィーニ研究所(イタリア)が学術誌「環境研究」で発表した研究でも、驚くほどNTPの実験と似た結果が出ている。この研究では2448匹のラットに1日に19時間、生まれてから死ぬまで継続して電磁波の照射を行った。すると、最も強い電磁波を浴びた雄のラットで心臓のシュワン細胞に腫瘍が発生する確率が有意に高くなったという。


大学や医薬品メーカーなどの専門家から成る委員会はNTPとラマツィーニ研究所の実験結果を検討し、雄のラットについて「発癌的活動のはっきりした証拠」が示されたとの結論を3月に出した。アメリカ癌協会のオーティス・ブローリー医務部長は「大きな変化をもたらす研究だ」と述べている。


NTPの研究は今年初めに中間報告という形で発表され、大きな反響を呼んだ。だがブローリーが本誌に語ったように、「まだ分かっていない重要な点がいくつか残っている」。例えば雌より雄のラットのほうが悪性腫瘍を発症しやすいのはなぜか。全体的に見ると照射を受けたラットのほうが長生きなのはなぜか。何より、もし携帯電話による電磁波が癌を引き起こすとしたら、そのメカニズムは何なのか。


人々を電磁波の害から守るためにどんな規制を設けるべきかはまだ分からないと、ブッカーは言う。携帯電話の電磁波が何らかのメカニズムで癌を引き起こすことは彼も疑っていないが、そのメカニズムを突き止めない限り、携帯電話をどう設計すべきかアドバイスすることは不可能だからだ。来年までに手掛かりを見つけるべく、彼はさらなる研究を続けている。


既に規制強化を行った国も


南カリフォルニア大学(USC)医学大学院のガブリエル・ザダ准教授は、正常だが影響を受けやすい細胞を、携帯電話の電磁波が癌細胞に変えてしまうメカニズムを突き止めるための実験方法を模索している。例えば外からの電磁波を遮断した箱に、作動中のスマートフォンとヒトの脳腫瘍の細胞を入れたガラス瓶を置くといったやり方で、細胞の種類別に電磁波の影響を比較検証しようというのだ。


NTPの照射実験の最終結果および新たな安全性に関する勧告はこの秋に出される予定だ。


米政府監査院(GAO)は12年の議会への報告で、携帯電話の使われ方の変化や最新の研究結果、WHOの勧奨などを受けて、携帯電話からの電磁波を浴びる量の基準や、試験を行う際のルールの見直しを求めた。そこでFCCは電磁波の基準見直しの必要性について調査やパブリックコメントの募集を公式に開始。16年までに900件のコメントが集まったというが、現在まで何の対応も取られていない。


現行のアメリカの携帯電話の安全規制は「携帯電話の電磁波の人体への害は細胞組織を熱してしまうことによってのみ起きる」という、今となってはおそらく誤った前提に基づいている。だが米食品医薬品局(FDA)に規制強化の計画はない。NTPの実験結果が公表されたあと、FDAは「現行の安全基準で一般の人々の健康を守るためには十分だと確信している」との声明を出した。


一方で、アメリカより厳しい規制を設けた国は多い。11年のWHOの勧奨を受けてフランスやドイツ、スイス、インド、イスラエルなど少なくとも8カ国は電磁波を浴びる量を減らすためのガイドラインを発表した。ベルギーとフランス、イスラエルは子供向けの携帯電話の販売を禁止しているほか、子供をターゲットにした携帯電話の宣伝を禁止している国もある。


アメリカ小児科学会(AAP)は13年、FCCやFDAに対して携帯電話や無線機器に関する基準を見直すように求めた。「子供は小さな大人ではなく、体の大きさのわりに携帯電話の電磁波を含むあらゆる環境からの影響を非常に強く受ける」と、当時のAAP会長トーマス・マキナニーは言った。またAAPは、子供やティーンエージャーの親に対し、携帯電話の使用を制限させるよう呼び掛けている。「携帯電話メーカーは、ユーザーが浴びている電磁波の量が安全なレベルかどうかを保証することはできない」からだ。


規制が見直されるまでに何かできることはないかと、あえてアメリカ癌協会のブローリーの携帯電話に電話して尋ねると、彼はこう答えた。「ヘッドセットやイヤホンを付ければいい」。もっとも本人は、普通に携帯電話を耳に押し付けてしゃべっていたが。


<本誌2018年10月30日号掲載>




[2018.10.30号掲載]


ロニー・コーエン(ジャーナリスト)


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  • いやまあ、仮に事実だとしても誰も彼も俺は大丈夫理論で辞めないだろ? ニコチン、アルコールに続く第三の中毒SNS、又はストレートにスマホ中毒。
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