ボカロP MI8kに聞く、独自の世界観の起源「インターネットは人と“作品”で繋がれる」

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2019年01月22日 08:02  リアルサウンド

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 ネットカルチャー・シーンで人気を誇るボーカロイド・プロデューサー、MI8k(ミヤケ)を知っているだろうか? オルタナティブかつ独自のロックワールドを創造する、ギターがアクセントとなる中毒性高いメロディックなサウンドプロダクションが魅力の新しい才能だ。


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 タイトルを見るだけでも心がざわめく「ラブ&デストロイ」「嗤うマネキン」「不完全な処遇」など、これまでEve 、EVO+、ウォルピスカーター、いすぼくろをはじめとする人気歌い手への楽曲提供や、気鋭のシンガーソングライター湯木慧へのアレンジメント参加など、実力派アーティストとして活動してきた。そんな彼が、セルフカバーを含む全国流通アルバム『Cupid Power』をリリースする。ボカロシーンでの人気曲はもちろん、書き下ろし曲、さらに自身歌唱によるセルフカバーにも注目したい。


■古着屋のおじさんからロックを教わった


──和田たけあき(くらげP)さんとコミケで作品を一緒に出されていたり、2019年2月2日には高円寺Highのライブ『チュルリイタイムズ&デストロイ』でもご一緒されますがボカロ界隈って、横の繋がりって強いんですか?
 
MI8k:それぞれスタイルが違うのでチームみたいな感じではないと思うんですけど、活動の場が一緒だったりある程度ファン層が被ってたりする節はあると思うので共有できる暗黙知が溜まっていたり、あと好きな音楽で話が合う人もいるのでそんな話をよくしたりしますね。周りの人間はだいたいめっちゃ好きです。


——MI8kさんは、ミュージシャン活動においてギターの存在が大きそうですね。


MI8k:中学生の頃からずっとギターをやってみたくて触ったことはあったんですけど部活でバレーボールをやっていて、推薦で高校に行ったので毎日部活漬けで時間がまったくなくて。寮に入っていたので、自分のお金を使うこともなくて。でも、高2の秋に学校を辞めて、それからギターを買いました。ロックを好きになったのは、中学生の頃から通っていたバンドTとか充実している古着屋さんで。ロン毛でアメカジの山崎邦正似のおじさんにいろいろ教わりました。「ブルースとファンク以外はクソだから聴くな!」ってタイプで。英才教育を受けていました。「いい音楽はだいたい昔のもの!」っていう。


──強烈ですね。どの辺のアーティストを聴いていたんですか?


MI8k:けっこう古いものをたくさん聴いてました。とにかくJ-POP以外。20歳くらいからはJ-POPとかいろいろ聴くようになってきててその頃にバンド時代の先輩にボーカロイドを教わりました。


——ボカロとの出会いがターニングポイントとして大きそうですよね?


MI8k:そうですね。それまでの価値観だと受け入れなかったんですけど、セレンディピティを感じたというか、面白さを感じたんですね。


——MI8kさんのオリジナリティーとして大きいのはギターですよね?


MI8k:ギターソロを弾くのと、リズムを組み立てるのが好きです。


──米津玄師さんのブレイクや、MI8kさんの曲も歌われているEveさんのヒットなど、ネット発のミュージシャンのムーブメントが盛り上がってますが、どんな風に受け止められていますか?


MI8k:シーンがどうとかそういうのはよく知らないんですけど新木場スタジオコーストでちゃんいぶのワンマンを見た時とかは楽しそうにやりたいことだけやってるよなと思いました。そういう人が多いのはいいですよね。バンドやってたときよりそういうタイプの人と関わる機会は多いように感じます。


——80年代や90年代は、ライブハウスから叩き上げていく音楽コミュニティーでしたが、いまは完全に孵化させるインキュベーション機能が動画共有サイトに変わりましたよね。再生回数やコメントで磨かれていくというか。


MI8k:インターネットだと、僕の場合人と繋がるとき“作品”で繋がれるんですよ。それがバンド時代と違うところですかね。あくまで音楽ありきで。わけわかんない人と絡まなくて良くなったのがいいことだと思います。


■ひとりから人の扱いを受けると他の人と接するときの自分も変わる


——今回、アルバム『Cupid Power』は、代表曲をいっぱい収録されていて集大成感がありますよね?


MI8k:2015年以来アルバムを出してなかったですからね。集大成なつもりはないんですけど、でも、思い切って出しちゃえって感じだったかもしれません。


——改めて、パッケージとして曲順をまとめられてみていかがでした?


