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「生きていたら41歳。きっと孫も…」桶川ストーカー殺人事件から20年 被害者の父が語る思い

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2019年03月25日 11:30  AERA dot.

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写真埼玉県上尾市の自宅の居間の一角には、詩織さんが好きだったヒマワリの花や、笑顔の写真がたくさん飾られている。今も命日には友人たちが来てくれるという(撮影/倉田貴志)
埼玉県上尾市の自宅の居間の一角には、詩織さんが好きだったヒマワリの花や、笑顔の写真がたくさん飾られている。今も命日には友人たちが来てくれるという(撮影/倉田貴志)
 ストーカー規制法が生まれるきっかけとなった、桶川ストーカー殺人事件から20年。警察が把握したストーカー被害は5年連続で2万件を超え、いまも増え続ける。娘を亡くして以来、講演を続ける父親に思いを聞いた。

【殺人に至るような事件が後を絶たない 過去の主なストーカー事件はこちら】

*  *  *
 埼玉県桶川市のJR桶川駅。西口駅ビル前に、いまも誰かがそっと小さな花束を供えていく。20年前、ストーカー被害を受けていた猪野詩織(いのしおり)さん(当時21)が、交際を断った男の仲間たちによって命を落とした場所だ。

「ずっと毎日毎日、いま詩織が生きていたら、と考えます。夢のある子に育ってほしい、そんな願いを込め『詩織』と名づけました。本当に家族思いのやさしい子で、生きていれば41歳。結婚して子どももいて……。私と妻は、孫の面倒をみているのではないかと」

 父親の憲一さん(68)が静かな語り口で心の内を吐露する。同県上尾市の自宅の居間には、詩織さんの遺骨を納めた骨壺がある。いまだに墓に埋葬する気持ちになれず、憲一さんと妻京子さん(68)は居間に布団を敷き、毎晩一緒に寝ている。

 1999年10月26日。

 当時大学生だった詩織さんは、JR桶川駅前で元交際相手の男の兄やその仲間に刺殺された。交際を断られて逆恨みした男は事件前、仲間と共謀して詩織さんを中傷するビラを自宅周辺の電柱に貼ったり、憲一さんの職場に送りつけたりしていた。名誉毀損容疑の告訴を受理した警察が捜査に乗り出さなかったことや、調書の「告訴」を「届け出」と改竄し、告訴の取り下げを要請していたことが大きな社会問題となった。詩織さんの名誉を傷つけるような報道もされた。

 事件はストーカー被害を見直す契機となり、詩織さんの死から約半年後の2000年5月、ストーカー規制法が超党派による議員立法で成立した。ストーカー行為を明確に「犯罪」と定め、警察による警告などの行政措置を盛り込んだ。法律は改正を重ね、現在はLINEなどSNSを使ったメッセージを繰り返し送りつけるといった行為にも規制の対象が広がっている。罰則はストーカー行為が懲役1年以下か罰金100万円以下、禁止命令に違反してストーカー行為をした場合は懲役2年以下か罰金200万円以下と、以前よりは多少厳しくなった。

●全国のストーカー被害は、5年連続で2万件超

 だが、さまざまな形でストーカーによる被害は続いている。全国の警察が把握したストーカー被害は17年に2万3079件と、5年連続で2万件を超え、ストーカー規制法が成立して以来、過去最多を記録した。殺人に至るような事件も後を絶たない(表参照)。

 13年10月に東京都三鷹市の高校3年の女子生徒が元交際相手の男に刺殺された事件や、17年1月に長崎県諫早市の女性(当時28)が元夫に刺殺された事件も、被害者がつきまとい行為を警察に相談していたが、未然に防ぐことはできなかった。なぜいまも、被害は増え続けているのか。

 ストーカー問題に詳しい常磐大学元学長の諸澤英道(もろさわひでみち)さん(被害者学)は、「これまで表に出にくかった被害が顕在化したことが背景にある」と見る。ストーカー行為から発展した凶悪事件がメディアで報道され、社会の意識も徐々に高まり、隠されていた被害が掘り起こされた結果だと言う。

「しかも、表面化しないものを含めると、5倍近いストーカー被害者がいると考えられます。山に例えると、支援を受けられるのは8合目から上にいる被害者、それが2万3千人という数なのです」(諸澤さん)

