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「ミャンマーの西田敏行」が運転する霊柩車 長髪・ヒゲ・タトゥー……ワイルドで心優しき「おくりびと」

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2019年03月25日 07:00  ウィズニュース

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写真亡くなった俳優仲間の遺体を見つめる、チョウトゥーさん。「死ぬことについてよく考える」という=2019年1月、ミャンマー・ヤンゴン=染田屋竜太撮影
亡くなった俳優仲間の遺体を見つめる、チョウトゥーさん。「死ぬことについてよく考える」という=2019年1月、ミャンマー・ヤンゴン=染田屋竜太撮影

 ミャンマー国民なら誰もが知る超有名な俳優が、ボランティアで貧しい人の葬儀を手伝っています。日本の映画「おくりびと」からも、大きな影響を受けたといいます。(朝日新聞ヤンゴン支局長兼アジア総局員・染田屋竜太)

【写真特集】有名俳優から「おくりびと」へ、日本から学んだ「とむらい」精神 ミャンマーで活躍の霊柩車も

ハンドル握り 自ら遺体運ぶ
 その俳優の名はチョウトゥーさん(59)。取材した日も、遺体を乗せた霊柩車のハンドルを握り、火葬場に向かっていました。

 「人生の最後をちゃんとした方法で終わらせてあげたい、そんな思いです」

 依頼は主に、生活に困っている人たちから。

 棺おけをそろえ、病院などで受け取った遺体を清めると、葬儀で僧侶に贈る花や食べ物を準備し、火葬場まで遺体を運んでいます。

 依頼は多い日で1日20件、霊柩車は10台以上を所持。中には日本で見慣れた、神社のような建物を詰んだ霊柩車もありました。

 「支援者が寄付してくれました。遺族から『この車を使ってほしい』という要望がとても多い。豪華だけれど威厳がある。そんな日本の霊柩車で送ると、亡くなった人が気持ちよくあの世に旅立てる、と思う人が多いんです」

 ミャンマーで「チョウトゥー」と言えば、知らない人はいないというくらいの有名人。硬派からコミカルまで幅広い演技ができる才能を見いだされ、80年代から次々とヒット作に出演。90年代には「ミャンマーのアカデミー賞」も受賞しました。

 様々な役柄を演じ分け、みんなから愛される俳優。日本でいえば西田敏行さんといった感じでしょうか。毎年のように出演する新作映画が公開されているとのことです。

 そんな人がなぜ「おくりびと」に?

「自分に大切なものは」 模索して見つけたのは……
 20年ほど前、チョウトゥーさんはある有名な僧侶に会いました。

 仏教徒が人口の9割を占めるミャンマーでは、僧侶の言葉はとても大切なもの。うやうやしくあいさつしていると、まだ小さかった長女が「お父さんはとても有名な人です。将来天国に行けますか」と尋ねました。

 「自慢ではないが、多くの人に知られ、俳優活動も順調だった。天国に行けるに決まってるだろうと思いましたよ」とチョウトゥーさんは振り返ります。

 しかし、僧侶の答えは思わぬものでした。

 「俳優とは、人の人生を演じるもの。あなたが人生で本当に成し遂げたいことは何ですか。それができなければ、天国には行けません」

 本当に自分のしたいこととは何なのか、頭を悩ませる日々がしばらく続きます。

 そんなころ、話題になっていたことが。農家が家族の遺体を畑などに放置して罰せられたり、近所の住民と争いになっていたりしたのです。

 ミャンマーでは葬儀会社ではなく、家族が遺体を運び、僧院で葬儀をしてもらうのが通例。

 ですが、当時は軍事政権下で、農家は明日の食料費にも困るような生活。遺体を捨てるほど困窮する人が出ていました。

 自分になんとかできないか。チョウトゥーさんは知り合いから亡くなった人がいると聞くと、自分の車を走らせて遺体を火葬場まで運ぶように。

 始めてみると、「うちも」「うちも」と声がかかります。

 「あなたが来てくれて良かった。本当は私たちだってちゃんと彼を天国に送りたい。でも、お金がない。どこかに遺体を持って行かなければならないところでした」。そう言って涙を流す女性もいたそうです。

 この活動を求めている人がたくさんいる。もっと広げたい。そんな思いで映画の仕事関係者が集まり、ボランティア団体を立ち上げます。

 中古車を使って遺体を運び、一時的に遺体を安置できる霊安室も設置。病院とも連携し、希望者が連絡を取りやすいようにしました。

 「でも、実はしんどい時期でもありました」

 ミャンマーでも遺体を扱う仕事は汚らわしいと考える人が少なくなく、「あなたのような有名人がなんで死体運びの仕事などするのだ」と何度も尋ねられました。

 「最大都市のヤンゴン以外では、なかなか活動が広まらなかった」といいます。

 また、チョウトゥーさんは当時、軍事政権から何度もプロパガンダ映画に出演するよう命じられながら、ずっと断り続けていました。

 葬儀のボランティアとは名ばかりで、政府転覆を狙う話し合いをしているのではないかと疑われ、尾行されました。

 2007年、僧侶らが軍政に反対して立ち上がる「サフラン革命」という民主化運動が起きると、僧侶に水や食料を与えたという理由で当局に拘束されます。その後8年間、映画制作に関わることを禁じられました。

 その後、ミャンマーでは2011年に民政移管が起き、様々な分野で自由化、民主化が進みました。ボランティアは増え続け、今や500人に達します。扱った葬儀の数も18万件を超えました。

 今では「教え子」たちが、ミャンマー各地で同じような活動を始めています。

「おくりびと」から学んだもの
 そんなチョウトゥーさんは今でも、「もっと活動をいいものにできないか」と考えています。各国の葬儀を勉強したり、葬儀会社の人に話をきいたりしているそうです。

 そんな中で強い影響を受けたのが、邦画「おくりびと」。2009年に友人の勧めで鑑賞し、「亡くなった人に対する考え方を大きく変えられた」と語ります。

 映画では、主人公が遺体に化粧をして、生前のような姿にします。

 「私たちの活動はどちらかというと遺族のためという意味が大きかった。でも、映画を見て、亡くなった人にもっとできることがあるんだと感じました」

 それから、ボランティア団体に参加する人たちは全員、映画を見てもらうことにしました。

 映画では「死」を扱うことを嫌がる人、受け入れる人、それぞれの様子が描かれます。

 「死と向き合うことにどんな意味があるのか。それが映画に詰まっている」

 チョウトゥーさんは威圧感のある人です。長髪でひげもじゃ、腕には日本語と英語、ミャンマー語のタトゥー。

 自分の道を歩み
 自分の義務を務め
 自分の責任を果たし
 自分を戒めて生き
 自分の歴史をつくる

 という言葉がそれぞれの言葉で腕や肩に刻まれています。
「ミャンマーのおくりびと」というイメージとは、かなり異なっていた、というのが正直な感想です。

 でも、話をきいているうちにその心の温かさを感じるようになりました。質問に答えるときは、じっと考えてから、記者の目をぐっと見つめてしゃべります。忙しい中で、質問が途切れるまで1時間ほど話し続けてくれました。

 俳優活動だけでも、十分世の中に貢献していたのではないですか。そう尋ねると、微笑みながら「この活動を始めてからの人生の方が、豊かに感じるんですよ」と話してくれました。

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