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50歳から伸びる人、50歳からしぼむ人 違いはどこに?

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2019年01月12日 09:02  AERA dot.

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写真職場でハツラツと働くシニアたち(※写真は本文とは直接関係ありません) (c)朝日新聞社
職場でハツラツと働くシニアたち(※写真は本文とは直接関係ありません) (c)朝日新聞社
 東京都のある私立幼小中高一貫校の小学校の卒業生が、昨年「50歳同窓会」を開催した。出席率はほぼ5割だ。

「これまでは、なんとなく参加のハードルが高かったけれど、これからは人生を共にする大切な仲間としてつながっていきたいと改めて思いました。今は修学旅行で泊まった信州での『お泊まり同窓会』を計画中なんです」(参加者の一人)

 人生折り返しの50歳を超えると、同窓会が増える。

「年に5回も中学時代の同窓会ですよ(笑)。区立だから中卒の人から東大に行った人まで社会階層はまちまちだけど、そんなの関係ない。ただみんなで集まりバカ騒ぎ」(66歳会社員)

 という人もいる。

 同窓会の在り方も変わる。

 40代まで名刺交換などもあり気後れしがちだった。

「60歳前後になったら、それもない。名刺がない人だっている。それが心地よいわけです。ラグビーでいえばノーサイド」(同)

 男性用ヘアスタイリング剤「GATSBY(ギャツビー)」(マンダム)をヒットさせた、金山博さん(62)は、57歳のとき、「定年を自分で決められる働き方をしたい」と、これまで勤めていた化粧品会社の執行役員のキャリアを捨て、新しい世界へ一歩踏み出した。前々職は「カネボウ」で、33歳から45歳までフランスにも駐在した。「Mr.カネボウ」として全力疾走。フランス文化にならい、家族を最優先させる働き方も身につけた。達成感の連続で、充実の30〜40代だった。

 50を過ぎ、役職がついた。現場から離れ、部下の仕事の承認作業が続き、歯がゆさを感じるようになり、

「このまま定年を迎えておしまいか──」

 そう感じたその瞬間から、アンテナを張り、転職先の情報を集め始めた。

「以前、先輩から『運は人に平等に来る』と言われたことがある。自分で運をつかみに行ったんです」

 選んだ会社は、50歳超の女性を対象にした雑誌や商品などを販売する、「ハルメク」。入社するにあたり、金山さんは三つの条件を会社に提示した。

「ずっとコスメの現場にいられること」「定年がないこと」「給料は前職からのスライド」。中でも、定年を自分で決められるという条件は、外せなかった。

「子どもたちも成長していたし、妻からも、『好きなように』と言われました」

 現在、「ハルメク」では、コスメだけでなく、通販全般を担当。希望どおり、“現場”にずっといる。

「この年なので、経験や家族への思いも重ねて上司・部下の気持ちがよくわかります。仕事をする意義や目的も明確。さらに競争する気持ちもありません。仕事を単純に楽しんでいます」

 転職に不安はなかった。

「57歳だからといって、引け目を感じることもなかった。もし、その年齢が67歳だったら?……そのときになってみないとわかりませんが、でもやっぱり、自分歴の延長線で楽しいことを探していたと思います」

 自分がやりたいことがあり、それができる環境ではなかったので、できるところを探して行っただけ、と、金山さんはさらりと言う。

「年齢は個性です。気持ちが大事だと思っています」

「いやぁすっかり、しぼんでいますよ。とくにここ3年ぐらい」

 こう話す村田昇一さん(仮名・74歳)は、20年前に、長く勤務していた会社の早期退職制度を利用し、54歳で華々しい職場を去った。

 その後は、失業保険を受け取りながらのんびり過ごしたが、知り合いの紹介で再就職。しかし数年で部下の責任をとる形で役職を降り、窓際族で60歳まで働き、定年退職した。

 退職を機に、自宅から5キロほど離れた場所に40平方メートルほどの菜園を借りて、家庭菜園を始めた。趣味のゴルフや水泳をしながら、複数の企業との業務委託契約で、緩く働く生活をしていたが、「70歳のときに妻ががんになりました。ものすごく焦りました」。

 妻の闘病をきっかけに、家庭菜園も業務委託契約も終了させ、完全な無職に。自転車も転倒事故を起こし、妻からの助言でやめた。体力は落ち、視力も衰えた。

「朝起きて今日もやることが何もない。ですが誘いがあれば月に1度くらいのゴルフには出かけます。もう100が切れませんが。ゴルフをしても、ボールがどこへ飛んでいったかもわからない」

 今は、自宅近くのカフェまでの1キロ近くの散歩や、孫との交流しか、これといってやることがない。再就職をする気もないという。まだ70代。血圧が少し高いぐらいで、いたって健康で、華々しいキャリアもある。残りの人生でもう一花咲かせようという気にはならないかと尋ねると、村田さんはこう話す。

「ならないですね。子どもたちも巣立ち、あとは妻と僕が、逝くまでの時間をどうするか。人生は『逝くまでの暇つぶし』です」

 平日の図書館やスーパーなどの憩いの場にぼんやり座っているシニアもいる。

 少し前まで行く場所があり、求められていたに違いない。博報堂「新しい大人文化研究所」の阪本節郎さんによると、現在75歳以上の人たちは、「50も過ぎれば人生下降線、みながおとなしく余生を過ごすのが当たり前という時代」を生きてきた、いわゆる「従来型高齢者」。

「これからは違う。ここで終わるどころか、やっと自分の人生がやってきた、これからは自分らしくありたいが始まっているんです」

(本誌・大崎百紀)

※週刊朝日  2019年1月18日号より抜粋

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このニュースに関するつぶやき

  • 伊能忠敬が暦学を学び始めたのが50過ぎてからだし、小林一茶も52で結婚するまで童貞だった説もあるくらいだし。まだ僕も本気出して無いだけ。
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  • このトシになるとわかる。役職や年収でなく、「自分の生き方」を見つけられた人が、人生の最終勝者かな。
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