ホーム > mixiニュース > コラム > 名捕手・野村克也が「震えた」と回想する天才打者とは?

名捕手・野村克也が「震えた」と回想する天才打者とは?

0

2019年01月12日 20:32  新刊JP

  • チェックする
  • つぶやく
  • 日記を書く

新刊JP

写真『プロ野球 奇人変人列伝』(詩想社刊)
『プロ野球 奇人変人列伝』(詩想社刊)
プロ野球のオフシーズン。選手たちがテレビに出演して試合の舞台裏を話したり、それぞれの個性を発揮したトークを繰り広げたりと、試合でプレーしている姿とはまた違った顔を見せて、ファンを楽しませている。

しかし、かつて活躍した名選手たちの個性もずば抜けている。
球史に輝く強烈キャラクター52人を野村克也氏がつづっているのが『プロ野球 奇人変人列伝』(詩想社刊)だ。

金田正一氏や吉田義男氏といった往年の名選手から、新庄剛志氏や今岡誠氏ら、2000年以降にも活躍した選手まで幅広く網羅している本書。そのエピソードの一つ一つが凄まじい。

例えば「天才」「打撃の求道者」と称され、1950年代から60年代にかけて活躍した榎本喜八(毎日オリオンズ〜西鉄ライオンズ)。高卒でプロ入りし、1年目から5番に座り、その後3番に。打率.298、16本、67打点と驚異的な数字を残す。

キャッチャーだった野村氏はこの打者に対して「彼ほどの選球眼を持っていた選手を知らない。あの王貞治の上をいっていたと思う」(p.23より)と述べる。

そのエピソードの1つをあげよう。内角ギリギリにストレートが決まり、ボール1つ外れてはいたものの、いいボールだったこともあり、球審が思わずストライクを宣言。その時、榎本が顔色変えずに「いまのは3センチ外れているよ」と言ったという。この時キャッチャーをしていた野村氏は思わず震えがきたそうだ。どんなに苦手なコースを突いてもピクリとも動かない。苦手なコースがほとんどなく、「とても対戦しづらい相手」と回想する。

バッティングの道を突き進んだ榎本。しかし晩年は、バッティング技術の向上にのめり込み過ぎ、まじめな性格も相まって年をとるごとに奇行が増えていき、ノイローゼのような症状が出るようになっていったそうだ。
例えば、南海の選手が一塁に出ると、ファーストを守っていた榎本が「お前、明日死ぬぞ」と言ってくる。しかも、一塁に出塁した選手全員に言うので、南海の選手たちは気味悪がって「どうしてしまったのだろう」と心配になったという。

 ◇

名捕手だった野村氏が恐れた天才打者・榎本喜八をはじめ、スイング音で相手を震え上がらせた中西太氏、阪神らしさ満載と評する今岡誠氏ら、野村氏の視点を通して52人の名選手たちの姿を知ることができる本書。トップクラスの選手たちの変わり者度はとんでもなく凄い!?

(新刊JP編集部)

    あなたにおすすめ

    ニュース設定