MI8k:2曲目「タイムイーター」と9曲目「ボイリングナイト」の前に、インタールード的なちょっと小賢しいトラックを入れられたのはアルバムとして嬉しかったですね。ちなみに、アルバムらしく1曲目にもインタールードを入れていて、「Cupid Power」は、ろこるさんが描いてくれたイラストからきたイメージだったんです。


——わかります。ちなみに、アルバム『Cupid Power』収録で先行してYouTubeにアップされていた「絶対的少年値」が素晴らしくって。オリジナリティーの高いメロディー展開を持っていますよね? 一発でMI8kさんってわかる感じで。


MI8k:「最近、てんとう虫全然見ないな」って思って。小さい頃はいっぱいいたじゃないですか? でも、だんだん大人になって目線が高くなって見なくなったのかなって。それ以来、気になるようになって。信号を待っていると横に茂みとかあるじゃないですか? そんなところとか結構いるなって気がついて。探す率が上がって。この頃あたりから、自分の感覚が鮮明になってたというか敏感になってきたというか。大きい蜘蛛に驚いたり、怖い夢で目が覚めて一人でいるのが怖くてとりあえず友達に連絡するとか。そんなこと、昔はしないことだったのでそういう自分の心の変化をメモをとって歌詞にしていきました。


——モノ作りするとき、日常生活からのインスピレーションって大きいですか?


MI8k:生活の中の出来事と、あと、僕は映画をよく観るのでその二つが重なったときは100%影響を受けますね。ちなみに、音楽は家事をするときにApple Musicでプレイリストを作って聴いてますね。だいたい洋楽ばかりで。


──古着屋のおじさんの影響の曲?


MI8k:おじさんの影響は、今はあんまり気にせずに聴いてますね。それこそ、映画の挿入歌とか好きで、スマホで聴き取ってどんな曲か教えてくれるアプリあるじゃないですか?


——Shazam?


MI8k:そうそう。調べてプレイリストに集めて聴いてみたり。映画を見たときの気持ちが反芻されるんですよ。


——MI8kさんの曲を聴いていると、楽曲のドラマティックな展開であったり構成力の凄さなど、映画からの影響を感じました。


MI8k:「シルバーワープ」って曲は、その辺を意識してますね。映画の中で聴いたことありそうな曲っていうか。コード進行もそんな影響で。


——「そして、人になる」も映画っぽい。


MI8k:そうですね、これは映画の『そして、父になる』からの影響ですからね。


——そうなんですか。これもドラマティックなリリックで。


MI8k:僕、ずっとおじいちゃんと仲が悪かったんです。でも実家を出てから仲直りして。ずっと胸のつっかえとしてあったんです。でも、それがなくなっちゃって。急に、おじいちゃんから人の扱いを受けているなって。ひとりから、そんな扱いを受けると、他の人と接するときの自分も変わるんですよ。その記念でこういう曲にしました。


——トゲが抜けた感じ?


MI8k:そうですね。完全にそれで。張り合いがなくなっちゃって、この先どうやって生きていこうか悩んだぐらいで。友達にずっと相談してました。うち、お父さんとお母さんがポンコツだったんで、なので、THE日本の職人なおじいちゃんと、おばあちゃんが親の役目をやってくれたんです。両親も生きてますけどね。


■ご飯を美味しいと思えるくらいのメンタルで生きていきたい


——今回アルバムには「ラブ&デストロイ」(ニコ動25万回&YouTube27万再生)や、「嗤うマネキン」(ニコ動22万回&YouTube19万再生)、「もぬけのからだ」(ニコ動33万回&YouTube24万再生)であったり、シーンで人気な曲が収録されています。MI8kさんの中で、特に大事にされている曲なんてあったりしますか?


MI8k:そうですね、「タイムイーター」になるかな。この曲は、去年の6月に『特殊諜報機関MI8』ってミニアルバムを出した時にアレンジを変えたんです。2月にやるライブでもアレンジし直していて。でも、自分が一番落ち着く世界観はこのバージョンかもしれないですね。この歌の世界観が一番落ち着けるんですよ。なので、曲順として最初に収録したかったんです。あとは、「バスケットワーム」かな。僕が失恋した時に作った曲で。体重がめっちゃ落ちたんですよ。で、その元カノの誕生日に投稿しました(苦笑)。


——ええええ。そういう想いというか念が込められた曲なんですね。


MI8k:セルフカバーも、次の年の元カノの誕生日に投稿しました(苦笑)。でも、投稿するときは、お互いの嫌な感情はもうなくって。そのあと、普通に連絡きて「あの曲めっちゃよかったよ!」なんて言われたり(笑)。


——なるほどね(笑)。作品として消化できるってすごいことですね。アーティストならではの在り方ですね。


MI8k:思えば「バスケットワーム」から、自分の気持ちで曲を作るようになりました。それまでは想像ばっかりだったんですよ。


——あと、レトロな音使いのデジタル解釈である「ミセスアイロニ」もいいですよね。リズムやメロディが織りなすアンサンブルが気持ち良くって。


MI8k:最初は、アルバムの最後の“striped ver.”のアレンジだったんです。それを、はるまきごはんに作詞をしてってお願いして。


——なんで、委ねられたんですか?