 残りの被害者が駆け込める「受け皿」がほとんどないことが問題だと、諸澤さんは言う。各都道府県に被害者支援センターは置かれているが、積極的な対応に欠けることが多いという。かと言って、警察が全ての相談に応じるのは物理的に難しい。

「支援窓口の設置、日常生活の支援、住まいや仕事の安定……。被害者にとって最低条件となる支援をどこでも等しく受けられることが必要で、そのためには、都道府県レベルでの条例の制定が不可欠です。条例をつくることで、いままでNPOやボランティアに頼ってきた被害者支援を行政が担うようになる」(同)

●1千通超のメール送信でも、違法性を問えなかった

 また、ストーカーを取り締まるストーカー規制法には致命的な欠陥がある、と諸澤さんは指摘する。

 同法第2条は、つきまとい、監視、面会や交際の要求など八つの行為を「つきまとい等」とし、それを反復して行うと「ストーカー行為」と定義した。警察が加害者にやめるよう警告し、逮捕することもできる。しかし、八つの行為に限定したことによって、条文に明記されていない行為はストーカー行為に当たらないという運用になっている点だ。

 12年11月、神奈川県逗子市で当時33歳の女性が元交際相手の男(当時40)に刺殺され、男は直後に自殺した。この「逗子ストーカー殺人事件」で、男は「結婚を約束したのに別の男と結婚した。契約不履行で慰謝料を払え」などと書いた1千通を超えるメールを女性に送りつけていた。

 だが、当時ストーカー規制法では電話やファクスで繰り返す嫌がらせについては禁じていたが、メールは対象外だった。担当した神奈川県警逗子署はすぐに違法性を問えないとして、捜査を終了。その後もパトロールを続けたものの事件を防ぐことはできなかった。

 この事件などを機に13年、ストーカー規制法は改正され、メールを繰り返し送る行為も「つきまとい行為」の対象となった。

「ストーカー行為を限定的に定義したことで、警察の介入をきわめて消極的にしてしまった。すべてのストーカー行為に対応できるよう、さらに法律を改正すべきです」(諸澤さん)

●「娘に代わってしゃべる」その使命感で人前に出る

「娘は見殺しにされた」という思いを抱いていた詩織さんの父憲一さんは長い間、警察では講演をしてこなかった。だが、いつか現場の人たちに思いを伝えたいという気持ちもあった。初めて警察で体験を語ったのは、17年9月。京都府警察学校で200人近い警察官や警察学校の生徒らを前に、命を奪われた娘と家族が強いられた苦しみを語り、市民の嘆きや悲しみを聞いてほしいと訴えた。犯人と直接対峙し、捕らえることができるのは警察だけなのだ、と。

 約13年前に胆管がんが見つかったとき、「もう死んでもいいと思っていた」と憲一さんは振り返る。

「当初は法律ができたから何なんだ、そんなことよりも娘を返してくれ、という思いが強かった。それが徐々に、じゃあ娘のために親として何ができるのか、と考えるように心が変わっていきました」

 被害を食い止めるには捜査を通じた対応だけでは限界があるとして、警察庁は16年4月から加害者に、精神科医による治療やカウンセリングを勧める取り組みを始めた。

 こうした加害者の更生支援について、憲一さんはどう考えているのか。

「治療によって治るのであれば治してほしい。被害者を増やさないために、強く反対しない立場をとっている。ただ、加害者に言いたいのは、愛していようが何だろうが、相手はお前の持ち物じゃないということ。このことを理解できなかったら、何をしてもだめです。それを擁護するような考えを持つ人間を強く恨みます」

 事件から20年経ついまも、憲一さんは学校や行政機関などで講演を続け、「命」の大切さを訴えている。人前で話すのは勇気がいる。だが娘はもっと苦しい思いをした。それに比べれば人前で話すくらい何でもない、と力を込めた。

「いまは、娘に代わってしゃべらないといけないんだという使命感で話しています。ストーカー被害で苦しむ人がいる限り、活動していきます。それが、かけがえのない私たちの娘、詩織との約束でもあります」

 21歳の無念に、私たち社会も応えていかなければいけない。(編集部・野村昌二)

※AERA 2019年3月25日号

このニュースに関するつぶやき

  • 私も15年前告白を断ったレズビアンから連日ストーカーされ赤信号の国道に突き飛ばされるなどの殺人未遂受けたけれど相手が女性だからか警察で扱ってもらえなかった。
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  • 桶川と聞くとストーカーと連想するくらい印象が強い事件
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