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「医師は患者に感情移入してはいけないのか?」 亡き人への悲しみと後悔の向き合い方

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2019年02月22日 07:01  AERA dot.

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写真大塚篤司/1976年生まれ。千葉県出身。医師・医学博士。2003年信州大学医学部卒業。2012年チューリッヒ大学病院客員研究員を経て2017年より京都大学医学部特定准教授。皮膚科専門医
大塚篤司/1976年生まれ。千葉県出身。医師・医学博士。2003年信州大学医学部卒業。2012年チューリッヒ大学病院客員研究員を経て2017年より京都大学医学部特定准教授。皮膚科専門医
 患者への共感力が強い医療従事者は、患者の悲しみを自分の悲しみと捉え、バーンアウトしやすいといいます。自身も後悔から、「何度か医者をやめようと思ったことがある」という京都大学医学部特定准教授で皮膚科医の大塚篤司医師が、悲しみと後悔への向き合い方を語ります。

*  *  *
 多くの患者さんが優しい医師にみてもらいたいと願います。しかし、患者さんの気持ちに共感して親身になってくれる医療従事者ほど、バーンアウト(燃え尽き症候群)になりやすいという報告があります。私も何度か医者をやめようと思ったことがあります。それは、悲しみからではなく後悔からです。

 伊藤晴子さん(仮名)は笑顔がすてきでとても優しい60代の女性。全身の皮膚が真っ赤になる紅皮症(こうひしょう)の治療のため、近くの個人医院から紹介されてきました。

 紅皮症にはいくつか原因があります。アトピー性皮膚炎などの皮疹が悪化して全身に広がったタイプ。薬があわなかったことによる薬疹(やくしん)。皮膚原発のリンパ腫などです。紹介状によると、伊藤さんの紅皮症の原因は乾癬(かんせん)という皮膚の病気が悪化したものだろうと書かれていました。

「後医は名医」という言葉をご存じでしょうか。

 後から診た医者は前に診た医者よりも情報量が多く、診断がより正確になるという意味の言葉です。

 乾癬が悪化した紅皮症としては何かおかしい。私はどこか診断に違和感を感じていました。教科書を調べ、カンファレンスを繰り返しました。しかし残念ながら、私は“名医”にはなれずにいました。

 担当してから1年以上、伊藤さんは入退院を繰り返す生活をしていました。皮膚の状態は徐々に悪化し、浸出液(しんしゅつえき)も増え、体の大部分がガーゼで覆われていました。

 きっと体じゅうが痛かったと思います。ガーゼ交換で体を動かすたびに伊藤さんは顔をゆがめました。それでも処置の間は楽しいおしゃべりを続け、私たちは楽しい時間を共有できました。

「先生ありがとう」

 優しい言葉をかけてくれる患者さんでした。

 病気はとても残酷です。伊藤さんの愛情深い心とは無関係に、あらゆる治療を試してみても効果は得られず、彼女は徐々に衰弱していきました。

 そんなある日、私は出張のためどうしても病院から離れなければならない日がありました。同僚に伊藤さんのことをお願いし、2日間病院を不在にしました。帰院してすぐに伊藤さんの受け答えが遅いことに気がつきました。

 おかしい。

 慌てて採血や検査を行い、データを見てがくぜんとしました。

 CRP 20mg/dl

 炎症の値を反映するCRP。施設によって正常値は変わりますが、ほとんどが1未満。20という数値は明らかに高値です。

 精査の結果、傷からの感染と判明。しかし、これまでも何度も感染症を繰り返し、抗生剤を投与してきた伊藤さんには使える薬剤が限られていました。いわゆる耐性菌の出現です。そして、長年にわたる闘病生活で伊藤さんの体力は限界に近づいていました。

 その日も朝一番に伊藤さんの部屋に向かいました。ベッドの上の伊藤さんは肩で大きく息をしていました。私が顔をのぞき込むと、包帯で覆われた左手で酸素マスクをあごのほうにずらし、大きく目を見開いて言いました。

