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死球欠場のDeNA筒香はなぜベンチで座っているのか? 元阪急「ベンチの4番打者」高井がいたからだ

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2019年05月04日 11:30  AERA dot.

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写真今季、ケガをするまでは絶好調だった筒香嘉智選手 (c)朝日新聞社
今季、ケガをするまでは絶好調だった筒香嘉智選手 (c)朝日新聞社
 4月13日、横浜スタジアムで行われた広島戦だった。4回裏、左打席に入ったDeNAの4番・筒香嘉智の右ひじに、広島の左腕・床田寛樹の速球が命中した。「ウッ」と筒香は声を上げると、その場にうずくまり、やがて動けなくなってそのまま交代した。

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 この日まで筒香は、打率.358、4本塁打、13打点の好成績を残しており、翌日以降の試合も欠場を余儀なくされた場合、チームには大きな痛手となるはずだった。筒香は骨折したのか、はっきりしないが、治療で長く欠場するだろうというのが大方の予測だった。ところが彼は翌日もグラウンドに姿を見せベンチ入りし、いつでも試合に出られるように待機した。これには誰もが驚かされた。次のカードの中日2連戦も筒香の姿はベンチにあった。あの巨体で、鋭い目線で、どっかりと腰を下ろしていつものように戦況を見据えていた。

 ラミレス監督によれば、筒香は十分な練習もできない状態にあるといい、「当分は試合に出さない」「いや代打で使うかもしれない」とも語っており、真意が読めず、そのため周囲に臆測が加わった。

 筒香がベンチにいる限り、相手チームも彼がいつ代打で出てくるのか気が気でないのは容易に推測できる。野球中継では解説者も「ここで走者が出れば、筒香代打でしょうね」と語るほどで、相手チームは彼の存在に振り回されたかのようだった。

 このとき私の脳裏に「ベンチの4番打者」という言葉が浮かんだ。教えてくれたのは、通算代打本塁打27本の世界記録を持つ元阪急ブレーブス(現オリックス・バファローズ)の高井保弘である。

 高井は1964年に阪急に入団し、打撃には見るべきものがあったが、守備に難があり、レギュラーにはなれなかった。当時はDH(指名打者制)もなかったので、彼がプロで生きるためには代打に徹するしかなかった。

 高井は1972年にシーズン代打本塁打の日本タイ記録(当時)となる5本塁打を放って1軍に定着する。

 以後代打の切り札としてチームになくてはならぬ存在になった。

 1974年6月28日に高井は通算14本目となる代打本塁打を放ち、通算代打本塁打の日本記録を更新した。その類いまれな本塁打の秘訣は、豊富な情報収集力にあった。

 豪放磊落そうな高井はきわめて緻密な男だった。当時の野球界では相手投手の細かい癖から球種を盗むことはあまりやっていなかったが、高井は球種によって相手投手の癖や動きに違いがあることを独自に見抜いた。それを毎回メモして、その分量は1シーズンで大学ノート数冊の分量になった。そのごく一部を彼から見せてもらったことがある。

 例えば南海ホークス(現・福岡ソフトバンクホークス)の江夏豊の場合。<ワインドアップのとき グラブに入れる手が深いときはカーブ。グラブから手首が出たらストレート。セットのとき グラブがいつもより下に降りて、グラブが大きく早く回ったときはストレート>

 ロッテオリオンズ(現・千葉ロッテマリーンズ)のエース・村田兆治の場合。<ワインドアップ 手首の筋(筆者注:掌<てのひら>からひじまでまっすぐ伸びた骨の部分)が出る ストレート。筋が動く、スライダー。掌が少し開く、スライダー。セットポジション ワシづかみでボールをグローブに入れる。フォーク>

 その分析効果は抜群で、高井は江夏、村田からそれぞれ2本塁打した。

「それまでの努力というのは、バット100本振ったとか、どんだけランニングやったとかいうもんでした。だけどワシはそんなしんどいことはせんで。頭のほうやな」

 高井の最たる活躍が、1974年のオールスターゲームだった。彼は代打専門ながら、この年のパ・リーグ監督の野村克也によって監督推薦で選ばれたのである。下積みで長く頑張った苦労人に光を当てたいというのが、選出の理由だった。

