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足立区が生んだ“名言メーカー”みやぞんの天然力

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2019年03月12日 21:02  日刊サイゾー

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日刊サイゾー

写真ANZEN漫才・みやぞん
ANZEN漫才・みやぞん

テレビウォッチャーの飲用てれびさんが、先週(3月3〜9日)に見たテレビの気になる発言をピックアップします。

「僕、疲れる前に休むんですね」

「天然」というジャンルにくくられる芸能人がいる。最近だと、King & Princeの平野紫耀とか滝沢カレンとか丸山桂里奈とか。本人としてはボケようとしていない言動が、周囲にとってはボケになってしまう。そんな人たちだ。

 彼らの出自は幅広い。芸人、俳優、アイドル、ミュージシャン、スポーツ選手などなど。そんな多ジャンルに及ぶ人材のストックから天然が発見、ないし拡散される現場には、しばしば明石家さんまがいる(ジミー大西とか相田翔子とか)。一時期、とんねるずが、その役目を果たすことがあった(輪島功一とか定岡正二とか)。最近では、中堅芸人がそういう役回りを務める場面も多く、『しゃべくり007』(日本テレビ系)ではくりぃむしちゅーが中心となって、番宣に来た俳優の天然な部分を引き出したりしている。

 で、有田哲平の深夜番組で最初に見かけ、ゴールデン帯のとんねるずの番組で発見され、明石家さんまの番組で毎週のように拡散されていた天然が、ANZEN漫才のみやぞんだ。

 みやぞんが他の天然系の芸能人と異なっていることのひとつに、「名言を吐く」があると思う。ただ、名言を吐くのは簡単ではない。普通、何かいいことを言おうとするときは、どうしても名言を吐こうという意識というか欲求が邪魔をする。本人にはそういうつもりがなくても、周りから「『名言を吐こう』と思っている」と思われてしまうと、もうダメだ。自分から発露してしまう名言欲求、あるいは周囲から疑われてしまう名言欲求の存在は、「名言」の価値を下げる。たとえば、片岡鶴太郎が昨年、NHKの番組で「魂の歓喜」を語っていたけど、あれは面白かった。

 だが、これを、みやぞんはいとも簡単にやってのける。トークゲストとして登場した9日放送の『サワコの朝』(TBS系)で、たとえばこんなことを言っていた。

「僕、疲れる前に休むんですね」

 ロケで疲れたりつらいことがあったときは、山本彩(元NMB48)が歌う「ひといきつきながら」という曲を聴いてフッと一息つく。そんな話の中で、みやぞんの口から出た「疲れる前に休む」という言葉。疲れたから休む、という一般的な考え方の逆をいく発想である。働き方改革が叫ばれる世相にあって、社会性、批評性を帯びているようにも感じる。

 番組終盤での発言だったのだけれど、阿川はこれを聞いて、「もう、みやぞん名言ばっかり」とほほえんだ。阿川の「聞く力」が触媒となったのか、確かにこの日は冒頭からいつも以上にみやぞんの「名言」にあふれていた。

「私ね、全国のみやぞんファンの方から、今日頼まれてるんです」

 番組の序盤、阿川はそう切り出した。

「なんでそうやっていつもニコニコできるの?」

 みやぞんはカメラが回っているときだけニコニコしていて、カメラが止まるとむっつりしていたりするのではないか。そう疑う視聴者もいるだろうが、本当のところどうなのか。そんなことを阿川は聞いた。

 これにみやぞんは、「家でもずっとニコニコしている可能性があるんですよね」と答えたのだが、阿川はこの回答に「なるほど」と満足して終わりはしない。「つい不愉快になったりすることはないんですか?」「たとえばスリに遭っちゃいました。そのスリに対してどう思いますか?」など、さらに質問を重ねる。さすがの「聞く力」である。それを受け、みやぞんはこんなことを言った。

「そこから何か学ぶことといえば、お金に感謝するかなっていう。物事起きたことをすべてプラスに持っていく。お金をぞんざいに扱ってたから、こういうことが起きたのかもしれない。じゃあお金に感謝するか。全部ただじゃ終わりませんね。損しただけじゃ終わりたくないっていうか。すべてプラスに変えていきたい」

