トランプ当選を予言した2人の監督が語る、アメリカのカオスと民主主義

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2018年10月31日 16:52  ニューズウィーク日本版

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ニューズウィーク日本版

<トランプとアメリカ社会を描写した新作を公開したマイケル・ムーアとジェームズ・スターンが本誌に明かす本音>


ドナルド・トランプが大統領に当選して約2年。中間選挙が迫るなか、2つのドキュメンタリー映画がアメリカで公開された。いずれも、16年の大統領選前に有識者がトランプ勝利の可能性を笑い飛ばす映像で始まる。


1つはマイケル・ムーア監督の作品で、トランプをめぐる2作目。大統領選の直前に撮影・公開した1作目『マイケル・ムーア・イン・トランプランド』でムーアは、トランプの当選を予想した。というより当選を疑わなかった。


2作目の最新作『華氏119』(日本公開は11月2日)は、自らの04年の作品『華氏911』をもじったタイトルだ。ニューヨークの世界貿易センタービルなどがテロの標的になった01年9月11日と同じくらい、トランプの大統領選勝利が判明した16年11月9日も政治的に大きな意味を持つ、と言いたいのだ。


もう1つの作品『アメリカン・カオス』(日本公開は未定)を監督したのは、ジェームズ・スターン。16年の大統領選でトランプが勝利した労働者階級の町、ミシガン州フリントでムーアが育ったのと対照的に、リベラルなシカゴの出身だ。スターンも早い段階で変化を感じ取り、フロリダ、ウェストバージニア、アリゾナ各州でトランプ支持者を取材した。


本誌ニーナ・バーリーが2人の映画監督に話を聞いた(取材は別々に行った)。


***


――ジム(ジェームズ)、トランプ勝利をなぜ予測できた?


<スターン>私の周囲の(リベラル派の)人たちは、トランプが共和党の候補者指名を獲得することを望んでいた。本選挙でトランプが勝つわけがないので、彼が共和党候補に選ばれれば民主党のヒラリー・クリントンの勝利が確実になると期待していたからだ。


私の考えは正反対で、クリントンがトランプを上回る数の大統領選挙人を獲得できないのではと心配していた。


誰も人々の声を聞いていないように思えた。低所得者層は知的水準が低いとあざ笑う人もいるが、私はそんなふうに片付ける気になれない。


――マイケル、今回の映画を作ろうと思ったのはいつ?


<ムーア>トランプ政権の時代に突入して1年たった今年1月だ。人々は、トランプの頭がイカレているのではないか、精神に破綻をきたしているのではないかと心配したり、大統領になっても大したことは実行できていないと言って安心したりしていた。


私の見方は違った。トランプはイカレているというより、邪悪な天才と言ったほうがいいのではないかと思い始めていた。トランプはパフォーマンスにたけていて、その場の空気をうまく読み、人々の、とりわけリベラル派の精神をかき乱す方法をよく心得ていた。


――ジム、取材していて、いわば「もう1つの事実」を信じ込んでいる人たちがいることに気付いた瞬間を覚えているか。


<スターン>そのような認識は、次第に強まっていったというほうが正しい。ウェストバージニア州で話を聞いたトランプ支持者は、「トランプは本当のことを言っている。クリントンは嘘つきだ」と口々に言っていた。これは全く事実に反する。


その後、アリゾナ州で取材を始めると、この種の主張が目に余るようになった。ある女性は私にこんなことを言った。選挙の投票の8票に1票は不正投票で、民主党の候補に入れられている、と。それはどこで知った情報なのかと問いただすと、女性はなんとなくそう思うと答えた。これは本当にまずいぞ、と思ったのはそのときだ。


――そうした状態が「カオス(大混乱)」だということか。


<スターン>人々が自分と異なる主張に耳を閉ざし、自分と同じ意見ばかりを聞くようになれば、興奮が高まり、やがてはカオスに陥る。それにトランプ自身がカオスの極致のような人間だ。この点は、私が取材したトランプ支持者たちも認めている。


――あなたは映画の中で、現在のアメリカの状況を的確に表現した比喩を紹介している。


<スターン>3人の視覚障がい者がゾウと出くわす。1人は尻尾に、1人は脚に、1人は胴体に触れる。すると、最初の人物はそれをロープだと思い、2人目はそれを小さな木だと思う。3人目は巨大な木の幹だと思う。


