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甲子園では抗議したくない… 潔さが生んだまさかの「エンタイトル本塁打」

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2019年03月31日 16:00  AERA dot.

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写真ラッキーゾーンがあった時代の甲子園 (c)朝日新聞社
ラッキーゾーンがあった時代の甲子園 (c)朝日新聞社
 23日に第91回選抜高等学校野球大会が幕を開け、連日熱戦が繰り広げられているが、懐かしい高校野球のニュースも求める方も少なくない。こうした要望にお応えすべく、「平成甲子園センバツ高校野球B級ニュース事件簿」(日刊スポーツ出版)の著者であるライターの久保田龍雄氏に、過去の選抜高等学校野球大会で起こった“B級ニュース”を振り返ってもらった。今回は「本塁打&二塁打をめぐる珍事編」だ。

*  *  *

 エンタイトル二塁打が誤審で満塁本塁打になるというトンデモ珍事が起きたのが、1984年の1回戦、佐賀商vs高島。

 3対1とリードした佐賀商は5回に1点を追加し、なおも無死満塁のチャンスに、5番・中原康博はカウント3-1から高島の左腕・赤水新次のストレートを一振。打球は左翼フェンスの4、5メートル手前でワンバウンドしてからラッキーゾーンに入った。

 テレビ中継のVTRにもこのシーンがハッキリ映っており、スタンドの観客もワンバウンドと認識した。普通ならエンタイトル二塁打である。ところが、二塁塁審は右手をグルグル回し、「ホームラン!」をコール。走って打球を追いながら、走者の動きも見なければいけないという切迫した状況下で起きた誤審だった。

 だが、高島・高田明達監督は「審判の判定は判定です。甲子園では抗議したくないと思っていた」と潔く判定に従う。当時の高校球界では、判定に対する抗議は慎むべきという考えが根強かった。

 守備側チームからアピールがないまま試合が進行したため、問題の“エンタイトル本塁打”は史上8人目の満塁本塁打として記録され、試合はこの回に大量6点を挙げた佐賀商17対4と大勝。誤審が勝敗に大きく関わったとあって、大会本部にファンから抗議の電話が殺到した。

 これを受けて、牧野直隆高野連会長は誤審があったことを認め、「今後、審判委員全員により正確なジャッジをするよう強く要望した」とコメント。また、外野フェンスに掲げられていた歴代優勝校の白地のプレートも、「白球を見づらくしている」という理由から、同日中に撤去された。半世紀以上も親しまれてきたセンバツの名物は、皮肉にも誤審によって姿を消す羽目になった。

 同年以来、甲子園から遠ざかっている高島は、昨秋の滋賀県大会で8強入り。21世紀枠の県推薦校に選ばれたが、残念ながら、35年ぶりの甲子園は見送りとなった。


 “幻のランニング本塁打”騒動が起きたのが、87年の1回戦、東海大甲府vs大成(現海南大成校舎)。

 部員わずか10人の大成が部員48人の優勝候補を相手にどう戦うか注目された一戦は、6回を終わって大成が3対1とリード。劣勢の東海大甲府は7回1死、佐野由幸が右翼線にポトリと落ちる安打を放つ。ファウルグラウンドを転々としたボールは、なんと、フェンスの下にある排水口の隙間にスッポリ入り込んでしまった。ライト・井川豊一が捕ろうとしたが、奥のほうに入っているため、手を伸ばしても届かない。しかも、なぜかボールは2個あった!これでは、途方に暮れるのも無理はない。

 この間に、佐野はダイヤモンドを1周して生還。ランニング本塁打で1点差に詰め寄ったかにみえたが、大成側のアピールで審判団が協議した結果、ボールデッドで二塁打となった。

 1死二塁から試合が再開され、東海大甲府は無得点。“幻のランニング本塁打”に救われた形の大成がそのまま逃げ切るかに思われたが、8回にエラー絡みで1点を返されたあと、9回2死から逆転され、3対4と惜敗。大畠和彦監督は「大きな魚がポロッと手から落ちた感じです」と残念がったが、最後の打者として公式戦未出場の背番号10・阪上幸信が代打出場をはたし、10人全員が甲子園でプレーするという夢を実現できたのは何よりだった。

 ちなみに排水溝の中のもうひとつのボールは、結局どこのものか特定できずじまい。2度と珍事が起きないよう、応急処置として、同日の第4試合終了後、排水溝の隙間に表面を緑色に塗った発泡スチロールが埋め込まれた。

 セーフティバントが二塁打になるという珍打が見られたのが、01年の3回戦、常総学院vs金沢。

 両チーム無得点で迎えた6回表、常総は先頭の大崎雄太朗(元西武)が金沢のプロ注目左腕・中林祐介(元阪神)の逆をつく左方向へのセーフティバントを決めて出塁した。

 次打者・小林一也もバントの構えから三遊間に強めの打球を転がしたが、サード・吉田安弘とショート・新森裕基が同時に打球を捕りにいき、セカンド・池田裕が一塁カバーに入ったことから、二塁ベースががら空きに。

 この間に小林は一気に二塁を陥れ、セーフティバントなのに記録は二塁打となった。


 実は、これは偶然の結果ではなく、「三塁側に強いのを転がせば成功する。ショートが捕りにくれば、二塁まで行ける」と考えた小林の頭脳プレーがピタリとハマったもの。

 これで勢いに乗った常総打線は、四球で無死満塁とチャンスを広げ、村田祐介の右前タイムリーで1点を先制。さらに横川史学(元楽天−巨人)の左前タイムリーなどで計4点を挙げて一気に試合を決めた。

「ワンチャンスで4点取れてラッキー」(木内幸男監督)。結果的にこの回以外は中林から得点することができなかっただけに、まさに勝利(4対1)を呼ぶ鮮やかな奇襲作戦。

 一方、2つのセーフティバントをきっかけにあっという間に4点を奪われた金沢・浅井純哉監督は「6回はミスじゃない。警戒していたが、ワンチャンスを生かす常総さんの攻めは上手だった」と脱帽するばかりだった。

 その後も常総はソツのない試合運びで勝ちつづけ、初の全国制覇を成し遂げている。

●プロフィール
久保田龍雄
1960年生まれ。東京都出身。中央大学文学部卒業後、地方紙の記者を経て独立。プロアマ問わず野球を中心に執筆活動を展開している。きめの細かいデータと史実に基づいた考察には定評がある。最新刊は電子書籍「プロ野球B級ニュース事件簿2018」上・下巻(野球文明叢書)。

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