 そして、次のように続けた。

「僕もしかしたら、コンマ5秒を生きてる可能性がありますね」

 何か嫌なことがあったとしても、次の瞬間には自分が安心できる出来事が起きている。だから、スリに遭ったとしても、今この瞬間を楽しく笑っていれば、そしてその瞬間を連ねていけば、未来も自然と明るくなる。スリにいつまでも落ち込んでいると、そんな未来を手放すことになる。そんな意味合いを込めての、「コンマ5秒を生きている」。けだし「名言」である。「見えない未来は今この瞬間に折りたたまれている」みたいに言うと、もうちょっと名言っぽいかもしれないけれど、これはもう僕の「名言を吐こう」という自意識が過剰なやつだ。

 たぶん、当人にとっては名言を吐いているつもりはないのだろう。けれどそれが、周囲にとっては名言に聞こえてしまう。本人がボケのつもりで言っていないことが周りにはボケに聞こえてしまうという、天然の構造と同じである。“名言を吐こうと思ってるな、この人”みたいな周囲の邪推をほとんど呼び込まない。

 みやぞんは、ボケ方面にも名言方面にも天然を発揮している。阿川はみやぞんの話をひとしきり聞いた番組終盤で、「お笑い芸人と申し上げていいのかどうかがよくわからない」と言っていたけれど、たぶん、みやぞんはキャラクターなのだと思う。「バカと天才は紙一重」という言葉のキャラクターなのだと思う。

 天然の宿命のひとつに、本物なのか、偽物なのか、という視線を周囲から向けられるということがある。本物の天然ではなく、つくられた天然なのではないか。アイドル歌手からバラエティタレントに転身する時にマネジャーらを相手にダジャレだけをしゃべる日々を過ごした、というような話をアグネス・チャンがしていたことがあるけれど、何かしらの練習を経て天然界に参入するケースも確かにあるようだ。

 その点、みやぞんの本物度は高い。本物度を高めている理由のひとつに、普通のことも言う、というのがあると思う。『サワコの朝』でも「スリに遭ったら?」と聞かれて「なんで盗るんだと思います?」と言って笑っていた。何か面白いことを言う気配があるところで、あまりにも当たり前のことを言う、そんなみやぞんが面白い、という場面は多い。このあたり、かつて天然というかおバカと言われた系統のタレントになかったポイントである。

 7日放送の『櫻井・有吉 THE夜会』(TBS系)にもみやぞんが出演。自分の子どもの頃からの履歴を話していた。18歳であらぽんとANZEN漫才を結成したみやぞんは、初期のころはキッチリとした台本で漫才をやっていたこともあるらしい。だが、「(台本を)一字一句まで覚えて、コンマ何秒まで測って、ロボットみたいな感じ」でやっていた漫才は、ウケたことがうれしいというレベルではなく、全部暗記して言えたことがうれしいというレベルで、楽しくなかった。コンマ5秒で生きているかもしれない人が、コンマ何秒を計算のもと演じるのは、やはり無理があったのだろう。

 しばらくフリーで芸人を続けていた2人。お笑いの養成所に入らなかったのは、母親の助言があったからだ。みやぞんの母親は過去に大衆演劇をやっており、「笑い」には一家言ある人だった。なので漫才を見てもらったが、そのとき母親は次のように言ったという。

「アンタらのネタはダメだ。お笑いって学ぶもんじゃないし、そのへんに笑いって落ちてんのに、それも見つけられないアンタらが(養成所に)行って何ができんの?」

 もはや「名言」癖とも言えるみやぞんには、こういう母親の影響があるのかもしれないと思ったりもするが、とにもかくにもみやぞんらは、この言葉で養成所に入るのをやめた。

「それでフリーで落ちてる笑いを探しましょうって、最終的に足立区の歌っていう、足立区の面白さ、自分の住んでるところがこんなに面白いんじゃないかってことで、歌でやってちょっと良くなってく。それでテレビ出れるんですけど」

 有田やとんねるずの番組など、みやぞんがANZEN漫才としてテレビに出ていた初期のころは、この「足立区の歌」を歌うことも多かった。足立区出身の2人が、足立区のことを自虐的に歌い上げるネタだ。砂場に麻雀パイが混ざってるとか、玄関には金属バットがあるとか、そういう足立区あるあるネタ。ホントに「あるある」なのかは知らないけれど。

 みやぞんは、当たり前のことを言う。そして、自らが生まれ育った土地にある当たり前から笑いを拾った。本物の「天然」は土から生える。

(文=飲用てれび<http://inyou.hatenablog.com/>)

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