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誕生日パーティー、自宅公開……社会学者・古市憲寿の”ザ・芸能人”なお仕事

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2019年04月23日 17:03  日刊サイゾー

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日刊サイゾー

写真古市憲寿Twitterより
古市憲寿Twitterより

テレビウォッチャーの飲用てれびさんが、先週(4月14〜20日)に見たテレビの気になる発言をピックアップします

古市憲寿「自分のパーティーは楽なんですよ。全員知り合いだから」

 平成の初め、芸能人の誕生日パーティーといえば、西田ひかるだった。しかし、平成が終わりを迎えようとしている2019年4月末現在、芸能人の誕生日パーティーといえば、古市憲寿である。佐藤健、城田優、DaiGo、川谷絵音、千秋、小泉進次郎といった面々が参加するという古市の誕生日パーティー。それが、彼の交友関係の広さを証拠付けるものとして、バラエティ番組でしばしば紹介されている。

 社会学者の肩書でテレビに出る機会が多い古市を、西田と同列の「芸能人」として捉えることには、異論があるかもしれない。「芸能人」というより「文化人」ではないか、と。しかし、すでに古市は「芸能人」だ。だって最近は、有吉弘行やアンガールズ・田中らとテレビゲームをしている姿をテレビで見かけたりする。自宅公開みたいな番組もいくつか放送されていた。立派な「芸能人」だろう。自分がゲームに興じている姿やプライベートな生活には、視聴者に見られるだけのエンタメ的な価値がある、という自負があるのだろうから。自分に彼氏がいるとかいないとか、そういう話題が長らくエンタメになっていた(ということになっていた)、西田と同じ「芸能人」である。

 そんな古市が14日放送の『おしゃれイズム』(日本テレビ系)に出演し、パーティーについての持論を展開していた。いわく、他人が開いたパーティーに参加するのは苦手らしい。

「自分のパーティーは楽なんですよ。全員知り合いだから。誕生日パーティーとか、出版記念パーティーとか」

 知り合いがほとんどいない他人主催のパーティーに招かれると、初対面の人とイチから関係を作らなければならない。それに比べて、自分で主催するパーティーは、居心地がいい知り合いばかりを呼べばいいから、すごく楽。古市が好きなのはパーティーというよりも、自分が主催するパーティーだそうだ。

 なるほど、さすがは芸能人。私的に開催する居心地のいいパーティーを、幅広い交遊録としてテレビで紹介し、公衆のエンタメにしている。古市からは、芸能界に一時的に片足を突っ込んでいるだけというようなスタンスも感じるけれど、実際にテレビでやっているのは、ザ・芸能人の仕事である。

 そして、当時子どもだった僕には西田の誕生日パーティー全盛期の記憶があまりないが、伝聞を総合するに、彼女の誕生日パーティーもまた、似たようなものだったのかもしれない。本人的あるいは事務所的に知己の芸能レポーターとの毛づくろいのようなやりとりをテレビでお届けし、エンタメにしていたのだろうから。

 芸能人の誕生日パーティーの平成史は、西田ひかるで始まり、古市憲寿で終わろうとしている。なぜだか。

 19日放送の『アナザースカイII』(日本テレビ系)に、西野亮廣が出ていた。西野といえば、漫才コンビ、キングコングのツッコミだが、芸人は辞めたと公言し、絵本作家としても活動している。近年はオンラインサロンの主宰者としても知られ、その他、さまざまな仕事を展開しているようだ。やっていることの全体像がつかめないわけだけれど、たぶん、テレビに映る時の西野は、「やっていることの全体像がつかめない」人をやっているのだろう。全体像をつかむ必要があるわけでもないが。

 そんな西野は今回、最新作の絵本の舞台となったラオスを訪れた。以前も来た小さな村を訪ね、子どもたちを相手に変顔をして笑わせたり、鬼ごっこのような遊びをしたり。そして、自身の今後を、来るべきエンタメの未来に重ね合わせながら、カメラに向かって次のように語った。

「全部の面白いをやりたいですね。次はもう美術館つくろうとしてるし。もうそっちになっちゃったんですよね、なんかもう」

「(これからの)スタンダードはなんなんだっていうところにいくと、もう作ったものを届けるエンタメではなくて、一緒に作るエンタメですね。一緒に作るエンタメの世界1位を獲る」

「どんどん便利になればなるほど、もうみんな情報は共有されてしまって、クオリティがガッと上がってしまうと、機能で選べなくなるんで。(中略)最終的に人になるんですよね。」

「これまでのエンタメがレストラン型だったら、自分たちはもうバーベキュー型の、自分たちが食べる肉を自分たちで焼くみたいな。10年前、20年前はそれができなかったんです、物理的に。今はそれができるようになったから、(自分は)そっちのオリジナルになる、スタンダードになるっていうことですね」

 書き起こしをして気づいたが、西野は「もう」を多用する。「もう」を挟んで古い時代と新しい時代を並べる(例:「『もう』作ったものを届けるエンタメではなくて、一緒に作るエンタメですね」)。そして、自分は新しい時代の生き方に「もう」移ったと宣言する(例:「『もう』そっちになっちゃったんですよね、なんか『もう』」)。自分はすでに、こっちにいる。仲間も少しずつ、こっちに移ってきている。あなたはどうするの? そう、僕たちに問いかける。こっちに来ればいいのに。そう、僕たちを手招きする。

 西野が語る内容は、いつもなんだか新しい。けれど、こうやって並べて見てみると、人を動員しようとするときの語り口には、あまり新鮮さを感じない。先日訪れた銀行の窓口で、求めていない保険の説明がいつの間にか始まったときも、こんな感じだったと思う。新しくないというか、人のやることに、そんなに新しいものはないってことかもしれないけれど。

 さて、番組の最後、自分にとってラオスはどんな場所か聞かれた西野は、「エンタメの原点ですね」と答えた。モノの面で日本ほど発展しているわけではないラオスは、とにかく人が笑っている。そんな場所へ行くと、今の仕事を始めたころの自分の初心が取り戻せる。だから、自分の中で何かがおかしくなったら訪れ、自分を調整する。そんな場所が自分にとってのラオスだ、と。

 振り返ると、番組を通じて西野が笑わせていたのは、もっぱら子どもたちだった。異国の人がやってきたら、小さな子どもたちは興味津々だろう。半面、緊張もするだろう。そんな緊張を少し解いてやると、子どもたちは笑う。いわゆる「緊張の緩和」のセオリーに基づくならば、芸人(元芸人だったかもしれない)として、これ以上ない場面設定のはずだ。そこで、西野は初心を取り戻すのだという。

 なるほど、居心地のいい自分主催のパーティーは、もはや地球上どこでも開催できる。旧時代から新時代へとすでに歩み始めている西野は、そのことをいち早く僕たちに示してくれているのだ。レッツ、バーベキューパーティー。

 ――と、こうやって対象を皮肉るスタンスの記事は、「もう」古いのかもしれないけれど。

(文=飲用てれび<http://inyou.hatenablog.com/>)

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