「先生、いままでありがとう。本当にありがとう」

 それはまさにお別れのあいさつでした。

「伊藤さん、そんなお別れみたいなこと言わないでください」

 未熟だった私は、無理やり笑顔をつくって答えるのが精いっぱいでした。

 その次の日、伊藤さんは意識を失いました。それが私と伊藤さんの最後の会話となりました。

 私は自分を責めました。もしあの日、出張に行ってなければ異変に気がついて対応できたかもしれない。小さな変化に気がついてくれなかった同僚にも腹が立ちました。そして、見当違いな怒りを感じている自分にも失望しました。

「自分は医者に向いてないな」

 医者をやめようと思いました。

 京都大学の行動経済学者・佐々木周作氏らは、他人の喜びや悲しみを自分のものとして感じる共感特性の高い看護師がバーンアウトしやすい可能性があると報告しています(行動経済学 第9巻 91−94, 2016年)。利他性とは、他の人のために何かしてあげたい気持ちのこと。利他性の中でも、「純粋な利他性」と「ウォーム・グロー」に分けられると行動経済学者のカリフォルニア大学ジェームズ・アンドレオーニ博士は提唱しています。純粋な利他性を持つ人が、患者さんの喜びを自分の喜びと感じるのに対し、ウォーム・グローを持つ医療従事者は、医療行為そのものに喜びを感じる。患者さんへの共感力が強い人は、患者さんの悲しみを自分の悲しみと捉えバーンアウトしやすいのではないかと考えられています。

 患者さんに過度に共感しないことが大事だと主張する医療従事者もいます。

「患者さんに感情移入したらあなたがつぶれちゃうよ」

 医療現場で聞く、もっともらしいアドバイスの一つです。私はいつもその言葉に違和感を覚えます。

 伊藤さんの死から10年以上たった、とある学会で、私は偶然、彼女と同じ症状の患者さんの発表を聞くことになります。

 その日、はじめて伊藤さんの病気の本体がわかりました。

 乾癬からの紅皮症ではなかった。

 とても珍しい皮膚疾患でした。

 私は取りつかれたようにその病気を勉強しました。論文を読みあさりました。そして最終的にわかったことは、あの当時、ほかにできる治療がなかったこと。私たちの医療チームは最善を尽くしたということでした。

 現在、私の患者さんである磯部祐介さん(仮名)の皮膚は、普通の人と変わらないくらいきれいです。実は、伊藤さんと同じ病気です。あの時、名医になれなかった私は、伊藤さんの経験から珍しい疾患の治療ができるようになりました。もちろん、医学の進歩と新薬の登場のおかげではあるのですが……。

 患者さん本人や家族の方は思います。

「もう少しはやく気がついていれば」

 同じような気持ちは私たち医療従事者も抱くことがあります。

「助けてあげられなかった」「もっとほかにできたことがあったんじゃないだろうか」

 親密であればあるほど、そして、別れの場面が印象的であればあるほど、残された人間の心は深い悲しみと後悔の思いに苛まれます。

 いま振り返ればわかることも多くあります。あの頃の自分に必要だったのは、精いっぱいやってきたことに自信を持つこと。楽しかった伊藤さんとの思い出を大切にすること。そして、伊藤さんからの「ありがとう」の言葉に、私も逃げずに「ありがとう」と答えることでした。

「つらい思いをするから患者さんに感情移入しない」というのは、この先もできないと思います、きっと。仕事も家族も人間関係も、深く関わったからこそ得られる喜びがあるのを知っているから。最後に、大切な人を失って深く悲しんでいる方がいつか、その人との関係で得られた喜びに目を向けられるようになることを、心から祈っています。

◯大塚篤司(おおつか・あつし)/1976年生まれ。千葉県出身。医師・医学博士。2003年信州大学医学部卒業。2012年チューリッヒ大学病院客員研究員を経て2017年より京都大学医学部特定准教授。皮膚科専門医。がん薬物治療認定医。がん・アレルギーのわかりやすい解説をモットーとし、コラムニストとして医師・患者間の橋渡し活動を行っている。Twitterは@otsukaman

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  • 無慈悲な人はそうなんだろうな…情けない https://mixi.at/a3AeB3f
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  • 人間は身体と心でできている。医者も人間だから人間の治療ができる。感情や好き嫌いがあるからこそ患者を感情や好き嫌いのある相手として見れる。派手に感情を出せないけどね
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