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和泉元彌、チョコプラ・長田庄平のモノマネで再ブレイク! 母・節子の“やりたい放題”も再び!?

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2019年03月01日 01:01  日刊サイゾー

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日刊サイゾー

写真和泉元彌
和泉元彌

 お笑いコンビ、チョコレートプラネットの長田庄平のモノマネで注目され、バラエティ番組への出演が増えている狂言師・和泉元彌。2001年のNHK大河ドラマ『北条時宗』での主演抜擢から、狂言師の枠を超えてテレビの世界の人気者となった元彌だったが、この数年はほとんどその姿をテレビで見ることがなかった。しかし最近、チョコプラに引っ張られて10数年ぶりの再ブレイクを果たしたかっこうだ。

 だが、そもそも一時はあれほど人気者であった元彌が、なぜテレビに呼ばれなくなったのか。

「当時、公演のドタキャン、遅刻、さらにはダブルブッキングという業界のタブーをおかした上に、和泉流宗家継承問題がこじれにこじれ、テレビも距離をとるようになっていったんです」(芸能記者)

 その元凶は、元彌よりも、セッチーこと、母・節子にあったことは言うまでもない。

「はじめは元彌とセットでの登場でしたが、その強烈なキャラクターが受けて、セッチー単体でもテレビに呼ばれるようになりました。当時、“サッチー”こと野村沙知代さんが脱税で逮捕され、こわもて熟女の椅子が空いていたこともあり、ある意味、元彌以上にブレイクしたんです。しかし、元彌を操り人形のように扱い、嫁の羽野晶紀イビリも大きく報じられるようになった。また、ダブルブッキング問題なども、マネジメントを担当するセッチーの責任によるところも大きかった。元彌自身は素直で腰も低く、決して人に嫌われる性格ではありませんが、このセッチーが敵を増やし、元彌もテレビから消えることになってしまったわけです」(同)

 とにかく、セッチーのやりたい放題し放題は評判が悪かった。

「和泉流宗家の継承問題も当然ながらセッチー主導で起きたトラブル。勝手に〈和泉流宗家〉を商標登録したり、年間200件以上というこなしきれないスケジュールを入れてトラブルを招き、狂言界を私物化したうえで、イメージを悪化させるようなムチャクチャなことばかりでしたからね。そもそも、セッチーのゴリ押しがなければ、元彌の姉、淳子と祥子の2人の女性狂言師が誕生することはなかったはず。そもそも男系相伝の狂言界にあって、2人の姉が狂言師として舞台に上がっていること自体がセッチーの強引な手腕によるものですからね」(ワイドショー関係者)

 当時、マスコミをあきれさせたのは、「和泉家の嫁には五箇条の禁止事項があり、これは絶対」と明かし、元彌の嫁となった羽野晶紀に課した五箇条だ。

一、マニキュアを塗らない

一、ノースリーブを着ない

一、ズボンをはかない

一、稽古事禁止

一、運転禁止

 というものだったが、セッチー本人はこれをまったく守っていなかったのだ。

「テレビに出演するときにはいつも真っ赤なマニキュアをしていましたし、誰も見たくないのに、わざわざ両肩を出してパーティーに出席したり、派手なアクセサリーをつけたりと言行不一致も甚だしかった。それを突っ込まれると、『いつもはマニキュアをしていないけどテレビだから』『パーティーの女性の正装は肩を出したドレスだから、海外ではOKなのよ』などと勝手な理屈をつけて逆ギレですからね」(ベテラン演劇記者)

 これでは相手にされなくなるのも当然であった。せっかく再ブレイクを果たした元彌だが、またこのセッチーが前面に出てくることがあれば、また消えることになりそうだ。

「今回のブレイクに関し、セッチーは一部女性誌の直撃を受け、『長田さんも和泉流稽古にいらっしゃい』と以前と変わらない様子で元気いっぱいに語っていましたね」(前出・芸能記者)

 息子を思うなら、おとなしくしているのが一番なのだが。

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