MI8k:人と音楽を一緒に作ってみたかったんです。動画だと、絵や音楽とって感じなんですけど、音楽を一緒に作ってみたかった。その頃、はるまきごはんは「22世紀の僕らは」や「銀河録」を出してたのかな。それで知って、すぐにTwitterを通じてお願いしたんです。音を渡して戻ってきた歌詞に対して送った音源のアレンジはアグレッシブすぎるなって思って、そのタイミングでやってみたかった音作りでアレンジを変えたんです。


——そうなんですね。「もぬけのからだ」も時系列では古い曲になりますが、あらためて聴いているとメインストリームを突き刺すようなロック感がカッコいいですね。


MI8k:僕、ロックバンドの歴史も大好きで。『27クラブ』ってあるじゃないですか? ロックスターは、27歳でみんな死んでいくよってやつ。この動画の中にいろんなクリーチャーが出てくるんです。それは全部、ロックスターの死因やコンプレックスをイメージしているんです。カート・コバーンが死んだ時に母親が「うちの息子もろくでなしの仲間入りをしてしまった」みたいなことを言っていた記事を読んだことがあって。それって「いいな!」って思って。僕も仲間入りしたいなって(苦笑)。そういうストーリーのファンなんですよ。でも、僕はそっち側じゃねぇなって悲しさもあって。そんなことを思いながら、出すときは負のエネルギーを出しとこってタイプなんです。後に尾を引かないように出し切った曲や動画ですね。


——お話を聞いていると、曲にまつわるイメージが広がっていきますね。今回、アルバムのラストにご自身による歌唱でのセルフカバーが収録されています。アルバムの中ではどんな位置付けなのですか? 


MI8k:本編最後の「そして、人になる」で人になりたかったんですよ。で、「ラブ&デストロイ」のセルフカバーで本当は終わってたんです。「ミセスアイロニ」は、ボーナストラックのボーナストラックな意味合いで。このアレンジは、はるまきごはんが気に入ってくれていたんで、いつか出したかったんですよ。


——アルバムの構成的にも美しくまとまった全19曲なんですね。そういえば、最近Twitterで「自分のエンジンの掛け方がわかってきた」みたいなことを書かれていたじゃないですか?


MI8k:ああ、そうですね。たぶん、今はわりかしお金が出ていく時期だなって思っていて。なんか自炊ばっかりしてます。料理するのは好きなんですよ。これはこれで悪くないなって。曲を作るだけじゃなくって料理や家事をやりながらのバランスがちょうどいいなって。最近バチっとハマったんです。もちろん、それでも手が足りてない感じはあって。もう二人ぐらい、自分が欲しいんですけどね。そう思えるだけ、今はやりたいことがたくさんあります。


——今回、『Cupid Power』という素晴らしいアルバムが完成しましたが、今後は、よりどんなことをやっていきたいと思われていますか? 夢的なというか野望というか。


MI8k:これからも美味しいご飯を食べられるように生きていきたいですね。それはご飯を食べて美味しいって思えるくらいのいいメンタルでいないとってことで。僕が食べたご飯が僕の体を作っているので結局は僕が食べたご飯が曲を作っているようなものですし。


——なんか、とても心があらわれる感じが。ちなみに、2月2日に、高円寺Highでライブがありますが、どんな感じになりそうですか?


MI8k:僕の曲って、ライブで出来そうなバンドの曲がないんですよ。なので、アレンジをし直していて。いろいろ考えながらやっていて、早くお客さんの反応を見てみたいですね。


——そういえば、昨年シンガーソングライター湯木慧さんの曲をアレンジした「キズグチ reborn by MI8k」も素晴らしかったんですよ。


MI8k:その頃、実はあまり仕事を受けたくなかったんです。自分の時間が無くなってしまうので。でも、湯木慧さんの曲「キズグチ」がとても良かったんですよ。ワガママ言いながらアレンジさせていただきました。あの曲をアレンジできて良かったなって。


——MI8kさんは、ご自分の世界観が明確なので、ネットカルチャーに限らずいろんなコラボレーションなどやれますよね。


MI8k:そうだとありがたいですね。自分の性格が変に邪魔をしなければいいですねぇ(苦笑)。(ふくりゅう)


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