iPadをノートPCに分類、Appleの狙いと悩み - 松村太郎のApple深読み・先読み

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2018年11月21日 06:03  マイナビニュース

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画像提供:マイナビニュース
●高い評価を集める新iPad Pro
Appleは11月7日、初のデザイン変更を伴うモデルチェンジとなったiPad Proを発売した。発売日には、店頭在庫が売り切れる店舗もあるなど、非常に好調な滑り出しを見せているようだ。

iPad Proは、iPhone XRと同じく縁まで敷き詰めたLiquid Retinaディスプレイを備え、デバイスのサイズを維持しながらディスプレイを11インチに拡大したモデルと、12.9インチのディスプレイサイズのまま本体を小さくしたモデルを用意した。

アクセサリ類も刷新され、これまで持ち運びと充電に苦慮していたApple Pencilは、本体右側面に磁石で吸い付いてワイヤレスで充電できるようになった。キーボード付きカバーはSmart Keyboard Folioとなり、フラットで浅いキーボードはそのままに、デスクと膝の上の2つのポジションに対応し、個人的には非常にうれしい背面まで包み込むデザインへと変化した。

3年目となるiPad Proは、それまで存在していた問題解決を数多くこなし、iPadの中で、あるいは現状のタブレット市場の中で最も魅力的な製品に仕上がった。しかし、この評価は、Appleにとってあまり喜ばしいことではないかもしれない。特に「タブレット市場の中で」という部分だ。
○「iPad=タブレットではない」という解釈

10月30日のニューヨークでのイベントの2日後、アップルは2018年第4四半期決算を発表しており、iPadの販売台数は1,000万台を割り込んだ969万9,000台、売上高は前年同期比15%減の40億8,900万ドル(約4,610億円)となった。iPadが昨年と同じ6月に発売されなかったことが響いていることが、平均販売価格が46ドル(約5,200円)ほど低下した421.6ドル(約47,500円)であったことからもうかがえる。

10月30日のステージは決算発表前だったので、これらの内容が語られることはなかったが、いくつか興味深い数字を披露していた。

まず、iPadは2010年に発売されたが、これまでに4億台が販売されたことが明らかとなった。そして、4,420万台という直近のiPadの年間販売台数の数字と、1枚のグラフが示された。このグラフは、タブレット市場ではなくノートパソコンを含めた市場でiPadを比較しており、HP、Lenovo、DellといったWindowsノートPCを販売する大手メーカーに対して、iPadが販売台数の面で勝っていることを示したのだ。

このグラフは、非常に示唆に富んでいるものだ。

まず、Appleは減少傾向が止まらないタブレット市場からiPadを離脱させ、ノートパソコン市場に属する製品として再定義させようとしていることを表している。

そもそも、2016年3月にiPad Pro 9.7インチモデルが登場した際、プレゼンテーションに立ったワールドワイドマーケティング担当シニアバイスプレジデント、フィル・シラー氏は「6億台ともいわれる、5年以上経過したパソコンのリプレイス」を狙った製品であると宣言した。

先行して2015年に発売されていた12.9インチモデルが、クリエイティブ向けのタブレットとして打ち出されていただけに、同じ製品でもサイズ違いで狙うターゲットが異なっていることは、強く印象に残っていた。

今回改めて、AppleがPC市場の製品としてiPadの解釈を与えたうえで、ノート型PCのなかで最も多く販売している点を強調し、その優位性をアピールしたことになる。
○その一方で、販売台数はもう発表しない

スライドで販売台数をアピールする一方で、2019会計年度から四半期ごとの販売台数を発表しないことも明らかにした。詳しくは決算のレポートで詳しく触れるが、2019年第1四半期のガイダンスが弱気だったことと合わせて、Appleの株価は大きく売り込まれ、230ドル台だった株価が200ドルを割り込む場面も見られた。

販売台数をアピールしつつ販売台数にはこだわらない、というメッセージに矛盾を感じると同時に、今後販売台数が株価にポジティブな形で伸びていくとの予測を立てていない点も表している。

Appleは、決算発表の電話会議で販売台数を発表しない理由について、各製品のラインアップの拡大で販売台数と売上高の伸びが連動していない点を指摘した。つまり、廉価版からハイエンドモデルまで取りそろえていて、販売台数が必ずしも意味がある数字にならない、という説明だ。

例えば、iPhoneは449ドルのiPhone 7から1,499ドルのiPhone XS Maxまでがラインアップされている。どちらが売れても、販売台数は1台で変わらない。もちろん、サービス部門のことを考えれば、販売台数の拡大によるユーザーベースの拡大は意味があるが、それはサービス部門におけるインストールベースや購読者数のほうが正確な指標となるということだ。

iPadも、価格を抑えたiPad mini 4や第6世代iPad、パフォーマンスを最大限に発揮する2サイズのiPad Proの4つをラインアップしている。いずれも同じiOSで動作するものの、片方(iPad)は教育やビジネスにおける大量導入に適した価格設定の存在、もう片方(iPad Pro)はコンピュータを代替する存在、という2つの役割が共存している。
単純な販売台数が決算の指標となる売上高や利益を直接的に反映しない点は、iPhoneと同様だ。

