ゴーン氏逮捕、司法取引の適用は理想形だったのか? 未だ見えない全体像

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2018年11月23日 10:03  弁護士ドットコム

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日産自動車のカルロス・ゴーン氏(64)が役員報酬を過少に偽った金融商品取引法違反の疑いで逮捕された事件。報道によると、東京地検特捜部が日産関係者との間で司法取引に合意していたことが分かり、司法取引のあり方の観点からも注目されている。


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初の日本版「司法取引」制度が適用されたのは今年7月。タイの発電所建設にからみ、三菱日立パワーシステムズ(MHPS)の社員らが現地の公務員に現金を渡したとされる事件で適用され、捜査に全面協力した法人は不起訴となった。


司法取引をめぐっては、組織犯罪などで、末端の証言からトップや組織全体の関与を裏付けることなどが想定されていたため、法人に司法取引が適用された「第1号事案」については、「違和感がある」などの批判的な声があがっていた。


2例目の適用となる今回の司法取引については、どのように評価すればいいのか。刑事事件にも内部通報制度にも詳しい大森景一弁護士に話を聞いた。


●末端から上位者の関与を供述させることが目的

ーーそもそも日本版「司法取引」とはどのような制度なのか


「『日本版司法取引』は、2016年(平成28年)の刑事訴訟法改正によって導入された制度で、正確には『協議・合意制度』と言います。今年6月1日から施行されています。


この制度は、一定の組織的な犯罪について、被疑者・被告人と検察官とが、他人の刑事事件について証拠収集等の協力行為をすることと引き換えに、検察官が被疑者・被告人の刑事事件の起訴・不起訴の判断や求刑について軽減することを合意する制度です。


この制度は、暴力団や犯罪集団の末端の関与者から首謀者その他の上位者の関与を供述させることを主な目的として制定されました」


●検察が司法取引を行なったのは個人だけなのか

ーー今回の日産のケースについてはどう考えればいいのか


「今回は、企業トップの立件につながったということで、司法取引の有効性を示す典型例のように思われるかもしれません。しかし、大々的に報道されているにもかかわらず、未だ明らかにされていないことが多い状態です。


今回、具体的に誰が司法取引を行ったのかについて、会社側も検察側も慎重に表現を選んでいる印象を受けます。今回の件では法人も処罰の対象となりうる上、数か月にも及ぶ社内調査が行われ、被疑者2名の間のメールまで提供されたと報道されています。司法取引第1号事件の評判が芳しくなかったために明らかにされていないだけで、検察官が実は法人とも司法取引を行っている、あるいは今後行う予定である可能性は十分にありうるように思われます。


もしそうだとすると、会社が司法取引によって個人を売ったという構図は第1号事件と変わらないということになります」


ーーそれでも、司法取引がなければ、今回の逮捕にまで至らなかったのではないか


「確かに今回、検察庁が立件に至ることができたことについて、司法取引制度の導入の影響は大きいと思います。


しかし、司法取引に応じた個人にどの程度のメリットがあったのかは不明です。


司法取引が今後どの程度活用されるかは、どの程度効果があるかによって変わってきます。少なくとも有価証券報告書の虚偽記載については、数人しか認識・関与していなかったとは考えにくく、今回、司法取引をした者以外にも関与していた者がいると考えられますので、今後、司法取引をした者としなかった者とで対応がどのように変わってくるのか、注目しています」


●公益通報者保護法との関係

ーー司法取引をした者がその後に不利益を受ける可能性はないのか


「公益通報者保護法という法律が、組織内の違法行為を行政機関などに通報した場合に、そのことを理由として組織が通報者に対して不利益な取扱いをすることを禁止しています。


しかし、今回のように司法取引をした者にこの法律の適用があるとは限りません。例えば、役員はこの法律の対象外とされていますし、また、不正の根拠が曖昧なまま通報していた場合や通報の目的によっては、保護されないこともあります。


そのような場合、司法取引をした者に対して会社が不利益な取扱いをすることを防ぐことはできないことになり、その結果、司法取引を活用して情報提供することが制約されてしまう可能性があります。公益通報者保護法については、現在、専門調査会において法改正の議論がなされているところであり、今回の件はこの法改正にも影響するとみています」


●検察は今後も司法取引を活用する流れ

ーー今後はどのような流れにつながっていくのか


「個人が司法取引に応じたとされる事案は今回が初めてであり、しかもその合意の内容は未だ明らかにされていませんので、現時点での評価は難しい面があります。


しかし、司法取引によって捜査機関が重要な情報を得やすくなってきているといえ、検察庁は今後も経済犯罪・ホワイトカラー犯罪に対して司法取引を活用していくと思われます。


そして、司法取引第1号事件のような運用がなされうる以上、企業は、社内の不祥事について、『いかに隠蔽するか』ではなく、『いかに有効に開示するか』を考えなければならなくなってきています。


また、会社を守るためには、違法行為の未然防止を図るだけでなく、違法行為を積極的に探知していくことも重要となってきています。今回の件も、司法取引第1号事件と同様に、内部通報が発覚の端緒であったと報道されています。


多くの企業が内部通報制度を設けるようになりましたが、形式的に通報窓口を設置しているだけで十分機能していない場合も少なくないように思います。内部通報制度をより実効性のあるものにしていくことは非常に重要な課題になってきています」


(弁護士ドットコムニュース)



【取材協力弁護士】
大森 景一(おおもり・けいいち)弁護士
平成17年弁護士登録。大阪弁護士会所属。同会刑事弁護委員会委員など。
多数の刑事事件を取り扱っているほか、内部通報制度の構築・運用などのコンプライアンス分野にも力を入れている。著書に『刑事弁護Beginners』(共著)・『逐条解説公益通報者保護法』(共著)など。
事務所名:安永一郎法律事務所
事務所URL:https://omori-law.com


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