“「ヨロヨロ」と生き、「ドタリ」と倒れ、誰かの世話になって生き続ける”――『百まで生きる覚悟』春日キスヨ(光文社)
そんな「ヨロヨロ・ドタリ」期を迎えた老親と、家族はどう向き合っていくのか考えるシリーズ。今回は、姉妹の関係について考える。
上沼恵美子が関西のテレビ番組で姉との確執を告白したと報道されていたが、親の介護が絡んでくると仲の良かった姉妹でも関係がこじれることは少なくない。週刊誌によれば、上沼の場合は母親の介護をきっかけに逆に修復したということだが……。
母を支え、父を看取ってくれた妹には感謝している
河村良枝さん(仮名・49)は中国地方出身。大学入学と同時に上京し、そこで知り合った夫と結婚し家庭を持った。河村さんの両親は、妹・真由美さん(仮名・47)が結婚して家を出てからは長く2人で暮らしていたが、数年前、父親ががんで他界。闘病中は母と、同じ市内に住む妹が病院への送迎や看病を行ってくれた。
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「当時、まだ母も70代前半で体力もありましたが、妹がサポートしてくれたおかげでずいぶん助かりました。私は、父が亡くなる前の半年ほどは毎月帰省していましたが、顔を見せに帰る程度。たいして役に立てたわけではありません。父が亡くなったときも、連絡をもらってから帰ったくらいです。母を支えながら、父を看取ってくれた妹には感謝しています」
河村さんと妹は、若い頃から仲の良い姉妹だった。学生時代の一時期、一緒に住んでいたこともあるし、河村さんが東京で出産したときには、産後の手伝いに来てくれたのも妹だ。「私や家族が帰省してお客さんでいられたのも、妹家族がいてくれたおかげ」と、妹への感謝を忘れたことはない。普段のお礼も込めて、帰省したときには、母と妹家族を旅行に招待するなどの気配りも欠かさなかったつもりだ。
父を亡くし悲しみに沈む母にとって、妹家族の存在は大きな慰めとなった。結婚の遅かった妹にはまだ小さな子どもたちがいて、孫が頻繁に母のもとを訪れたのが良い気晴らしになったようだ。父の死から数カ月もすると母は立ち直り、次第にもとの明るさを取り戻していった。
河村さんのもとに母親から電話があったのは、そんな頃だった。近況などを話したあと、少しだけ間をおいて、母は言葉を改めた。
「真由美たちと一緒に暮らそうと思う」
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妹家族はマンション住まいだ。母が住む余裕はないのに、と一瞬思ったが、すぐに母は続けた。「うちを建て直して、二世帯住宅にすることにした。トシヤさん(真由美さんの夫)も、一緒に住んでいいと言ってくれている」と。
「『そうなんだ、よかったね。そうしてくれるならお母さんも安心だし、私も安心だわ』と伝えました。東京に住んでいる私には何もできないのが、父のときに身にしみてわかっていたので、大賛成でした。ただ、話がそこまで進んでいたんだという軽い驚きはありましたね。そして、母の要件はそれだけではなかったんです」
「ついては、良枝は相続放棄してくれないか」というのが、電話の主題だった。
「相続放棄」という言葉はよく聞くが、河村さんの場合は、「相続分の譲渡」というのが正しい。父が亡くなり、河村さんが相続することになる父親の遺産の1/4を、今後母親と同居して老後の面倒もみることになる妹に渡してほしい、ということだったのだ。
「ああ、そういうことね、と納得しました。だから母が直接電話してきたんだなと。妹が言い出したように取られると、私にいらぬ疑念を抱かせるのではないかと、先回りしたのでしょう。でも、戸惑うような様子を見せると、逆に母や妹に嫌な思いをさせることになるでしょう。つとめて明るく、さっぱりと『もちろんよ。これからも帰ったときには泊めてね』と冗談っぽく答えました」
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これが男兄弟だったら、今後帰省するとき、お嫁さんに遠慮することになるんだろうな、とも思ったという。女きょうだいでよかったというのも、正直な思いだった。
「それはいいんです。でもね」と、これも冗談めかして付け加えた。
「相続分の譲渡をするには、実印をつくって、印鑑証明を出さなければいけないんです。私は実印を持っていなかったので、新しく作らなければなりませんでしたが、これが結構バカにならない値段で……。私は快く相続分を全て妹に渡した。それこそ1円ももらっていないんだから、せめて実印代くらい払ってほしかったな、と。みみっちいですかね」
河村さんは終始笑顔だったが、それが本音なのだろう。
「そんなことを、いまだにちょっと根に持っている私も私ですが。もちろん、今も妹とは仲良く付き合っていますよ。でも、うちのように家族関係に何の問題がなくても、こう思うんだから、そうでない家族だったら、簡単に相続争いになるんだろうなと思いました。これまで相続のトラブルなんて我が家には関係ないと思っていましたが、決して他人事ではないということがよくわかりました」
河村さんは、帰省して母親に会うたびに、「年を取ったな」と痛感するという。毎日顔を合わせている妹は感じていないようだ、と言う表情が寂しげに見えたのは気のせいだろうか。
坂口鈴香(さかぐち・すずか)
終の棲家や高齢の親と家族の関係などに関する記事を中心に執筆する“終末ライター”。訪問した施設は100か所以上。 20年ほど前に親を呼び寄せ、母を見送った経験から、 人生の終末期や家族の思いなどについて探求している。