冤罪に巻き込まれた会社員を襲った悲劇! 釈放され不起訴になったのに、会社は推定無罪を無視して解雇

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2019年03月25日 14:10  リテラ

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 推定無罪の原則。ご存知のとおり、近代刑法上の大原則である。私の印象では、刑事ドラマではこれが完全にないがしろにされているが、弁護士や検察官を登場人物に描いたドラマでは一応この原則を説明するようになっているように思う。



 今回は、そんな推定無罪原則が雇用関係で問題になった事例をご紹介する。



 依頼者の木村さん(仮名)は、社会福祉法人城西園(仮名)で働いていた。

介護の仕事にやりがいを持って取り組み、熱心に仕事に励んでいた。



 年末、法人全体の忘年会があり、上司の松さん(仮名)、同僚の阿部さん(仮名)らと共に、木村さんは都心から郊外の自宅への帰路についていた。すでに日付が変わる頃の時間で、下りの特急電車は忘年会帰りの乗客で混み合っていた。



 木村さんたちはそれなりに酔っ払っており、上機嫌でついつい大声で会話していたせいか、他の乗客である角野氏(仮名)と口論になってしまった。ようやく停車した駅で木村さん達も角野氏も一旦降車したところ、木村さん達は角野氏との仲直りを図った。



 しかし、角野氏はこれに応じず、突然大声を上げ始めた(角野氏も酔っていた様子だった)。トラブルに発展するかもしれないと考えた木村さん達は角野氏と離れたが、同僚の阿部さんは角野氏とともに木村さん達から離れていってしまい、少しの間、木村さん達の視界から消えてしまった。



 2人きりにするのは問題であると考えた木村さん達が阿部さんのところへ向かうと、角野氏が横たわっていた。阿部さんが何かしたのかは木村さん達にもわからなかったが、2人の間にトラブルがあった様子ではあった。



 すると、駅員が駆けつけ「関係者は一緒に来てください」と言われ、木村さん達は駅員室へ同行した。



 その後の展開は木村さんにとっては全く予期せぬものだった。



 木村さんが駅員室で待機していたところ警察が来て、トラブルのことについて事情を聴かれた。木村さんは警察の事情聴取には正直に応じていたものの、阿部さんと角野氏との間に何があったかを木村さんは知らなかったため、話しようがなかった。



 それにもかかわらず、木村さんは警察署に連行され、同僚達とは別々に長時間にわたり取調べを受けた。どうやら警察は、木村さんが阿部さんと一緒に角野氏に暴行を行ったものと考えているようであったが、身に覚えのない木村さんは、自身が事件に関与していないこと、そもそも事件とされるものの正確な内容自体知らないこと等を説明したものの、翌日昼頃に木村さんは逮捕された。

木村さんは、その後検察官に対しても真実を述べ、容疑は事実に反することを訴えたが、聞き入れてもらえずに勾留されることとなった。



 木村さんは、はじめに接見に来た弁護士から容疑を認めて示談をする方針を勧められたこともあったが、否認を貫いた。その後、別の弁護士の弁護活動のおかげで、逮捕から5日後、ようやく木村さんは釈放された。



 その後も捜査は継続されたものの、事件から約3カ月後に木村さんは不起訴処分とされた。やっていないのであるから当然、と思われるかもしれないが、きちんと否認を貫いた木村さんの忍耐と、弁護活動のおかげであろう(残念ながら私とは別の弁護士である)。



 いずれにしても、安易な逮捕勾留によって身体拘束した捜査機関と裁判所の罪は重い。



 しかし、木村さんにとっての悲劇はこれにとどまらない。



●冤罪から釈放され不起訴処分になったのに、解雇される!