(リベラルな)カリフォルニアにいる人と、(保守的な)ウェストバージニアにいる人では同じテレビ討論を見ても、受け取る印象がまるで違う。


――マイケル、あなたはアメリカの民主主義が壊れていて、修復不可能だと言う。今後、人々が勝てる見込みはないのか。


<ムーア>来年はアメリカで女性の参政権が認められて100年になる。好ましい変化が全く起きないわけではない。けれども、今のアメリカは1歩前進すると2歩後退する。オバマ政権の時代には5歩前進したが、その後、8歩後退してしまった。


それでも人々が勝つ可能性はある。ただし、そのためには私たち一人一人が自分の役割を果たさなくてはならない。傍観を決め込むのではなく、行動を起こす必要がある。


――ジム、民主主義は機能する政治システムだと思うか。


<スターン>間違いなく機能する。ただし、大統領選挙人制度が機能するかは別問題だ。(この間接選挙制度のせいで)過半数の有権者から支持された候補者が大統領になれないという状況は、受け入れ難い。こんなことが起きるのは、アメリカの選挙の中でも大統領選だけだ。


――マイケル、民主党のために十分に戦わなかったバラク・オバマ前大統領にも敗戦の責任があると言う人もいる。


<ムーア>オバマを悪く言うつもりはない。私はオバマが大好きなんだ。ケネディ時代やアイゼンハワー時代を生きてきた人にとってさえ、生涯でオバマが最も優れた大統領であることは疑う余地はない。在任中の8年間、われわれ(リベラル)はオバマ批判をしたくなかった。彼の味方になる必要があった。


つまり政権交代の時点で、アメリカのリベラル階層は現状に満足していて自由放任主義だった。そもそもヒラリーは、得票数ではトランプを300万票近く上回っていた。ロシアはアメリカにさまざまなこと(選挙介入)を仕掛け、アメリカの民主的プロセスを損なうために多大なエネルギーを投じたが、アメリカ人の大部分をトランプ支持に変えることはできなかった。


合衆国憲法の中にも奴隷制の残滓はあるし、トランプ勝利の唯一の理由は選挙人制度だ。私たちは臆病者みたいに行動しているが、そういう生き方にはもううんざりだ。映画が人々の心に火を付けてくれることを願う。


――ジム、あなたの兄はオバマ政権で気候変動担当特使を務めており、あなたはオバマと家族を通したつながりがある。オバマの責任についてどう考えるか。


<スターン>どのみちクリントンが勝つと思っていたのだろうし、もしロシアによる介入への懸念を表明していたら、共和党から選挙介入だと非難されただろう。だが結局のところ、ロシアの介入は本当にあった。オバマは大統領という立場を利用してその脅威について国民に訴えることができたはずだし、そうしていれば選挙結果をひっくり返せていたはずだ。


――トランプは政治のあるがままの姿を白日の下にさらしただけだという見方も広がっている。


<ムーア>もしわれわれが現状を生き延びることができれば、変な話だが、トランプがアメリカの政治文化の仮面を剝いだことに感謝することになるだろう。人々の心に火を付けて行動に駆り立てたのも彼のおかげということになる。


――映画には武装した怒れる右翼が幾度か登場する。あなたは内戦を恐れているのか。


<ムーア>誰もが恐れていると思う。トランプが負けなかったことで、無意識のうちにホッと胸をなで下ろしたリベラルはたくさんいたと思う。アメリカの銃の半分を所有している人口の3%の人々と対峙する必要がなくなったからだ。


――ニューヨークで『華氏119』の試写会が行われた日、(トランプ選対本部長だった)ポール・マナフォートは有罪となり、(トランプの元顧問弁護士)マイケル・コーエンは検察に寝返った。トランプに司直の手が及ぶ可能性はあると思うか。


<ムーア>法廷での勝利なんてものがトランプ排除につながるなどつゆほども考えてはならない。(特別検察官のロバート・)ムラーはトランプを訴追できない。


とにかく11月の中間選挙に注力しなければならない。映画でも指摘したが、アメリカはリベラルな国だ。共和党(の大統領候補)が得票数で勝利したのは過去30年間で1度だけだ。


<本誌2018年10月30日号掲載>




[2018.10.30号掲載]


ニーナ・バーリー


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  • ジム、マイケル、今選挙人を言うのはダメだ。それにヒラリーのチャイナマネーは追及しないのか?米の政治はあまりにアンフェアになったと感じないか?
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