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賛否両論の帰化 白鵬が心に秘める相撲への“真実の愛”と“覚悟”

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2019年04月21日 16:00  AERA dot.

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写真相撲に深い愛を持つ白鵬 (c)朝日新聞社
相撲に深い愛を持つ白鵬 (c)朝日新聞社
 白鵬がモンゴル国籍からの離脱を同国政府に申請していることを、4月17日付のモンゴルの複数主要紙が報じた。白鵬は現役引退後、親方となって自分の相撲部屋を開き、弟子たちを育てる希望を持っている。しかし、親方として日本相撲協会に残るには、日本国籍を有しなければならないというルールがある。モンゴル国籍からの離脱の理由はそこにあると考えるのが自然だ。白鵬本人は多くを語らなかったものの、否定しなかった。

 昨年、死去した白鵬の父はモンゴル相撲の大横綱であり、レスリング選手としてもメキシコ五輪で銀メダルに輝き、モンゴル初の五輪メダリストとなった英雄だ。日本で大横綱となった白鵬自身も、モンゴルの英雄である。もしも、日本人で同じような国民的英雄が日本国籍を離脱したら、悲しみ、反感を抱く人も多いだろう。批判を受けることは想像に難くない。

 白鵬がそんな状況を覚悟のうえで日本に帰化し、大相撲の世界に残る決断をしてくれたことに、私は心から感謝したい。なぜなら、白鵬は相撲への深い愛情と、常識にとらわれず新しいことに取り組もうとするビジョンと、それを実現する行動力を兼ね備えた稀有な人材だからだ。

 東日本大震災の際、力士たちは被災地に赴き、復興支援を行った。それを引っ張ったのが白鵬だ。当時、相撲界は八百長問題などの不祥事にまみれ、前代未聞の本場所開催中止にまで追い込まれていた。そんな時に復興支援という目立った行動に出ることをためらう声もあったと聞く。しかし、白鵬は自ら、被災地に赴くことを強く主張し、率先して行動した。その姿が、力士や協会関係者の背中を押した。力強く四股を踏み、土俵入りを行う姿は多くの被災者を励まし、結果的に、大相撲が蘇るきっかけともなった。

 少年相撲大会「白鵬杯」は約10年前、白鵬自身の「一人でも多くの子供たちに相撲を取ってほしい」という強い思いから生まれたものだ。ゼロからのスタートで、当初は無謀な試みと思われたが実現にこぎ着けた。課題も多く、継続は困難と思われたが、白鵬自身がぶれずに熱い思いを抱き続け、多くの人たちの賛同を受けて発展し、回を重ねてきた。9回目を数える今年は、日本各地だけでなくモンゴルやアメリカ、中国など8つの国・地域から約1200人が参加するまでになった。


 そんな白鵬が、引退後も相撲協会に残り、弟子の指導だけでなく協会の運営にも携わってくれることに、私は大いに期待したい。なぜなら、大相撲の未来のために「変わる」ことこそが必要だと思うからだ。

 大相撲には、神事、武道、スポーツ、見世物など、さまざまな側面があり、それが独特な魅力をかもしだしている。現在の大相撲は、江戸時代の勧進相撲から連なる系譜にある。勧進相撲は「見世物」である。見世物だからこそ、観客の嗜好や時代の流れに応じて、神事としての相撲、武士道としての相撲、スポーツとしての相撲など、さまざまな要素を取り入れながら、現在の大相撲が形作られてきた。「横綱」は江戸時代、興行を盛り上げる手段として、注連縄を腰に巻いた「横綱土俵入り」という神事的なショーの発案をきっかけに生まれた。本場所の成績を○勝○敗と数値化して優勝者を決めるという発想は、近代スポーツという概念が西洋から入ってきた明治時代末期に始まったものだ。ビデオを用いた勝負判定は半世紀近く前、他のスポーツに先駆けて取り入れている。

 魅力あふれる大相撲の伝統を「守る」ことは確かに大切だ。しかし、その多面的な魅力は、時期に応じてさまざまな要素を取り入れ、「変わる」ことで育まれたものだ。だからこそ、未来の大相撲を見据えれば、「守る」だけでなく、「変わる」ことが必要だ。とはいえ、現状を「変える」難しさは、組織に属する人ならばだれでも実感することだろう。だからこそ、白鵬のようなビジョンと行動力を持ったカリスマ的な人材はとても貴重だと私は思う。

 ただ、どんな方向にでも変わりさえすればいいというわけではない。観客の支持を得られない方向に変われば、大相撲の衰退につながる危険がある。そこで気がかりなのは、白鵬のこれまでの言動の中に賛同しかねるものも多いことだ。勝負判定へのあからさまな不服。勝負がついた後のダメ押し。「ヒジ打ち」のように相手を痛めつける行為など。日馬富士による貴ノ岩への暴行の際、それを「愛のムチ」と語った認識も、批判されてしかるべきだと私は思う。


 こうした言動や認識をもとに変革が行われたら、大相撲は魅力が失われる方向に変わってしまうかもしれない。だからこそ改めてほしいと、私は思う。そして、改めてくれる可能性は大いにあると期待している。白鵬が批判に対して「聞く耳」を持っていることは、批判された「ヒジ打ち」が横綱審議委員からの指摘以降、影を潜めていることからもうかがえるからだ。

 白鵬を巡る世論は、全肯定か全否定に二極化しているように見える。それは、白鵬だけでなく昨今の相撲界のさまざまな話題に共通した傾向だ。もしかすると、相撲に限らず日本や世界全体の潮流なのかもしれない。しかし、私は、そんな流れにあえて抗いたい。良い点は認めつつ、悪い点は批判する──そんな態度こそが、大相撲の未来を拓くのではないか。(文・十枝慶二)

【おすすめ記事】栃ノ心のほうが横綱らしい!? また出た“悪い白鵬”の見苦しさ


このニュースに関するつぶやき

  • 忘れたい人なので、そこまで日本に残らなくてもいいですよ�Ԥ��Ԥ��ʿ������� 大切な同志白鵬は日本に残らなくても大丈夫だよ�Ԥ��Ԥ��ʿ������� その方が直接関係してない人が有難いですね。 親方も仕切りづらいし。
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  • まぁ前向きに取り組んで行けば、実績や貢献は申し分無いでしょうからね。あとは足を引っ張られないようにするだけexclamation ��2
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