法のはざまの性被害、男性は不起訴 「期待を裏切られた」検察への不信感も

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2019年05月02日 10:01  弁護士ドットコム

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「私の方が子どもで未熟だから、信用されなかったんでしょうか」。


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2017年の秋、千葉県内のスポーツジムで初めて知り合った男性と酒を飲み、自宅に連れ込まれ性被害にあった女性(当時19歳)。女性はその日のうちに警察に相談し、男性は準強制性交等の疑いで逮捕されたが、不起訴処分になった。



女性は検察に不信感を抱いている。男性が撮影していた動画を見た検察官から「嫌がっているように感じなかった」「暴行脅迫を受けたことの立証が難しい」と言われたためだ。



性暴力被害者を苦しめる、立件のハードル。なぜ、女性は泣き寝入りせざるを得なかったのだろうか。



●気づくと男性の部屋に

女性が男性と出会ったのは2017年11月、母親とダイエット目的で通い始めたスポーツクラブだった。入会4日後に一人で行ったところ、男性が「鍛えてるの?」と話しかけてきた。周りは地元の人同士で気軽に言葉をかわしていたので、「ジムでは仲良く話すものなんだな」と思い女性も応じていた。



それから男性に「一杯飲みにいかない?」と誘われた。「太っちゃうので」と断ったが、「おごってあげる」と行きつけだというガールズバーに連れて行かれた。「優しい人だから大丈夫」。そう思っていた。



バーではお酒を4杯ほど飲んだ。ふらつくほど酔ったため「もう帰ります」と言ったが、「もう1軒だけ付き合って」と別のバーに連れて行かれた。2軒目のバーのオーナーは「久しぶりにこんな酔っている人を見た」とお水を出してくれたが、男性に水を取り上げられ、その後も酒を飲まされた。



眠ってしまい意識がなくなった後にタクシーに乗せられた。気づけば男性の家にいて、部屋に連れて行かれた。



●翌朝に被害届

「ジャンパー脱ぎなよ」。着ている服を全部脱がされ、男性はスマホで動画を撮り始めた。「顔だけは撮られたくない」と髪の毛で必死に隠した。「やめてください」「撮らないでください」と泣き叫んだが、「撮ってないよ」ととぼけられた。性行為をされている最中に大声で泣くと、さらに「黙れ」と毛布で口を押さえられた。



「静かにしないと殺すぞ」と言われ、抵抗するのも怖くなった。「今日死ぬのかな」と思った。



なんとか男性の自宅から出たが、タクシーに一緒に乗り込まれ、家の近くのコンビニで降りた。当時の彼氏に泣きながら電話したところをみられ、「誰と電話していたか言わないと、動画ばら撒くぞ」と脅された。



「動画消してください」。そう言うと、男性は「この動画だろ」とスマホを出して動画を見せてきた。「あとで警察に行けば、動画はなんとかなる」。そう思い、その場で消してもらうことは諦めた。



彼氏の友人が車でコンビニに助けにきてくれ、その日のうちに病院に行き、警察署に被害届を出しに行った。男性は準強制性交の疑いで逮捕された。



ところが2018年3月、準強制性交等罪について不起訴処分が出された。女性は悔しくて涙がとまらなかった。不起訴処分を受けて女性は、相手が「動画をばらまくぞ」と言ったことについて脅迫罪で別途被害届を提出。検察は1月中旬、男性を脅迫罪で略式起訴し、簡易裁判所が罰金10万円を命じた。



●代理人「合意がおおよそ想定しにくい事案」と批判

日本では、13歳以上の男女に対して「暴行または脅迫」を用いて性行為をした場合、刑法の強制性交等罪(13歳未満の男女の場合、暴行脅迫要件はない)、「心神喪失または抗拒不能」となった人に性行為をした場合、刑法の準強制性交等罪が成立する。



強制性交等罪の「暴行または脅迫を用いて」という要件は、どの程度のものを指すのか。過去の判例では「被害者の反抗を著しく困難ならしめる程度」である必要があるとされている。



なぜ、今回の事案は不起訴処分になったのか。女性は取り調べで検察官からこんなことを言われたという。



「動画を見ました。動画を撮ることにやめてって言っているのはわかったけど、性行為をやめてって言っているように感じなかった。嫌がっているように感じなかった」。



男性に何回かに分けて撮られた動画。女性は「どんな風に言ったかは覚えていないけど、性行為をやめて欲しい、動画もやめて欲しい、どちらの思いも込めて言っていた」と分かってもらえなかった悔しさをにじませる。



検察官は、性行為の最中に大声で泣いて「やめて」と訴えたことを理由に、準強制性交等罪は認められないと女性に言ったという。



さらに、2018年3月下旬に受けた検察からの説明では、「男性の部屋で大声を出したというが、同居していた母は大声を聞いていないと言っている。暴行脅迫を受けたことの立証が難しい」「説得するだけの証拠が見つけられなかった」などと言われたそうだ。



女性は泣き叫んで抵抗を示したために、「抗拒不能」ではないと判断された。一方で、動画を撮られているのが気がかりで、顔を髪で隠しながらの抵抗しかできなかった。結果、検察は準強制性交等罪にも強制性交等罪にも当てはまらないと判断したというのだ。