●グラフに隠された対抗意識
さて、前掲の販売台数のグラフに戻ってみよう。このグラフでもう1つ注目すべきポイントは、グラフの後ろのほうだ。

このグラフでは、Acerまでが1,000万台以上の出荷台数を誇るメーカーだが、そこから後ろのSamsungの240万台、Huaweiの40万台、そしてMicrosoftの30万台という数字が並んでいる。ノートパソコンの出荷台数との比較であれば、わざわざこの3社をグラフに載せる必要はなかったようにも思える。

そこに感じる意図は、SamsungとHuaweiはAppleとスマートフォンで競合するメーカーであり、彼らがAppleと比べてこの分野でうまくいっていないことを暗に表しているようなものだ。

加えてMicrosoftについては、30万台という数字を示している。このグラフの中ではごく小さな勢力に見える一方で、MicrosoftはWindowsを開発しながらその新しいPC像を作ってきた背景もある。Appleとしては、Microsoftが作り出しているPCの新しいトレンドに対して、完全に優越であることを表しておきたい、という意図を感じるのだ。

スマートフォンから使い始めた世代にとって、パソコンもタブレットも生活の中で必要ない存在、と感じるかもしれない。しかし、圧倒的なパフォーマンスとペン・キーボードが利用できるiPad Proは、その操作性アプリの充実も含めて、彼らの世代にとって飛躍しすぎないステップアップしたデバイス、という位置付けを色濃く印象付ける。

PCの代替として、より高いパフォーマンスによって長く使えるデバイスという性格と、スマートフォン世代のコンピュータという性格の両面から、iPadのマーケットの組み立てをより強化していく、そんな戦略を改めて確認することができる。
○iPadの欠点は、パソコンではないこと

Appleは、A12X Bionicを搭載する新型iPad Proについて、世の92%のポータブルコンピュータよりも高速であるとアピールした。iPadよりパフォーマンスが高いコンピュータには、MacBook ProやWindowsベースのゲーミングPCが含まれるが、その他の一般的なオフィスユースのノートPCを性能の面で凌駕していることを表している。

そして皮肉なことに、MacBookや新型MacBook Airもまた、92%のiPad Proより遅いPCに含まれている、ということだ。

AppleはMacBook Airを、iPad Proと同じイベントで披露した。価格は1199ドルからと、iPad Pro 12.9インチモデルの999ドルよりも200ドル高いスタートとなっている。しかし「最も愛されているMac」として、出荷台数の面で大きな期待が集まる製品だ。

iPad Proの優れた性能と価格の安さがあれば、コンピュータとしてMacBookやMacBook Airの存在価値はなくなるのではないか。そんな疑問すら浮かんでくることになるが、廉価版のMacBookシリーズが必要な理由は、日々iPadを主たるモバイルコンピュータとして使っている筆者も痛感する。

例えば、SafariやGoogle Chromeなどのウェブブラウザのデスクトップ版を使うためには、Macが必要だ。一部のウェブサービスでは、モバイル版のWebブラウザに対して利用できる機能を制限しており、結局Macのブラウザが必要な場面が絶えないのだ。そのほかにも、Adobeのソフトウェアやファイル操作を伴う込み入った作業のためにも、Macは結局必要になる。

同じような理由で、iPadやMacを使っていても、Windows PCが必要な場面は、特に日本のビジネス市場においては絶えない。Internet Explorerでしかアクセスできない金融機関や社内システムがあふれているからだ。

そのために、iPadでは利用できないInternet Explorerのために、MacBook AirにWindowsを導入して切り替えながら使ったり、それが面倒になった筆者は米国で399ドルのSurface Goを手に入れ、Internet Explorer専用PCとして使っている、というのが現実だ。

iPadは、すでにMicrosoft Officeが利用でき、Appleも小気味良い文書作成アプリスイートをアップデートし続けている。さらに、2019年にAdobe Photoshop CCがiPadに登場し、クリエイティブアプリの活用においてもiPadで対応できる範囲は広がっていく。しかし、レガシーな環境がiPadの足を引っ張っている状態が続いているのだ。

Appleは、そう長くない時間がその状況を解決してくれる、と考えているのかもしれない。IBM、Salesforce、CISCOなどの企業とともに、エンタープライズに対してモバイル対応を深めるパートナーシップを広げているのも、その1つといえよう。

先述の通り、AppleはiPadの四半期ごとの販売台数をもう発表しないが、マイルストーンとなる数字は提供するとしている。新型iPad Proの効果をどう評価すべきか、あと3カ月のうちに考えておかなければならない。(松村太郎)

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