選挙直前のユダヤ教徒へのヘイト犯罪、トランプはスルーする構え - 冷泉彰彦 プリンストン発 日本/アメリカ 新時代

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2018年10月30日 19:52  ニューズウィーク日本版

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ニューズウィーク日本版

<右派への影響を考慮してか、ユダヤ教礼拝所への乱射事件については「責任がない」という姿勢でトランプは通そうとしている>


米中間選挙の投票日が迫るなかで、恐ろしい事件が続いています。フロリダで容疑者が逮捕された連続小包爆弾送付事件が全米を震撼させたのもつかのも間、27日土曜にはペンシルベニア州ピッツバーグのユダヤ教礼拝所で乱射事件が発生し、11人が殺害されました。


トランプ大統領は、爆弾事件の容疑者が熱狂的なトランプ信者だったこともあって、容疑者逮捕後に「国民の和解を」というメッセージを出しました。ところが、ユダヤ教徒への乱射事件については、それとは異なった対応を取っています。


まず、事件の第一報に対しては「礼拝所が武装していれば防げた」という、まるでNRA(全米ライフル協会)のような発言をしています。また悲惨な事件だったにもかかわらず、直後には野球観戦をしながら作戦批評をするという意味不明の行動も見せています。


どうやら、大統領と周囲は、この第二の事件に関しては「大統領には責任がない」という姿勢でスルーしようという構えに見えます。少なくとも、事件の2日後、週明けの29日までの状況はそうです。


例えば、ホワイトハウスのサンダース報道官は、「乱射事件については大統領や、中には私にも責任があるというメディアがあるが、それこそ『フェイクニュース』であって絶対に許しがたい」と述べ、いつもは冷静な口調の彼女がかなり激しい調子でまくし立てていました。


これに対して、事件の舞台となったピッツバーグの市長や、標的になった礼拝所の長老(ラビ)などは「大統領が白人至上主義を改めて批判し、国民の和解を説くようなコメントを出さない限り、ピッツバーグとしては歓迎しない」という声明を出しています。また、同様の趣旨についてユダヤ系の人々3万人の署名も集まっていると言われています。ですが、大統領夫妻は、そのようなコメントを出すことなく、30日(火)にはピッツバーグを訪問するとしています。


さらに言えば、この爆弾事件と乱射事件は、いずれもホンジュラスを出発した「移民キャラバン」へのヘイト感情が決定的な導火線になっています。小包爆弾の場合は、「民主党がキャラバンを支援している」とか「投資家のジョージ・ソロスがキャラバンに資金を提供している」というデマを信じて、民主党の政治家やソロスに爆弾を送りつけている点が指摘できます。


一方の乱射犯の方は、「トランプは真のナショナリストではなくグローバリスト」だとして、大統領も批判の対象としている「極右」ですが、凶行に及んだ直接の契機としては「移民キャラバンの背景にはユダヤ人」がいるからだと述べています。容疑者は「アメリカを破壊する陰謀」だとか「殺される前に立ち上がらねば」などという激しい言葉をSNSに書き込んでおり、こちらも「移民キャラバンへのソロスの支援」というデマを信じていたことが背景にあるようです。


そして、この「移民キャラバン」へのヘイト感情を煽っていたのは、他でもない大統領自身であることは間違いありません。トランプは、2つの事件を経験した後の29日になっても「キャラバンを入れないために入国禁止令を出す」とか、「国境に5000から5200の兵力を送る」として、態度をエスカレートさせる一方であり、全く方針変更をする気配はありません。


大統領は、就任以来「政敵やメディアへの罵声」とか「白人至上主義の暴力と反対派の実力行使は同罪」などという発言を繰り返して、国内の憎悪感情を煽ってきました。そのために、例えばニューヨーク市内では2017年から、それまで見られなかったようなユダヤ教徒へのヘイトクライムが散発的に起きるようになっていたのです。


そうした状況を批判されると、大統領は「娘夫婦がユダヤ教徒だし、イスラエルとの同盟関係を誰よりも重視している」から、自分は「アンチ・ユダヤ」とは全く関係ないということを繰り返し主張していました。と言うことは、本当に自分は「そういうつもり」なのかもしれません。


ですが、アメリカの右派、特にネオナチとか白人至上主義者の間には、「アンチ・ユダヤ」のどす黒い感情が渦巻いているのは、歴史的にも長い背景があるわけで、そのことを考えると大統領の弁明は、特にユダヤ系の人々にはまったく届いていないと思われます。


今回の事件は、余りにも悪質であり、同時に余りにも投票日に近いために、政治的なインパクトがどのような形で投票行動に反映するのかは、見極めるのが極めて困難です。とりあえず、乱射事件について、大統領は「自分には責任はない」ということで、スルーしようとしているようです。


それで共和党支持層が団結を維持できるのか、民主党支持者や中道層が危機感を抱いて投票所に向かうのか、まだハッキリした流れは見えていません。ですが、政治的に大きなターニングポイントに差し掛かったという意識で、日々の政局に注意を払って見ていく必要があるでしょう。


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  • 記事を読まずに失礼だが、ピッツバーグの市長がトランプが白人至上主義を取る消すまで死者の訪問は断ると。気骨がある。
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