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クラシックオーケストラが、リハーサル終了時間を“絶対にオーバーしない”理由

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2019年03月24日 20:11  Business Journal

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Business Journal

写真「Getty Images」より
「Getty Images」より

“イタリア人の家に招待されて約束の時間に行ってみると、まだその家の奥さんは頭にカーラーを巻いていた”という冗談のような話は、都市伝説のようによく耳にするのですが、いずれにしてもヨーロッパでは、約束の時間よりも少し遅く行くのがエチケットとされる国が多いのです。その時間の塩梅は国々によって違うので、実際に住んでみて何度も失敗を重ねないとわからないと思います。


 日本人のように、時間に対してきっちりとしている国なんて、世界的に見ても珍しいといえます。鉄道に乗っていて、「前を走っている電車のトラブルにより、2分到着が遅れました。大変申し訳ございません」といったアナウンスは、日本以外では聞いたことがありません。


●世界各国のオーケストラの時間感覚


 では、各国のオーケストラの時間感覚は、どうでしょうか。


 これは意外にも、どの国のオーケストラの楽員でも、開始時刻には全員席に着いているのです。たとえば、午前10時にリハーサル開始ならば、10時ちょうどに音合わせのチューニングのためのオーボエのA(ラ)の音が鳴り響き、すべての楽員が音を合わせます。そして、指揮者の指揮によってリハーサルが始まります。


 僕が副指揮者を務めていたロサンゼルス・フィルハーモニックでは、「チューニングの時間が仕事開始時である」と、掲示板に公式文書として貼られていました。


 そもそも、オーケストラは楽員全員が一緒に音を出す必要があり、ひとりでも抜けると練習になりません。たとえば、フランスの作曲家、ドビュッシーの『「牧神の午後」への前奏曲』は、フルートのソロで始まることで有名ですが、フルート奏者が遅刻したとしたら、リハーサルを始められなくなります。これは極端な例としても、ひとり欠けても、いろいろなところで差し障りが出ます。わかりやすく言うと、陸上競技の400mリレーを、一人欠いて練習するようなものです。


 とにかく、楽員にとって遅刻するのは大問題です。何があっても時間通りに楽譜の前に座っている必要があるので、1時間も前から職場に到着している楽員も珍しくはありません。交通事故に巻き込まれたといった、よほどのことがない限り、遅刻はないのです。


 一方で、リハーサルの休憩時間には、国民性が出ます。イタリアのある地方のオーケストラを指揮した時は、毎回、休憩時間が終わってステージに行ってみると、僕ひとりでした。仕方なしに指揮台に立っていると、なんとなくぞろぞろと集まってくるのです。日本のオーケストラでは、こんなことはまずありませんが、そんな感じの国は少なくありません。僕も日本人らしく、きっちりと時間を守ることがバカらしくなったくらいです。


 しかし、そんな時間にルーズな国のオーケストラでも、終了時刻は絶対に破ることができません。少しでもオーバーすれば、今までにこやかだった楽員の顔が怒りに満ち始めることは以前に本連載でも書いたことがありますが、大概はその前に楽員のタイムキーパー係が、「マエストロ(指揮者)、リハーサル終了時間です」と練習を止めるのです。


 かつて英国のボーンマス交響楽団を指揮した際、セカンド・ヴァイオリンを弾いているタイムキーパー係は時間にとても厳しかったことを覚えています。「この腕時計は、BBC(英国公営放送)に合わせてある」と胸を張っていました。彼は演奏しながら、「10、9、8……」と頭の中でカウントダウンして、「マエストロ、おしまいです」と告げるのです。休憩の時間の場合は、曲のちょうどよい切れ目まで少々のフレキシビリティをもたせることが多いのですが、リハーサルの終了時間に関しては1秒たりとも伸ばすことはできません。


 アメリカのオーケストラでは、ステージマネージャーが30秒くらい前から時計を見ながら指揮者の横に立っていて、相手がどんなに世界的に著名な指揮者であろうとも、終わりの時刻ピッタリに肩をトントンと叩くのです。指揮者としては、休憩時間や終了時刻が来る前に練習をやめるのが無難です。


●オーケストラが時間に厳しい理由


 ここまで時間に対して厳密にしている背景には、これまでの楽員と事務局との闘争の歴史があります


 実は、世界中のオーケストラは組合に守られています。組合がないオーケストラも一部にはあるのですが、そこはしっかりと楽員と事務局の協議による協定が結ばれています。


 かつては、指揮者の権限が絶大でした。日本のオーケストラの話ではないのですが、楽員が「もうおしまいの時間ですから、僕は帰ります」などと言おうものなら、「もちろん帰っても良いよ。ご自由に。でも、明日から来なくてもいい」と、クビを宣告されることもありました。産業革命の頃に労働者が資本家に雇われている立場であったのと同様だったのです。


 1930年代にニューヨーク・フィルハーモニックの指揮者を務めていたイタリアの指揮者、トスカニーニは癇癪持ちとして有名でした。リハーサル中であっても、奏者のことが気に入らないと、英語があまり得意ではないこともあり、「アウト」の一言でその奏者をクビにしてしまうほどでした。


 しかし、それでは楽員のほうはたまったものではありません。そこで、楽員も自分たちで組合を結成して、指揮者や事務局と闘争することになりました。


 その結果、一度オーケストラで職を得れば、定年まで勤められるようになり、予定されたリハーサル時間を超えることなく、安心して仕事をすることができるようになったのは、一般の社会の方々と同じです。


 ただ、オーケストラには、一般の会社員の方々のような急な残業がありません。どちらかというと、比較的決められた時間内で仕事をする工場勤務に近いかもしれません。しかし、曲や内容、進行状況によっては、終了時刻までに終わらない場合もあり、それを「オーバータイム」と呼びます。もちろん、手当てが付くので喜ぶ楽員もいますが、その後の予定を立てている楽員も多いので、通常は時間ピッタリに終わらせるのです。


 ただ、オーケストラでは、本番でもリハーサルでも演奏中はずっと緊張を強いられ続けるので、終了時刻ともなると楽員はみんなクタクタになっています。指揮者から見ても、オーケストラは大変な仕事だと思います。


 最後に、遅刻は厳禁とされる楽員たちは、集合時刻よりかなり早くホールに来ることはありますが、演奏会が終わった後に帰るのは、ものすごく早いのです。観客たちが拍手を終えて、「良いコンサートを聴いた」と笑顔でホールを後にし、駅のホームで電車を待っている頃には、すでに前の電車に乗っている楽員も多いのです。
(文=篠崎靖男/指揮者)


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