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世界で唯一無二の「マツダのクルマ」を生む、データの限界を突き破る開発手法の全貌

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2019年03月24日 10:11  Business Journal

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写真マツダデザイン本部デザインモデリングスタジオ部長呉羽博史氏
マツダデザイン本部デザインモデリングスタジオ部長呉羽博史氏

●いかにボディの軸をつくるか


 呉羽博史は1985年にマツダに入社、塗装技術部門に配属された。88年の社内公募に手をあげ、デザイン部に移籍し、クレイモデラーとなった。


「ちょうど、『RX‐7』などのスポーツカーやプレミアムなクルマをつくろうとしていた時期でした。最初は、右も左もわからないところからスタートして、それ以降、クレイモデラー一筋です。愚直にクリエイションに向き合ってきました」


 97年から2001年にかけては、ドイツのフランクフルトのデザインスタジオに赴任した。スタジオで働く日本人は、彼ひとりだけだった。帰国後は、クレイモデラー統括に従事し、13年、デザインモデリングスタジオ部長に就任した。


 先にも記したように、08年9月のリーマン・ショック以降、親会社のフォードはマツダの出資比率を引き下げ始め、マツダはフォードからの独り立ちを迫られた。それがマツダにとって自らのブランド価値をつくりなおす好機となった。彼がクレイモデラーを統括するようになったのは、ちょうどその頃である。


 フォードからの独り立ちを機に、マツダはブランドの見直しに着手した。フォード時代のデザインをいったん白紙に戻し、過去のデザインを振り返りながら、マツダらしいクルマづくりをゼロからスタートさせていった。


 マツダデザインの筆頭といえば、1989年発売の小型スポーツカー「ロードスター」だ。のちにデザイン本部長となる福田成徳がデザインした。光と影をコントロールした、豊かな面表現が特徴だ。


「ロードスター」は、後輪駆動のライトウエイトオープン2シーターのコンパクトなフォルムを持つ。4つのタイヤが地面にしっかりと足を下ろし、独特のたたずまいと安定感、ダイナミックな躍動感がある。「ロードスター」など80年代後半から90年代前半のマツダを代表するクルマには、プレスラインがない。それは、デザインに対する自信のあらわれといえる。


「正直な話、線を入れるのは簡単なんです。逆に、線を入れずに美しく見えるクルマをつくるというのは、本当に難しい」と呉羽は言う。


 フォードからの独り立ちを機に、マツダは、ゼロからのクルマづくりに着手した。「念頭に置いたのは、美しいかたちの追求だった」として、呉羽は次のように続ける。


「一目見て、美しいと言わせるクルマをつくるには、骨格やたたずまいがよくないといけない。それに加えて、動きだしてからも、クルマが美しく見えるかどうかが大切になってくる。どこからどう見てもマツダのクルマに見えなければいけない。その意味でも、しっかりしたボディのたたずまいは重要なテーマでした」


 モデラーの奮闘が始まった。


「ボディのたたずまいをつくるという仕事は、いかに優れたデザイナーでも限界がある。2次元の絵の中でそれを表現するのは難しい。だから、クレイモデラーの仕事をフロントローディングというかたちでデザイン開発の先頭に持ってきた。これは、うまい料理をつくるための仕込みのようなものですね」


 日本料理は、下ごしらえがすべてといっても過言ではない。丁寧に出汁を取り、魚の下処理をし、正しく野菜を切る。その一つひとつが料理の味を決める。クレイモデルも同じだ。仕込みがきちんとできていなければ、美しいかたちはつくれない。


「それは、造形の内から湧き上がってくるエネルギーとそれを外から収めていくようなせめぎあいでした。ギリギリのところでバランスをとる作業といってよかった」


 それを解析してフォルムに置き換えていく。デザイン上の骨格をしっかりと定めて、そこに必要な“筋肉”を盛り付けていかなければならない。


「問題は、プロダクションです。実際にデザイナーがいくらコンマ何ミリをつきつめていったとしても、プロダクションができなければ意味がない。プロダクションになっても、ちゃんと狙い通りのフォルムになっているか。これは、なかなかデータではチェックできない。人の審美眼がものをいう世界ですね」