女性の代理人である伊藤和子弁護士は「抵抗は不可能ではないけれど、被害を防ぐほどの強い抵抗ができない」と指摘。また、「初対面であり、年齢差もある。女性が酔っていたことを知っているし、動画撮影を嫌がっているのを知りながら性行為を行った。女性は翌朝に警察に行っており、合意がおおよそ想定しにくい事案だ」と批判する。



加えて、証拠を閲覧したところ、1店目に見聞を行っていなかった他、コンビニの監視カメラ映像や男性に撮られた動画が証拠化されておらず「検察側の明らかな怠慢」と憤る。



●友人に話せず

女性は今もカウンセリングに通っている。街でも「男性に会ってしまうのではないか」「何をされるかわからない」と思うようになり、人を避けて生活するようになった。



通っていた専門学校は通えなくなり辞めた。性被害にあったことは、仲の良い女友達にさえ話していない。



「どんなに仲良くても、その子が性被害にあったことがなかったら絶対に私の気持ちはわからないと思う。話したところで解決しないし、面白半分で話が広まるのもいや。話すメリットもない」



女性は、今も男性や検察への怒りと悔しさがおさまらない。



●お酒と腕力「泣き寝入りが多い被害類型」

「今回のようにお酒と腕力がセットになった事案は、泣き寝入りが多い被害類型。警察で門前払いになったり不起訴処分となったりすることがよくある」。こう話すのは、性犯罪被害に詳しい川本瑞紀弁護士。性暴力救援センター東京(SARC東京)の支援弁護士として、被害者から相談を受けている。



どの程度であれば「抗拒不能」と判断されるのか。川本弁護士は「ポイントは『抗拒不能』を基礎づける個別具体的な事情」と「その事情を、加害者がどれくらい認識したか」と指摘する。



例えば、女性に大量に飲酒させて泥酔させ「抗拒不能」にするタイプの準強制性交等事件。最近は、検察官提出証拠の中に、飲んだ酒の種類、グラスの大きさ、グラスにどの程度酒が注がれたか、何杯飲んだか、チェイサーの有無、つまみの有無種類などが必ず盛り込まれているという。テキーラをショットグラスで15杯飲まされていれば、酩酊どころか、人によっては命が危ない。



一方、ビールやカクテル数杯であれば、どうだろうか。同じお酒を同じ量飲んでも、どの程度酔っ払うかは個人差がある。



被害者の体内に入ったアルコールの量はどのくらいか。被害者は平均よりもお酒が強いか弱いか。被害者の飲酒体験はどの程度あるのか。「誰もが酩酊するほどの酒の量でない場合」検察側は、さらに「被害者の個別具体的な状況から抗拒不能状態だったといえる」と証明する必要がある。



さらに、「加害者に抗拒不能の認識があったか」が問題となる。川本弁護士によると、加害者の中には「そんなに酔っているとは思わなかった」「強い力で抵抗しないから、同意があったと思った」と話す人も多いそうだ。



飲んだアルコール量や種類が不明確で、加害者が「同意があった」と話した場合、「明確な拒絶の意思が示されていないときは、同意があったと男性が誤信してしまう状態にあった」として、加害者に故意がなかったと判断されることもある。



●「救える被害者はまだまだいる」

2017年7月に刑法が改正されたが、「抗拒不能」や「暴行脅迫」の要件は残った。「法改正まで待てない」という声も上がっている。川本弁護士は「暴行脅迫要件が現在のままで良いとは思っていないが、今の構成要件のままでも、救える被害者はまだまだいると思う」と話す。



「裁判官が事実認定に使う『経験則』は、判例上考慮されているファクターの集積なので、個人的な体験や観念は入りません。裁判官によって判決に大きく乖離が出るというのでは、法的安定性を欠いてしまうからです。しかし、この『経験則』に性犯罪被害者に特有の心理学的、精神医学的知見が反映されておらず、共有の知識となっていないことが問題だと思います」



川本弁護士が相談を受けた性犯罪被害者の中には、被害後、記憶をなくす「解離性障害」によって検察官の尋問中に何も思いだせなかった人もいれば、事件化する途中で治療がうまく行き記憶が蘇る人もいた。



また、被害にあった時、固まって何もできなくなったり、最初は「やめて」と手を動かして言ったものの、途中で「早く終わってくれ」と諦めたり、迎合するような反応を見せたりする人もいる。川本弁護士は「窃盗や強盗などの被害者とは違う、特殊な心理状態がみられることがある」と指摘する。



2017年7月の刑法改正では、被害者の心理などについて「心理学的・精神医学的知見等について調査研究を推進するとともに、司法警察職員、検察官及び裁判官に対して、性犯罪に直面した被害者の心理等についてこれらの知見を踏まえた研修を行う」といった附帯決議がなされている。



川本弁護士は「どういった内容で行われ、いつから活かして行くのかは分からないが、裁判所に対して、研修が行われることには期待したい。刑法改正3年後の見直しに向け、『暴行脅迫』要件、『抗拒不能』要件を緩和し、明確化するべきであると考えているが、具体的な文言については様々な意見をもとに考えていきたい」と話した。



(弁護士ドットコムニュース)


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