 意気に感じた高井は大活躍をする。第1戦の9回裏1死一塁で代打に出ると、ヤクルトの松岡弘から左中間へライナーで突き刺さる代打逆転サヨナラ本塁打を放ち、MVPに選ばれた。今まであまり注目されなかったパ・リーグの代打選手が、一挙に全国のファンから瞠目される存在となったのである。

 高井にまつわるある逸話がある。阪急の本拠・西宮球場での試合で高井は走者に出たとき、人工芝の切れ目にスパイクを引っかけて、ひざの靭帯を切った。3日休んだが、腫れも引かず、歩くこともままならない。しかし昼に監督の上田利治から電話があった。上田は1975年から3年連続日本一を果たした頭脳派の名将である。

 その上田は高井に「今日のロッテ戦は試合に出てくれ」と言った。高井は自分は歩くこともできないと答えると、上田はこう言った。

「そんなの知っとるわ。ユニホーム着て座ってくれとったらええんや」

 試合で高井がベンチにいるだけで相手に警戒心を与えるというのだ。高井がいつ代打で出てくるかわからない。そうすると相手ベンチも容易に投手交代はできない。左打者に左投手をぶつけたくとも高井が出てくるのではと思えば、それもできない。高井がベンチにいるだけで、相手には常に無言の圧力をかけ続けることができるというのだ。

 この試合でロッテの捕手はこうつぶやいたという。

「あいつがベンチにいると1点や2点のリードだと、いつひっくり返されるかわからん。恐怖心で、4点以上リードせんと安心できないんじゃ」

 ロッテは高井の存在を恐れ、打撃陣は焦りで攻撃が雑になった。投手も走者を出せば高井が出てくると過剰に意識し、四球を連発してロッテは自滅した。

 これこそ「ベンチの4番打者」の大活躍である。その働きを筒香も行った。

 14日の広島戦ではベンチから皆を鼓舞し、選手たちは発奮した。ロペスが逆転弾、ソトがダメ押し本塁打を放って、広島に勝利した。

 ラミレス監督が、なぜ筒香をベンチに置いたのか、真意はわからない。ただ明白なのは筒香の存在感の大きさである。広島投手陣は、走者を出せば筒香が代打に出てくるかもしれない不安におびえ、いつもの調子を狂わせてしまった。そこをロペスとソトは見逃さなかった。

 これでDeNAは何とか踏みとどまった。本物の強打者の存在は、グラウンドだけでなく、どこにいても力を発揮できるものだ。誰しもレギュラーとして出場し、活躍したいのが選手の本心である。だが高井が代打人生を送ったように、必要とされた場で仕事を全うするのもプロの生き方である。「代打の神様」と称された阪神の八木裕や桧山進次郎も同じである。彼らもかつては4番打者だった。しかしチーム事情で、代打専門になって、彼らはそこでも大きな仕事をした。

 あるベテランスカウトは、こう語った。

「チーム編成は織物みたいなものだ。縦糸と横糸がうまく絡み合って強いチームができる」

 縦糸がエースやスラッガーなら、横糸は代打や守備固め、代走などの控え選手である。彼らは脇役だが、二つの糸が絡み合わないとチームは勝てない。

 4月下旬からDeNAが失速したのが気になるが、ペナントレースはまだ序盤である。今年はも脇役のいぶし銀の選手たちの働きに目を留めてみたい。それがとても大事なことだと改めて教えてくれたのは、皮肉にも球界を代表するホームランバッター・筒香の力によってであった。(文中敬称略)

■澤宮 優(さわみや・ゆう)2004年『巨人軍最強の捕手』でミズノスポーツライター賞優秀賞受賞。近作に『スッポンの河さん』(集英社文庫)、『イップス』(KADOKAWA)など。

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