 釈放後、すぐに勤め先の城西園に電話したところ、城西園からは自宅待機命令を受け、顛末書の提出を命じられた。もちろん、木村さんは事実どおりのことを記載して顛末書を提出した。釈放から1週間ほど経過した年明け、木村さんは城西園の人事担当者に対して顛末書の内容を説明したが、さらに1カ月間の自宅待機を命じられた。



 冤罪に巻き込まれたが晴れて釈放されたにもかかわらず、なぜこのような扱いを受けないといけないのか? 木村さんの不安は想像に難くないだろう。



 そして、自宅待機期間満了目前の1月末、再び城西園人事担当者に呼び出された木村さんは、諭旨解雇とする旨を告げられた。諭旨解雇とは、懲戒解雇相当であるものの、退職願を提出させるなどして懲戒解雇として扱わない措置などを意味する。つまり、実質的には懲戒解雇相当の事態であると城西園は捉えたのである。



 木村さんは、突然の解雇通告に驚きを隠せなかった。城西園側の説明では、本来は懲戒解雇に相当するが温情で諭旨解雇にする、とのことであった。



 不起訴処分はその後に発せられたのであった。そもそも冤罪であるにもかかわらず、さらに解雇されたことに到底納得出来なかった木村さんは、私のところへ相談に訪れた。



 おわかりのとおり、本件は、誤って逮捕勾留された、つまり冤罪被害者である木村さんに対して、逮捕勾留されたという事実のみをもって城西園が過度に重く受け止め、推定無罪の原則を無視して拙速な解雇を行ったという事案である。



 逮捕勾留されたということは犯罪者であることを意味しない。この推定無罪原則に従って判断すれば、本件解雇が違法無効であることは明らかであった。



●推定無罪原則を無視した会社側の対応だったが、労働審判では…



 本件でさらに木村さんを憤らせたのは、交渉における城西園の対応である。



 城西園にも代理人弁護士が就き、本件の解決について協議が行われた。城西園の代理人からは解決金について話し合いたいとの提案がなされたため、私は城西園の代理人も解雇は無効だと思っているのだと受け止めた。



 しかし、城西園側から提案された解決金は、たったの20万円であった。木村さんの1カ月分の給与にも満たない金額である。勝手に犯罪者だと決めつけて解雇しておいて、なんと不誠実な使用者なのだろうか……。また、代理人の見識も疑われるところであった。



 早期解決を望んでいた木村さんと相談の上、労働審判を申し立てることとした。労働審判の中では、城西園側もさすがに「逮捕勾留されたから解雇した」などという主張はしなかったが、「他の乗客とトラブルになった」といった程度の解雇理由を挙げてきた。



 そんなことで解雇されたらたまらない。当然、労働審判委員会の心証は解雇無効とのことであった。それでも城西園は解決金を値切ってきたが、一応木村さんも納得出来る水準の解決金での退職和解となった。



「逮捕されたのだから犯人だろう」「起訴されたのだから有罪だろう」。特に日本で生活していると、その感覚は強いかもしれない。



 しかし、実際には数多くの冤罪事件が存在し、冤罪被害者は謂われのない疑いをかけられて苦しんでいる。



 刑事手続の中では関与する専門家が気をつければよいかもしれないが、それ以外の場面においても、本件のように推定無罪原則を理解しない対応によって人の人生を大きく左右してしまうこともある。



 くれぐれも、使用者の皆さんには軽率な対応は慎んでもらいたい。そして、法曹モノのドラマでは、これまで以上に推定無罪原則を丁寧に描いてもらいたい。



 なお、木村さんは別の社会福祉法人で元気に働いている。



【関連条文】

労働契約法第16条

解雇は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、無効とする。



(弁護士 市橋耕太/東京合同法律事務所 https://www.tokyo-godo.com)



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ブラック企業被害対策弁護団

http://black-taisaku-bengodan.jp



長時間労働、残業代不払い、パワハラなど違法行為で、労働者を苦しめるブラック企業。ブラック企業被害対策弁護団(通称ブラ弁)は、こうしたブラック企業による被害者を救済し、ブラック企業により働く者が遣い潰されることのない社会を目指し、ブラック企業の被害調査、対応策の研究、問題提起、被害者の法的権利実現に取り組んでいる。

この連載は、ブラック企業被害対策弁護団に所属する全国の弁護士が交代で執筆します。


このニュースに関するつぶやき

  • 冤罪に巻き込まれたら、弁護士を呼び、刑事の取り調べに黙秘権を貫いて、何を言われても黙りを貫くのが良いみたいです。
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