 その微妙な調整作業を、呉羽は与えられた譜面に基づき、一定の持ち駒を使って、連続して王手をかける“詰将棋”のようだと語る。


「クルマをつくるには、生産要件のほか、法令の要件もあります。それらを単純に当てはめてみると、シミュレーションではボンネットやバンパーから飛び出した部分ができてしまう。そういったものを削りながら、面をつくっていく。まるで、“詰将棋”のようなものです」


 数値では語れない感性の世界を表現するため、クレイモデラーの削る動きをモーション・キャプチャーを使ってデータをとり、面を削っていくこともある。


「このカーブをつくるためには、どんな体重移動が求められるか。それを解析しながら削っていきます。そんなことをやっている会社はほかにないと思いますよ」


 前に触れたように、マツダのモデラーは30人に満たない。少数精鋭である。


「数が少ないからこそ、ひとりであらゆる領域をカバーしなければいけない。逆に、いろいろな仕事をすることで、自分の仕事の領域に深さや奥行きが出ますし、全体をコントロールできるようにもなっていくんですね」


●日本の伝統工芸に学ぶ


 マツダのモデラーには、「クリエーター」としての高い能力が要求される。だから、モデラーたちは、自己研鑽を怠らない。例えば、日本の伝統工芸に学ぶ。長い年月をかけて培ってきた美しさの表現に向き合い、刺激を受けるためである。新潟県の無形文化財に指定されている玉川堂とのコラボレーションは、その一例だ。共に作品をつくることで、互いにものづくりの技法を学び合う。


「現代工芸の人間国宝の方たちと一緒に仕事をすることもあります。彫刻家とか陶磁器作家の方たちとは、非常にマインドが近いものがあるんですね」と呉羽は言う。


 とりわけ、デザインの最終段階の確認に使われるハードモデルをつくるハードモデラーにとっては、日本工芸からの学びは大きい。ハードモデラーは、ドアノブの形状、インパネの質感など、パーツを正確に再現する力量が不可欠である。伝統工芸家が手掛けた工芸品を通して、接合部や表面処理のアイデアなどを学び、技量の向上につなげているのだ。モデラーの美への探究は、さらに時代をさかのぼる。


「現代の工芸だけでなく、室町、平安時代にさかのぼって、日本人がいかに精密な工芸品をつくってきたかを分析してみようと思っています。それによって、日本の美の根源にたどりつけけるのではないかと考えているんですね」


 茶道で使われる茶碗は、まん丸なきれいなかたちではない。あえてひねりを加えることによって、味を出す。それは、日本文化に特有の遊び心といえるだろう。


「はずしたり、崩したり、大きさを変えてみたり、ちょっとテンションをかけたりする。近くで見ると、インパクトがあるんだけど、遠目で見ると美しいというような表現がありますね。はずしても、美しさが感じられるのは、大枠の中でそれをやっているからです。全体のバランスがとれているんですね。


 じつはマツダのクルマにも崩しのデザインが取り入れられています。黄金比率にのっとったクルマでは、インパクトがありません。心に残らない。だから、あえて外す。外すと、そこがアイキャッチになって、心に残っていくんですね」


 マツダは世界一流のデザインにも目を向ける。一例は、イタリアのミラノで開催される世界最大規模の家電見本市「ミラノサローネ」への出展だ。マツダは、「ミラノサローネ」にクルマ以外のプロダクトを出展し、マツダデザインの本質を発信している。


「クルマの量産にどんなパーツの形状が適しているのかを突き詰めるには、いろいろな経験を積むことが必要です」


 2015年、デザイン部が造形を手掛けた「魂動」コンセプトのソファと自転車を「ミラノサローネ」に出展した。ソファの本体には黒い皮革が張られ、脚部はアルミニウムでできている。人が座るとその重みでソファ背面の皮が伸び、赤い模様が広がることで躍動感を感じさせるデザインとなっている。美しい家具は、生活を豊かにする。同様に、美しいクルマは人生を豊かにする。


「日本のプロダクトを世界に理解してもらいたい。傍らに置きたいと思ってもらえるようなものをつくっていきたいですね」


 美に対する呉羽の思いは、熱いのである。


 逆説のようだが、マツダがグローバル市場を意識すればするほど、日本発のブランドを意識せざるをえない。世界市場2%のマツダが、欧米ブランドと同じことをしていては、埋もれてしまうからだ。マツダが日本のモノづくりの精神が息づくクルマを意識する理由はここにある。
(文=片山修/経済ジャーナリスト、経営評論家)


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