米INF全廃条約破棄の真の狙いは中国抑止

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2018年11月01日 18:02  ニューズウィーク日本版

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ニューズウィーク日本版

<INF条約に加盟していない中国の軍拡を阻止するために、アメリカも条約を破棄して防衛構想を再構築すべきだ>


10月20日、ドナルド・トランプ米大統領はアメリカがかつてソ連と結んだ中距離核戦力(INF)全廃条約を破棄する意向を表明した。


米当局はロシア側の条約違反を理由に挙げているが、今回の動きは単に米ロ関係や核軍縮の流れに影響を及ぼすだけではない。軍事専門家や米政府関係者に言わせれば、INF条約を破棄することで、中国の「裏庭」におけるアメリカの通常戦力の増強にも道が開けるという。


INF条約は1987年にロナルド・レーガン米大統領とミハイル・ゴルバチョフ書記長によって調印された。核弾頭と通常弾頭を搭載できる地上配備型の中距離(射程500〜5500キロ)の弾道・巡航ミサイルについて開発や保有、配備を禁じている。しかし、この条約に署名していない中国は、条約の制約を受けることなく軍備の増強を加速させてきた。


中国は既に、沖縄の嘉手納飛行場など太平洋地域の主要な米軍施設を攻撃できる弾道および巡航ミサイルを保有している。さらにステルス戦闘機の開発も進めており、南シナ海における中国の軍事的基盤は拡張を続けている。


INF条約から脱退すれば、アメリカは同条約によって現時点では禁じられている通常兵器の増強に踏み出し、中国に対抗できるようになると、軍事専門家らは指摘する。想定されているのは移動式で地上配備型の中距離弾道ミサイルを陸軍が保有する形だ。これらを太平洋地域の島々に配備することで中国の侵略に対抗できると、ある現職の米政府高官は語る。


ボルトンが示す2つの道


「太平洋地域の軍事バランスは誤った方向に進んでいる」と、最近まで国防総省で副次官補を務め、現在は新米国安全保障センターで防衛部門を率いるエルブリッジ・コルビーは指摘する。


「中国の軍事力増強は極めて大規模かつ高度だ。われわれは手元に持ち得る全ての矢を使う必要がある」


太平洋地域におけるアメリカの抑止力は現時点では海軍の軍艦と空軍の戦闘機に依存しているが、今後の増強計画では陸軍によるミサイル発射がカギとなる可能性が高い。地上発射型の中距離ミサイルを配備することで、より多彩かつ敵の攻撃に耐え得る軍備を備え、中国の軍事力増強を相殺できると、コルビーは力説する。


ジョン・ボルトン大統領補佐官(国家安全保障担当)も、この路線を推奨しているようだ。彼は11年にウォール・ストリート・ジャーナルへの寄稿でINF条約を破棄するよう提言し、その根拠として中国を挙げた。中国のミサイル保有の急拡大が太平洋地域におけるアメリカおよび同盟国を危険にさらしているという主張だ。


「INFミサイルの脅威を低減させるためには、INF条約への加盟国を増やすか、自前の抑止力を再構築できるようアメリカがINF条約を永遠に破棄するかしかない」と、ボルトンは警告した。


反核を掲げる兵器規制協会によれば、ボルトンが今年春に大統領補佐官に就任する以前、国防総省はINF条約の破棄が中国との競争において有益に働く可能性を否定していた。統合参謀本部のポール・セルバ副議長は17年7月の議会公聴会で、アメリカはINF条約の枠組みにのっとった軍備で十分に対抗できていると語ったという。


「時間は永遠ではない」


もっとも、ハリー・ハリス太平洋艦隊司令官(現駐韓国大使)は今年3月、INF条約が太平洋地域におけるアメリカの優位性を損ねていると警告している。ハリスは上院軍事委員会で「中国は西太平洋における米軍の基地と軍艦を脅かす地上発射型の弾道ミサイルを保有しており、アメリカは中国の後塵を拝している」と語った。「わが国は中国を脅かせる地上配備型の軍備を保有していない。理由はほかにもあるが、主な原因はINF条約にかたくなにこだわっていることだ」


戦略国際問題研究所のトーマス・カラコも、INF条約からの脱退が有益との見解に同意する。「最も直近かつ短期的に影響を受けるのは、陸軍の長距離精密火力プログラムだろう」と、カラコは指摘する。「INF条約の足かせに縛られる必要がなくなる」


地上配備型の防衛システムを重視する主張には先例もある。ワシントンにあるシンクタンク「戦略予算研究センター」のアンドルー・クレピネビッチ所長(当時)は15年、日本やフィリピン、台湾などを結ぶ防衛ライン「第一列島線」に沿って軍備を展開する「島嶼防衛」戦略を提唱した。


彼は、米軍と日本などの同盟国は中国の巡航ミサイルを迎撃すると同時に、この防衛ライン上で中国機を撃墜できるような長距離の防衛システムを構築すべきだと訴えた。つまり、陸軍の砲兵隊を沿岸防衛に使用するという、第二次大戦後に葬り去られたミッションの復活を提言したわけだ。


コルビーも、太平洋地域におけるアメリカの影響力保持の緊急性を訴えている。「アメリカは5年近くにわたってロシアに(INF条約を)守らせようと必死になってきた。時間は永遠にあるわけではない。特に太平洋地域では」


From Foreign Policy Magazine


<本誌2018年11月6日号[最新号]掲載>




ララ・セリグマン (フォーリン・ポリシー誌記者)


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